再確認
「はっはっはっ!!」
それは昼間の顛末を聞いたナテスアの笑い声だ。
どうやらどこかのツボに入ったらしく、机をバンバンと叩きながら大きな笑い声を上げている。
話したことでその時のことを頭に蘇らせて笑みを浮かべたガリスは隣に立つルカへと視線を向ける。
彼は反省文を書いた紙を持ち、恥ずかしさと申し訳なさとがないまぜになった表情をしていた。
「くっくっ! それでこっ酷くリヴァレに絞られたのかい?」
「はい。それはもう……。
地面に落とされた後も何度かボールみたいに蹴り飛ばされました」
「まぁ、当然だな」
肩をすくめるガリスの目の前でその光景を頭の中に描いたナテスアは再び大きな笑い声をこぼした。
訓練機関を優秀な成績で卒業したリヴァレと追いかけっこを10分以上も繰り広げることができるほどの操縦技術を持つ者。
それを身に付けるのに1ヶ月どころか時間的に1日もかかっていないというのだからさらに驚きだ。
そんな異常なまでの能力を持つ存在が好き放題に蹴り飛ばされるというのはナテスアにとっては愉快で痛快な話だった。
「はぁ、あー、しかしなるほどね。肉体的な罰はすでに受けたから反省文の提出でこれを解決させてほしい、と?」
「ああ、そういうことだ」
予定にない動きをしてリヴァレの停止命令にも聞かなかった。
本来なら1ヶ月近い謹慎が与えられるし、もしそれで訓練場の外に飛んでいればそのまま撃ち落とされても文句は言えない状況。
だが、彼はすでにリヴァレから罰を受け、わかりやすいほどに反省の色を見せている。
それらを鑑みたナテスアは少し考え込むと「よし」と手のひらを合わせた。
「じゃあ、それに1つ加えよう。
肉体的罰はすでに受け、反省文は今から受け取る。それらに加えて厳重警告1回だ。
もしまた1年以内に警告を受けるようだったらその時点で君を天使団から追い出す」
真剣な表情でそれを聞いていたルカへと彼女は背もたれに体重を預けると少し語調を柔らかくさせながら続ける。
「まぁ、スカウトした手前、私は君を追い出したくはない。
だが、そういうものを与えないと周りが納得しないからね」
「ルカ君についてはすでに数名言ってきているからな」
「え? そうだったんですか?」
ミクズム城塞にずっといたがそのような敵意といった視線や気配を向けられることはなかった。
そのため、2人が話した内容はルカにとっては驚く内容だった。
そんな彼の反応を見てガリスは苦笑いと共に口を開く。
「自覚がないとしても当然だ。言っているのは天使の中でも上に立つ者たち。
下の者も少なくない人数がいるだろうが、君の実力は資料と状況を知れば察せる」
「そ。んで、今回の罰、特に厳重警告はその下の者たちを多少なりとも納得させるためさ。
上についてはまぁ……君が考える必要はあまりないよ。そこは私の仕事だ」
ふと「ルカの帰る場所を守る」と言ったルリナの頭が頭をよぎる。
荒立てるようなことが続けば彼女にも迷惑がかかるのは確実。
可能であれば彼女の世話になるのは避けたい。しかもそれが自分の行動で起こった出来事であればなおさらだ。
「わかりました。気を付けます」
素直に頷いたルカにナテスアは笑みを浮かべた。
「うんうん。それでいい。
反省したあとは学び、次に繋げる。その機会を与えるのが上に立つ者の仕事だからね」
そこでルカについての話が一段落したのを空気から感じたガリスは咳払いを1つして切り出す。
「ところで局長、話とは?」
「おお、そうだった。君を呼んだのはそっちがメインなんだった」
たしかにルカの件も重要ですぐに聞いておかなければならなかったことだったが、ナテスアが呼び出した本題ではない。
そのことを思い出した彼女は机の引き出しから1枚の紙を取り出し、ガリスへと差し出した。
「……これは、受領書か」
「ああ、追加のデメヴィオが完成したんでね。
明日には到着する筈だから動作確認と試験の方をよろしく頼むよ」
「わかった。話は以上か?」
「いや、もう1つある。こっちが本題の本題さ」
そこで言葉を区切ったナテスアは一瞬、ルカを見る。
彼はそれで彼女が出そうとしている話の内容は予想できた。
答え合わせはすぐだった。
「リジオ村の件についてだ」
「……なにか、わかったんですか!?」
身を乗り出す勢いのルカに対して首を横に振り否定した。
「いや、何もわからない」
「何も、だと?」
はっきりと言い切ったナテスアにガリスが眉をひそめながら問いかけた。
「先行調査の報告には俺も目を通したが……村を全滅させたのだろう?
あれからさらに調べてなお、痕跡を見つけられなかったのか?
村1つが消えているのにも関わらず」
「痕跡は残っていたさ。徹底的に殺し尽くしたあたりから人為的だろうっていう痕跡がね」
「それはそうだがな……。
ふむ。しかしそれでは今確実に言えるのはこれをやったのはドラゴンではないということだけか」
「人為的なのは間違いない。
けど、誰がどんな目的か、どのような方法を使っているのかはわからない」
「そのとおりだよルカ君。
先行調査でも村の被害ぐらいでめぼしい情報はなかった。予測しか立てられないのが現状さ」
神妙な面持ちでガリスとルカは今ある情報をかき集めて整理する。
まず、村を滅ぼしたのはドラゴンではなく、アバードだろう。
ドラゴンが襲ったにしてはあまりにも村や死体が綺麗すぎ、しかし破壊に手間取ったようすもないところからほぼ間違いはない。
次に、かなりの力を持っているということだ。
たしかにリジオ村の自警団の仕事をしていたのは実質的にルカ1人だったが、なにも他の誰もがアバードで戦う力がなかったわけではない。
だと言うのに生き残りもなかったということは応戦する隙や誰かを逃す隙はなかったということだ。
隠れていても的確に殺されていたらしく、そこから探知能力も相当に高いということもわかる。
最後に、リジオ村を襲った理由は不明ということだ。
ルカの家が徹底的に破壊されたあたり何かしらの理由があるのだろうが、それがわからない。
そこが一番の難題だ。
次にどこが狙われるかわからないため、また同じような被害がどこかで起こるかもしれない。
「調査は予定では5日後からだが、ガリスたちがデメヴィオに慣れ次第向かってもらいたい」
「プレッシャーをあまりかけないでくれないか?
機種転換などそうそう簡単にはできんぞ。普通は1週間以上かかけてーー」
「君たちが普通とは思ったことないよ。じゃなかったらわざわざ私の手元に置いておかないさ」
はっきりと信頼の笑みを向けられたガリスは「仕方ない」と言わんばかりに首を横に振りため息をついた。
「努力はするよ」
「ああ、しておくれ」
そんな軽い会話を交えたナテスアは今度はルカへと視線を向け、口を開く。
「ルカ君も、私に警告をさせないように。
ある程度根回しをしたり、場をどうにか整えることはできるが、全てに対応できるわけじゃないからね」
「はい……」
「そう、深刻に悩むことはない。
ただはちゃめちゃをするなら私も混ぜてくれってだけだよ」
そう念押して子どものように小さく笑ったナテスアに対してガリスは頭を抱えて深く息をつく。
そうしてルカにとって怒涛の1日は終わった。
それから4日後、クロスブレンの彼らは新型ウェスバのデメヴィオを纏いリジオ村とその近郊の調査へと向かった。




