罠
ミクズム城塞にはウェスバや関連機材の搬入、搬出を行うための出入り口が南北1ヶ所ずつある。
出入り口から通路の先は広間につながっている。
そこは機材の一時保管庫としての役割だけではなく、城塞内と外との緩衝地帯としての役割。つまるところ戦場としての活用も考慮されてかかなり広めの作りだ。
地下にあるため昼夜関係なく光が入ってくることはないが、エレマフォトンを利用したライトがあるためあまり不自由は感じない。
夜の帳が下りた頃にリジオ村から帰ってきたクロスブレンの面々が纏う4機のデメヴィオは通路から広間に入っていた。
歩行音が無機質な部屋に響く中、彼らの視界に1人の女性が映る。
彼女を見てすぐに声をかけたのはガリスだ。
「む、珍しいな。局長がここで出迎えるなんて」
「ん? あ〜、ほらデメヴィオのこともあるしね」
肩をすくめながら言ったナテスアにガリスが「ほう?」と小さく呟いた。
頭部アーマーのおかげで見えはしないが、彼のその目が何かを見透かすように細くなっていることを察するのはナテスアには容易かった。
彼女がそれについて問いただそうとしたところでルカが口を開く。
「でも、嬉しいですね。こういうの」
「う、うん……だろ?」
ほとんどされたことがなかった純粋な反応を見たナテスアは罪悪感を覚え、一瞬目を泳がせたかと思うと数秒の無言の後にそれらを誤魔化すように胸を張って笑い声を上げた。
「はっはっはっ! そうさ、もっと褒めるがいい!」
しかし、リヴァレは冷静だった。
ジト目でナテスアを見ながら小声で呟く。
「これ、搬入機材の確認してたらたまたま私たちが帰ってきたってところですね」
「たぶんそうね〜」
苦笑いと共にツェルトは同意するように頷いた。
ガリス、ルカを挟んでいるため2人が何を言っているのかナテスアは聞き取れなかった。
だが、妙にコソコソしている様子から内容はなんとなくわかった。
ルカ以外の頭部アーマー越しに受ける視線から逃れるようにのナテスアは咳払いを1つして口を開く。
「ともかく、みんなお帰り。
ゆっくり休ませたいところなんだが、誰でもいい。話を聞かせてもらえるかい?」
◇◇◇
4人で話し合った結果、ナテスアのもとに向かうことになったのはルカとリヴァレだ。
ちなみにガリスとツェルトはルカン・ドラゴンの死体の扱いについてミクズム城塞に在中している天使に詳しい状況を教えに向かった。
ルカたちがいるのはウェスバの格納庫だ。
戻ってきたデメヴィオへと待機していた整備士たちが集まり、各々に作業を始める。
そんな彼らの邪魔にならないよう彼らは隅のほうで円になっていた。
「ーーっと、いうわけです」
「なるほどなるほど……にしても挑発、ね。その考えはなかったな」
「そうなのですか? てっきり予想していたと思っていたのですが」
少し訝しむように顎に手を添えたリヴァレ。
そんな彼女に肩をすくめながらナテスアは答える。
「私はその考えに行き着く前にマーキングと予想したからね」
「マーキング、ですか」
「ああ、壊滅した村にあるボロボロの家なんてそうすぐに直されることはない。
聞いた感じでは2、3ヶ月に1度ミクズムに行く程度だから騒がれることも少ない。
これほどわかりやすい目印はないだろう?」
「ふむ、その廃墟周りを拠点としてルカが居そうな場所を調べるつもりだったのでしょうか?」
「だろうね。
まぁ、実際は天使団がいたから拠点を作るなんてことはできなかっただろうけど、網を張ることはできた」
「そして、俺たちはちょうどその網に入ったってことですか?」
「ルカ君、正解。ただ襲ってきたのがドラゴンだったっていうのが違和か……ん」
少し前まではスラスラと言葉を出していたナテスアだったが、そこで急に自分の言葉に引っかかりを覚えたようで声を小さくさせた。
「……なぁ、ルカ君、リヴァレ。何か違和感はなかったか?」
「い、違和感ですか。急に言われてもなかったと思いますけど」
「そうですね。この辺りではあまり見ないドラゴンでしたけど、それ以外は」
2人ともルカン・ドラゴンと戦ったのは初めてだったが対処は容易だった。
特別なにか力があったわけでもないのは普通に倒せたあたり間違いない。
唸りながら当時の記憶を片っ端から引っ張り出していたルカが唐突に「あっ」と声を漏らす。
「な、なにがあった!?」
身を乗り出して詰め寄ってきたナテスアに少したじろぎながらもルカは答えた。
「に、匂いです」
「匂い? そんなもの私は感じませんでしたけど」
彼の言葉にすぐさまを疑問を投げかけたリヴァレは改めて記憶を探る。
だが、やはりあの場でそのようなものは感じられなかったし、ガリスとツェルトもなにも言うことはなかった。
「血の匂いに混じってたし、本当になんとなく感じる程度でしたけどありました。
嗅いだことなかったからなんとなく残ってます」
リヴァレは疑うように眉をひそめたが、ナテスアは合点がいったと言わんばかりに手を叩いた
「いや、たぶんそれだよ」
「どういうことですか?」
「まぁ、私は軽くかじった程度の知識だが、匂いは脳の古い部分に作用すると言われている。
おそらく、ルカ君が感じた匂いはエレマフォトンを利用して作り出した洗脳用の香りだ」
「そのようなことができるのですか? たかが匂いで」
「不可能ではないと思うよ。興奮させる匂いとか、逆にリラックスさせる匂いがあるんだ。その効果を高めれば、ね」
「なるほど……」
ルカも「なるほど」と口にしてナテスアの言葉を心の中で反芻する。
そこでそのことに気がつき、目を見開いた彼はバッとナテスアを見た。
「ナテスアさん。エレマフォトンを利用したって言いましたね?」
リヴァレはその意味がわからなかったが、それも一瞬のことだった。
その顔は驚愕から失敗を悟り奥歯を噛みしめるものへと変わった。
「……エレマフォトンの活用、ですか。これは、まずいですね」
「ああ、見事に一杯やられたな」
やられた。3人は同時にその感想に行き着いた。
ドラゴンを操るために用いた匂いはエレマフォトンを活用している。
それはつまり通常のエレマフォトンとは違うということだ。
リジオ村を壊滅させた存在がエレマフォトンの識別が可能だとすれば、それを追いかけることもできるだろう。
そして、ルカたちはそんなことなど知らずいつものように素材回収のためにドラゴンをミクズムに持ち込んだ。
おそらく襲撃者はルカがミクズムにいると踏んでいる。
そう考えれば自ずとその答えにはたどり着ける。
「来るな。確実に……」
「ど、どうするんですか?」
ルカの不安気な顔にナテスアは毅然と答える。
「もちろん防衛するとも。ここは重要拠点だからね。
ひとまずはここの天使団とミカエラ、ガリスたちにもこのことを伝える」
「では、私たちにも待機命令が出ますね」
「ああ、私が出す。
アグゼアリークロスは少し窮屈かもしれないが、交代で仮眠をとるぐらいの時間はどうにか取り付けるから我慢してくれ」
「わかりました」
「はい」
「よし、では解散」
そう言い残したナテスアはすぐさま指示を出すために通路を歩き始めた。
◇◇◇
ルカたちと別れたナテスアは歩きながらも思案を続ける。
「ん? 待てよ……」
(もし、さっきの予想が当たってるとすれば、ルリナ様を追いかけたワイバーンも同じ可能性があるな)
ミクズム周辺にワイバーンが1体だけでいることは普通なら考えられないが、ルカン・ドラゴンと同様の役割を果たすために放たれていたならば不思議ではない。
ドラゴンはエレマフォトンが見えると言われている。
そんな存在を捜索として放つ以上ルカと似たエレマフォトンを複数のパターン教えているはずだ。
しかし、あくまでも予測であるため最終的に食べることで確認していたのだろう。
「いや、だがーー」
そこまで考えたところでピタリとその一点にナテスアの思考が触れた。
ネスデッドはアバードとはその在り方が異なっている存在。
当然エレマフォトンにもその違いがあるはずだ。
「ーーなぜルリナ様を追いかけたんだ?」
他の人間、つまりアバードを見分けられないと言うのならわかるが、アバードとネスデッドの違いを見抜けないなどということはありえるのだろうか。
「ははっ、いや、まさか……」
ある答えに行き着いたナテスアの言葉は暗がりの通路に溶けて消えた。




