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オルタナティヴ・アバード  作者: 諸葛ナイト
第2章 クロスブレン

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一休み

 ルカが目を開けると慣れ親しんだリジオ村の景色が視界に広がった。

 彼は数秒辺りを見回すと無言のまま歩き始めた。


 広がるのはなだらかな丘陵、牛や羊など家畜の鳴き声とそれら獣特有の鼻に付く匂い。

 近くには家畜の世話をしたり、適当な場所に集まって話をする人々がいる。


 畑の作物は優しい風に撫でられて揺れ、その様子を確かめる大人たちから少し離れたところでは子どもたちが走り回っていた。


「ルカ兄!」


 ふと足を止めた瞬間、見回っていた景色と同様に耳に馴染む声が真後ろから聞こえてきた。

 振り返った先にいたのは幼馴染のクリュー。


 彼女の姿を捉えてルカは「やはり」と思った。


 ここはリジオ村だ。

 自分が産まれ、17年間過ごしたこれといった特徴もない。しかし大切な故郷だ。


(これは、夢……だな)


 すぐに思った。

 そう思えたのは不思議な浮遊感があったこともそうだが、なによりもこの景色はもはや現実ではありえないものだからだ。


 どれほど場所が残っていようと、どれほど綺麗に建物が残っていようと、そこにはもうルカという存在を知る人はいないのだ。


 ここは同じ場所であって同じ場所ではない。


 まるでそれを肯定するかのように夢のリジオ村の姿が歪み始めた。


 優しく駆け抜けていた風たちや家畜たちの鳴き声がピタリと止まる。


 そして、気が付けば人の死体が辺りに転がっていた。


 先ほどまで何かしらしていた大人や子どもは内臓を惜しげもなく晒し、四肢の一部を無くし、正気を失った目をルカへと向けている。


 それらを見てから彼は小さく息を吐き、覚悟を決めると後ろを振り返った。


 その先にいたのは予想していた存在ではなかった。

 辺りの景色もいつの間にか牧歌的な風景から何もない闇へと移っている。


「……誰だ。お前」


 しかし、ルカは変わった周りの状況よりも目の前の存在に意識が釘付けになっていた。


 影のように輪郭がぼやけているが、人であることは間違いない。体格からして男性で歳も自分とそう変わらないだろう。


 彼の問いかけに答えることなくそれはゆっくりと歩み寄り始めた。


「ッ! 来るな!」


 手の届く範囲に入った瞬間、ルカは叫び腕を振った。


 彼の腕は影の側頭部を正確にあたり、その頭を吹き飛ばした。


 転がる頭を見て小さく「あっ」と声を漏らしたのと同時に首に手を回され、ぐっと下へと引かれる感覚を得た。


 突然のことに驚きながら視線をそこへと向けたが、そこに居たのは影ではなかった。


 かわりにいるのは少し見慣れた服を着たおそらく少女。

 おそらく、と枕詞が付くのは何かに食い千切られたような痕があるだけで頭がなかったからだ。


 だが、心は訴えている。


 目の前にいるこの頭のない少女がクリューであるとーー


◇◇◇


「ッ!?」


 再び目を開けると見慣れない天井が映った。

 混乱した頭のままでそれを見ていると視界の端から現れた少女の頭がその大半を覆い尽くした。


「ルカさん?

 ルカさん!? わかりますか!」


 慌てた様子と焦りを顔に合わしながら声をかけているのはルリナだ。


 頭の中でチラつく先ほどまでの夢を払うように小さく息を吐いたルカは答えを口にする。


「だ、大丈、夫です……ルリナ、様」


 ギリギリ言葉として認識できる呂律にしどろもどろの言葉と無理やり作られた力の少ない笑顔。


 当然そんなものを見て安心できるわけがなく、ルリナは言葉をかける。


「大丈夫な人はうなされてそこまで汗をかくわけがありませんわ」


 その指摘でルカはようやく自分が汗だくであることに気がつく。

 それを皮切りとして服がべっとりと湿り気を帯び、肌に張り付いていることにも気がつき不快感を覚えた。


 加えて言うならば体が重い。

 初めてアバードを使った時よりも数段上の疲労感を覚えたルカは上半身を起こすことさえできないでいた。


 正直なところ言葉を口にするのもかなり辛いものがある。


 彼女もそれを察してか悲しそうな顔をしたがひとまずとして意識を取り戻したことに安心し、息を吐く。

 そして、まるでそのことを褒め称えるかのようにルカの頭を愛おしそうに撫でると小さく微笑んだ。


「少し待ってください。すぐに医者をーー」


「あっ、待っ……」


 まずいと思い口を閉じたが、もう先頭の言葉は言ってしまった後だ。

 なんとなく彼女に近くにいて欲しい。気だるい時に感じる物寂しさがつい口に出てしまった。


 子どもっぽく思えたルカは気恥ずかしさで顔を赤くさせたが、ルリナはそれを揶揄うことはなかった。

 ただほんの一瞬、少し驚いたように目を見開いてからすぐに安心させるように柔らかい笑みと声音を向ける。


「大丈夫。すぐに戻ってきます。

 ほんの少し離れるだけです」


 彼女はそう言うと病室から出た。

 その背中をただ見届けたルカは視線を閉まる扉から天井へと戻す。


(ほんの少し離れるだけ)


 ポツリとその言葉を心の中で呟く。

 自分もリジオ村へと、クリューへとその言葉を向けて離れた。


(ああ、そうだ。ほんの少し離れるだけだったんだ……)


 ふと思うことがある。


 もし、自分があの惨状が起こるときにいれば防げたのではないか、と。


 全ての村人を守ることはできずとも全員死亡などという現実は起こらなかったのではないか、と。


(俺は……)


 あの惨劇を起こした存在と接触し、起こした理由を問う。


 そのために情報が手に入るであろうクロスブレンへと入ったが、本当にそれでよかったのだろうか。


(守ると決めていた存在を何1つとして守れなかった自分が生きることに意味なんてーー)


「ーーあるのか?」


 ルカは唾棄するようにそれを口ずさみ、再び目を閉じた。


◇◇◇


 ルリナが医者を連れて戻ってきた頃にはルカも話すだけの体力を回復していた。

 体を起こすことは辛いが受け答えはできる、ということで医者からいくらかの質問をされた。


 ルカの答えを聞き、医者が言った言葉はそう多くない。

 要約すると「しばらく休め」とのことだった。

 アバードは無論、ウェスバの装備も禁止と明確に言われてしまった。


 それらを言い残した医者が去った扉を見てルリナは言う。


「私も先生のおっしゃったとおりだと思います。

 ルカさんはしばらく休むべきです」


 安心させるようにルカの肩に手を置き、ルリナは優しい笑みを浮かべた。

 ただ、彼を安心させるためだけの言葉と表情。


 もちろんルカもそれはわかっている。わかっているが、言わずにはいられない。


「でも、今日が部隊の初日でウェスバも初めて乗ったんです。

 本当はそれ以外にも教えてもらうことがたくさんあって」


「なおさらです。

 今日だけではないのです。明日も、明後日も、それから先もルカさんは研究局にいるのですよ?

 ゆっくり1つずつ覚えていけば良いのです」


「け、けど、もし今日のことで不要って判断がされたら俺は研究局から追い出されてーー」


「そんなことは絶対にありえません!

 それにもし、本当にあったとしても私が止めます。一応、ネスデッドですし!」


 ネスデッド。この立場を使って他人に命令をするようなことはしたくない。

 しかし、今はそれが彼を守るために必要なことであればするほかない。


 心内のそんな不安を隠すようにルリナは大きく胸を張り、そこを拳で軽く叩いた。

 しかし、それでもルカの表情はすぐれない。


 それを見て彼女は再び彼の顔を覗き込みながら言う。


「私にも守らせて下さい。ルカさんの帰って来る場所を」


「俺が、帰って来る場所?」


「ええ。今のあなたの帰って来る場所はヘルファイス研究局、クロスブレンです。

 そして、それぐらいであれば私の多少のわがままも聞き入れてもらえます。

 だからーー」


 そこで言葉を区切ったルリナは背をかがめると彼の胸に頭を乗せ、心音を耳にしながら続ける。


「ーー背負い過ぎないでください。

 あなたの苦しむ姿は、見ていてとても胸が苦しくなってしまうのです」


 ルリナとクリューの姿が重なり、それをきっかけとしてルカの頭の中でカチッと何かがはまった。

 すぐに頭に蘇ったのはクリューの少しぎこちない笑顔だった。


(……あっ)


 ルカ自身にも帰る場所はあったのだ。帰りを待つ者がいたのだ。


 ーー『ルカ兄!』


「あ、あぁ……」


 1つ思い出したのをきっかけとして思い出が洪水のように溢れ出した。

 もはやこれから先見ることもない彼女の姿、聞くことのない彼女の言葉。それらが今ルカはどうしても欲しくなった。


 会って謝らなければならない。

 自分が今まで気が付いていなかったことに。


 会って礼を言わなければならない。

 自分を今まで心配して助けようとしていたことに。


 しかし、それは叶わない。

 彼女はこの世にすでになく、遺品は今左手首についている虹の7色と黒のミサンガだけだ。


 彼女の死体と村の惨状を見た時以上の喪失感と後悔でルカは頭を両手で抱えた。


 そんな変化にルリナは驚きながらも冷静に声をかける。


「ル、ルカさん!? 大丈夫ですか!?」


「俺は、気がつかなかった……!!

 会ったんだ、帰る場所も、待ってくれる人も……なのに俺は、ずっと1人って思って。見ようともしなかった!」


 声を押し殺しながら涙をこぼし始めたルカをルリナは優しく抱きしめると落ち着かせるように背中を撫でながら言う。


「たくさん、たくさん泣いてください。

 私がその悲しみを受け止めます。ともに悲しみます。

 だから……」


 子どものように泣き始めたルカをルリナは寄り添うようにその背中を撫で続けていた。

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