民として
女王が住む王都や天使団の本部があるスクトゥムに並ぶ規模を持つミクズム。
その規模の理由はウェスバの開発や研究を行うための重要施設が集まったことでできたという経緯を持つからだ。
しかし、居住区や市場からはそのようなことをしているような印象を受けることはない。
むしろ過ごしやすくするために整然と建物が並べられ、人通りも多く活気のある街だ。
そんなミクズムの大通り市場。
露店が立ち並ぶその一角にルカとリヴァレの姿はあった。
「ふーむ……どっちがいいと思いますか?」
問いかけるリヴァレの前にあるのは2つの人形だ。
1つは陶器製でもう1つは木製。
どちらも少女の人形らしく愛らしい顔、ドレスもそれを引き立てるように丁寧に造形され、色も鮮やかだ。
「左、ですかね?」
なんとなくの感覚でルカが差したのは木製の人形だ。
深緑のドレスを着ている人形を改めて見たリヴァレは頷くと店主へと視線を向ける。
「では店主、こちらをいただけますか?」
「あいよ。プレゼント用の箱もあるが」
「いえ、私用ですのでいりませんよ」
「わかった」
男性の若い店主は頷くと木製の人形を優しく手に取った。
傷や汚れがないのを確認した後にカウンターの下から取り出した簡易的な箱へと詰めるとリヴァレへと渡した。
代金を渡し、受け取った彼女は礼を言いながら店から離れ、人混みへと戻る。
その後ろ姿に続いて歩き始めたルカは溢した。
「にしても意外です。リヴァレさんが人形を集めてたなんて」
「そうですか?」
「ええ、まぁ……その、もっと堅いイメージがありましたから」
「私も人間ですよ、一応……。
ずっと肩肘張っているわけにはいきません」
「それでも他に色々ありますよね。
読書とか、運動とか……なんで人形なんですか?」
ルカとしては何気ない質問だったがピタッとリヴァレは立ち止まった。
彼に言われて改めて自分の趣味について考え始め、そのまま無言になること数秒。
そうして、ある答えを見つけると「あっ」と声を漏らした。
すぐにそれを切り出そうとしたが周りの人たちを視界に入れると提案する。
「ここで立ち話は邪魔になります。どこか座れる場所に行きましょう」
「は、はい」
ルカは先を行くリヴァレに続いて食堂に向かった。
◇◇◇
それぞれ昼食を頼み、先に来た紅茶で喉を潤す。
一息ついたところでリヴァレがポツリと切り出した。
「人形集めは母様の趣味です」
「その趣味がそのまま自分の趣味になった、と?」
「ええ、今まではそう思っていました。
でも、おそらくそこはきっかけでしかない。
私自身がハマったのはまた別の理由があったのです」
ルカはそれを聞き少し困ったような表情を浮かべていた。
彼としては特別な関係でもなんでもない彼女のことをそこまで知っていいものかどうか悩んでいるのだろう。
(律儀というかなんというか……)
そう感じ取ったリヴァレは微笑みながら紅茶で喉を潤した。
「聞いて構いませんよ。
むしろ私としては自分のことを言語化したいので聞いて相槌なりしてもらう方がありがたい」
「それぐらいなら……」
おずおずと頷いたルカを見てリヴァレは頭の中にある考えをゆっくりと言葉という形にしていく。
「まず、私は人形を持ち主の映し鏡のように思っています」
「なるほど、わからなくはありませんね。
あの人形もかなりいい値段してましたし」
陶器や木製、布製を問わず一部の人形は美術品として高値で取引されている。
先程リヴァレがぽんと買った木製の人形も白金貨2枚に金貨5枚。
ミクズムであれば少しいい暮らしが一年は出来る金額だった。
生活に絶対に必要ではない物にそれほどに金をかけられることができることを示す人形はたしかに持ち主の経済力を映し出す鏡であろう。
そうルカは納得したがリヴァレは首を横に振った。
「いえ、お金ではありませんよ」
「え? なら持ち主のどこを映し出すんですか?」
「品格です」
きちんと管理していれば人形はずっとその美しさを保ち続ける。
それどころかより美しく着飾らせることも可能だ。
しかし、その管理には相応の苦労がある。
余裕で作業のように流すということもできない。
そして、人もまた意識して技術を学び、磨き続ければ力を維持するだけではなく、伸ばすことができる。
当然ながらそれを続けるのは簡単ではない。
「形ではなく、その在り方が人と人形は似通っているのです。
少なくとも私はそう感じ、人形に自分を重ねている」
「つまり、リヴァレさんにとっては人形を管理することは自分を管理することに繋がっているってことですか?」
人形の手入れができているということはリヴァレ自身が自分の立場を見つめられているということだ。
彼女が力を持つ理由もその手につかんでいるといことでもある。
もし、それがまともに出来なったとすればそれは自分を見失っているか、無くしたかのどちらかだ。
「ええ、だから私は人形を管理できなくなった時にウェスバを降りますよ。
力を振るう理由を失った私が装備者を名乗ることを他の誰でもない私が許せませんから」
まるでそれが当然であるかのようにリヴァレは軽く言って微笑んだ。
「あなたに聞かれたおかげでその答え辿りつけました。
ありがとうございます」
「なんか趣味としては堅苦しくなったような気がしますけど」
「いえ、管理というとそうでしょうけど私としては楽しめてますからこれは趣味ですよ」
「なら良かったです。
ははっ、でも礼なんてそんな……」
実際ルカがしたことはリヴァレが考えに行き着くためのきっかけ作りとその考えを言葉にすることを話を聞くことで手伝ったくらいだ。
しかし、褒められて悪い気はしない。
照れ笑いを浮かべたルカは紅茶に口をつける。
そんな彼に対してリヴァレは少し真剣な眼差しで彼を見つめながら口を開いた。
「1つ、あなたに聞きたいことがあるのですがいいでしょうか?」
突然向けられた真剣な様子の彼女にルカは首肯する事で許可した。
2つ返事で許可は出したもの疑問が目立つ。
何を切り出してくるのか予想ができずに首をかしげる彼へとリヴァレはその質問をぶつけた。
「あなたはなぜそこまでの力を得ようと思ったのですか?
そしてなんのために今その力を使うのですか?」
「……わかりません」
その衝撃は例えるのなら重い石でしかも視界の外から側頭部を殴るような一撃だ。
「考えたこともなかったです」
「一瞬も、ですか?」
「はい……」
才能は偶然持っていたもので力を磨いていたのもただ祖父がそうしろと言っていたからだ。
ルカ自身が特別に力を得ようと思ったことはなかった。少なくとも自覚できるところではない。
その点はリヴァレもある程度は予想していたらしく、深く突っ込むことはなかった。
いや、本来ならばルカの祖父のことなど突っ込みたいが優先度は別の物の方が高かった。
「力を使う目的、戦う理由は?」
「目、的……」
「私は力なき民たちを守るため、それに繋げるために力を使っていますし磨いています。
では、あなたは? 誰かを守るため? それとも自分のためですか?」
それはリヴァレの純粋な疑問であることは声音から察せられた。
彼女は急かすことはなかったが、ルカは答えを詰まらせる。
少しの間をおいて彼は恐る恐るといった様子で質問を口にした。
「ないとダメ、ですか?」
「私としてはそれがなければ仲間としてあなたを見ることができません。
そもそも今日はそれを知るためにあなたとこうして過ごしているのです」
頭の中でリヴァレの質問を回していたところでそれぞれが頼んでいた昼食が目の前に出された。
メニューはルカはパンに鶏肉と豆のスープ。リヴァレの方はパスタとサラダだ。
それが出され、店員が去ったところでルカはうつむき気味に言う。
「すいません。やっぱり、わかりません。
だって、俺は……何も守れなかった。どれほど力があっても守れなかったんですよ?」
守ろうと思った者たちは全て消えた。
どれほどナテスアたちがルカの力を認めようとも揺るがないその事実によって彼は自分の力を信じられなくなっているのだ。
そして、村を滅ぼしたであろう存在への恨みというものも今のところはない。
あるのは疑問だけだ。
「ならばあなたは今は何となくで新たな力を得ようとしているのですか?」
「それは違う、と思います。もしかしたらそれを見つけるためかもしれません」
「目的を探す、というものが目的ですか?」
「強いて言うなら……。
これでも俺を仲間として認めてくれますか?」
「そこは微妙なところですね。あなたが最終的に得た目的によって変わりますから今は判断をすることはできません」
ルカは元気少なげに「そうですよね」と呟こうとしたところで気が付いた。
「今は?」
「ええ。あなたは目的をなくし、探している。
そんな民を放っては置けませんからね。
仲間として認めませんが、協力はします。今日のこともありますし」
「それって……クロスブレンにいてもいいってことですか?」
先ほどまでの寂しげな表情はすでにそこにはなく、期待に満ちた視線がリヴァレを射抜いていた。
そんな視線を受け止めるように彼女は微笑みながら頷く。
「ええ、私としてはあなたが見つける目的にも興味がありますからね」
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言うのはあなた自身の目的を見つけてからですが、まぁ受け取っておきます」
自分のためにもルカのことを知らなければならない。彼が戦う理由も。
パスタを一口食べたリヴァレは考えと共にそれを飲み込むと少し真剣な表情で口を開いた。
「しかし、必ず見つけて報告をして下さい。
でないと仲間と見るかどうかの判断がつけられませんからね」
「は、はい。必ず、約束です」
今度の約束こそは守り通す。
そう決めながらリヴァレへとルカは強く宣言した。




