襲撃者
デメヴィオを纏ったクロスブレンは支持されていた場所、ルリナの部屋近くにいるのだが、現状やることはない。
ただ屋根の上に立っているか、中庭に立って辺りを見回すぐらいだ。
中庭にいたルカは空を仰いでいた視線を周辺へと移す。
ミクズム城塞にいくつかある中庭だが、手入れが行き届いた空き地のような場所で青々とした芝生はあれど植木や花のような彩りはない。
頭部アーマーの目にあたる部分から光を放つことで手元は見える。
しかし、それより先となるとかなり厳しい。
「にしても……夜って本当によく見えませんね」
呟いたルカに反応したのは隣にいるリヴァレだ。
彼女は6割ほど満ちている月を見上げながら同意した。
「月明かりこそありますが、気休めですね」
相槌を打ったルカはふとその疑問がよぎりそれを表に出す。
「リヴァレさんは夜間戦闘の経験ってあるんですか?」
「訓練では行いましたよ」
「どんなこと言われてました?」
「狙撃は接触前、牽制に使う程度で援護には誤射防止のために使用するな。とかですかね」
「なるほど」
頭の中に「そんなことできるか」と言葉が浮かんだのを察してたリヴァレは肩をすくめながら言う。
「まぁ、そう不安がる必要はありませんよ。
例え戦闘が起こっても私たちが直接戦うとは決まってませんから」
更衣室の時のようにルカの不安を和らげようとするリヴァレにルカは笑顔を浮かべた。
その顔が頭部アーマーのせいで見えなくとも雰囲気は伝わるはずと思いながら彼は返す。
「そうですね。そもそも来ない可能性もありますし」
「ええ、ここまで準備してますが、来ないなら来ないで越したことはありませんから」
2人が少し和やかな雰囲気を漂わせて会話をしていると芝生を踏む音が耳に届いた。
真っ先にそれを耳に捉えたルカが振り向き、続いてリヴァレも同じく視線をそこへと投げた。
その先にいた者たちを見てリヴァレは目を見開くと今も護衛であるミカエラと共に歩き寄る少女の名前を呼ぶ。
「ルリナ様!? なぜ」
「その声は、たしかリヴァレでしたね。ありがとうございます」
会釈程度に頭を下げたルリナにリヴァレは慌てて口を開く。
「いえ、これが私へ与えられた任務ですから」
少し焦りはしたようだが、いつもの語調で言った彼女にルリナは改めて軽く頭を下げるとその隣のデメヴィオを見つめた。
「では、そちらはルカさんですか?」
「はい。ルリナ様」
「あぁ、よかった。あの……少しお話ししたいのですが、お時間はありますか?」
「えっと……」
ルカ自身としては時間はある。
だが、そのまま悠長に話などしていていいものか、とリヴァレへと疑問の視線を向けた。
少し唸りながら彼女は自分の考えを示す。
「そう長い時間でなければ私は構いませんが……ガリスが許すかどうか」
「その点であれば問題ない。すでに私から話をしている。
君同様に軽い談笑程度なら、と許可も得た」
「であれば問題ありません。
しかし、先ほども言ったとおりあまり時間はかけないようお願いします」
「はい。もちろんでございます。
なにがあるかわかりませんものね」
頷いたリヴァレがミカエラと共に一歩下がったのを見てルリナはルカへと視線を移した。
デメヴィオの装甲越しに彼のなにを見ているのか、それは彼女にしかわからないことだろう。
訪れた無言の時間は数秒だったが、十分だったようでルリナはふっと表情を緩めた。
「リジオ村に行ったと聞いて少し心配していましたが、それは要らぬことだったようですね」
そう言うルリナの表情には安堵の色が浮かんでいた。
驚いたようにルカは答える。
「わかるんですか?」
「ふふっ、なんとなく、ですよ。当たってましたか?」
「は、はい。少し色々ありましたけど、リヴァレさんたちのおかげで」
「よかった。本当に……」
ルリナにとっては反射的なことだったのだろう。
あと少しでデメヴィオに触れるというところまで右手を伸ばした。
だが、寸前で右手を引っ込めるとその手をさすりながら恥ずかしそうに彼女は照れ笑いを浮かべながら言う。
「す、すみません。大事なものに」
「いえ、謝るのは俺の方です。ルリナ様の前で顔を出せないなんて」
「構いませんよ。私を守るためにして下さってることですから」
今この中庭周辺にある16機のウェスバはルリナ1人を守るためだけに待機している。
何かあれば剣となり、最悪肉壁になるためにここにいるのだ。
それは彼女の前に立つルカもそうだ。
本来の護衛部隊ではないが、扱いとしてはさして変わらない。
この事実はルリナにとっては苦しいところしかない。
だが自分が死ねばより多くの死者が出るのは目に見えているのだ。
「私はまた、あなたに触れることができますか?」
それがわかったからこそルリナはそう言うしかなかった。
ルカの答えはすでに決まっていた。
「はい。もちろ、ッ!?」
全てを言い切る前にルカは頭を上げる。
見つめる先は星が瞬く夜空。その中でも暗い夜空だ。
「ルカさん?」
ルリナの声などルカの耳にはすでに入っていなかった。
ただそこにある気配に全てが向けられている。
(これだ……! 夕方に村で感じた気配!)
無垢な子どものようで、それでいて他人という感覚が薄い気配。
間違いない。最初の時よりもずっとはっきりしている。
これは2度目だからではない。
近付く不快感に対して本能が叫び、感覚が警鐘を鳴らしているのだ。
ヤツは来ているーー
それからのルカの行動は早かった。
ルリナへと視線を向けると焦りの声音に表しながら言う。
「ルリナ様、速く逃げて下さい」
「えっ?」
「いいから速く! ミカエラさん、上から来ます!」
「なに!? 方角は!」
「わかりません! でも、何かが来ます!」
即答で答えられたミカエラは思考を始めた。
(真正面から来る、か。陽動か?)
襲撃者の作戦は見えてこない。
最初からそのようなものがないという可能性もあるにはあるが、もしあった場合に対応できなかったのではまずい。
(であれば、予定通りの行動を取るべきだな)
最終的に導き出した答えをミカエラは指示として辺りの天使たちに告げる。
「全機、いつでも弾幕が張れるように構えておけ!
部隊へも連絡、各方角護衛は念のためそのままに!」
返事がされる中で1機のデメテリスが彼女に近づきながら声をかける。
彼は城塞防衛の部隊長だ。
「ミカエラ! 城塞防衛も上がらせる。
最悪、街に落ちるが他に案は?」
「ない。私も同じ考えだ。地面に触れるときは落ちるときだけにしたい」
「同感だな。すぐに指示を出す」
「頼む!」
ミカエラと部隊長が話す中、他の天使たちは担架ユニットから狙撃杖やブレードを取り出している。
それに習うようにルカもブレードを担架ユニットから取り出した。
ブレードを構え、空を睨む彼へとルリナは控えめな声で言う。
「ルカさん、また……!」
それに対してルカは短く頷いて答えた。
質素な返事だったが、ルリナは悲しそうな表情1つ見せることなくメイドたちが示すのに従って城塞内へと足を向ける。
本来であれば彼としても言葉の1つ2つはかけたかったがそんな精神的余裕はない。
「ルカ! 私たちも空に上がります」
そう言ったのはリヴァレだ。
彼女の後ろの空には2機のデメヴィオがすでに浮遊している。
「はい!」
返事と共に空へと飛んだルカは気配のする方向を探すため辺りを見回す。
(どこだ!? この不快感はどこから!)
夜ということでやはりはっきりとした姿を見ることはできない。
だが、そんなものはルカには必要がなかった。
「来た! 真、上……」
彼がそれを叫ぶ頃になってほかの天使たちも迫り来るそれを見つけた。
浮かぶそれは白いアバードだ。
しかし、数名はその姿に見覚えがあった。
二股に割れた足先、エッジの効いた指先に肩や膝アーマー。
背中には小さなバインダーのような翼と腰から伸びる長く太い尻尾。
頭部にある深海の青のような瞳がウェスバたちを見下ろしていた。
「あれは……!?」
「似てる、な。ルカのアバードに」
「でも、そんなことは!」
夜空に浮かぶものが本当にそう見えているのかを疑い、目を細めるガリスたちの近くではすでに指示を下す構えを取っていた。
「全機ーー」
「ーー射撃始め!」
ミカエラと部隊長が叫んだ瞬間、20機のデメテリスは狙撃杖から光弾を放つ。
しかし、どれもほぼ意味をなしていなかった。
それはまるで光弾が来る位置をあらかじめ知っているかのような動作で回避と共に一直線に向かっている。
「速い!?」
「全て回避だと!?」
頭部アーマーがあれども驚愕の表情を浮かべていることがその声音から見て取れた。
部隊長もまた同じだったが、奥歯を噛み締めると指示を下す。
「見えても回避出来ない攻撃を出せばいい!
回避ルートを誘導しろ!」
「我々もだ!」
「「「はい!」」」
返事をした城塞の防衛部隊やミカエラの部下たちの連携は目を見張るものがあった。
最初からある程度の役割は決めていたのだろうが彼らの行動に迷いはなく、言葉すらも介すことなく並ぶと複数の光弾を放つ。
それに少し遅れて別の光弾群が向かい、さらに続いて別の光弾が放たれた。
第1波の光弾たちは容易に回避されたが、それはもちろん彼らが予測していたものだ。
その証拠に第2波は半分をその身に受け、第3波ほぼ全てが命中している。
「よっし!」
「当てられる!」
「このまま射撃を維持、勢いを殺しつつ切り込むぞ!」
至って順調。
そのはずだったーー
「くそっ!」
誰かが忌々しげに悪態をついた。
彼らの目の前では光弾を受けた白いアバードが巨大な鉄板のような剣を作り出した。
なにも不思議なことではない。
アバードであればエレマフォトンを用いて武器を作り出すことなど容易だ。
だからこそその前に終わらせるつもりだった。
だが、その狙いはすでに潰えている。
そのことを証明するかのように白いそれは剣の面を盾のように構えながら一直線に降下を再開させた。
ウェスバにはその行動を止める術はない。
そう、ウェスバにはその急降下を止めることは不可能だ。




