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オルタナティヴ・アバード  作者: 諸葛ナイト
第2章 クロスブレン

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クロスブレン(下)

 ゆっくりとした動作でデメヴィオが地面に両足を付けた。

 かと思うとすぐさま両手両膝をついて変形を始め、格納状態になった。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 そこから降りてきたのは荒い息繰り返すルカだ。


 彼はゆらゆらと歩いたかと思うと先ほどのデメヴィオ同様に膝をつき、両手も付く。

 そして、動揺が一杯の顔で視界の端にデメヴィオを捉えた。


(なんだ、あれ……!)


 疲労に包まれる中でもルカの思考は誰に向ければいいのかわからない疑問と戸惑いでいっぱいになっていた。


「ルカ君!」


 それを見ていたツェルトは声を上げながらデメテリスを降下、着地から格納状態への変形を流れるように終えるとルカへと駆け寄る。


「大丈夫!?」


「は、はい。だ、大丈夫です」


「それ大丈夫じゃない人のする顔だからね?」


 再び立ち上がろうとするルカの肩を軽く押さえながら彼女は空を見上げ、空中で停止しているガリスたちへと声を飛ばす。


「訓練一時中止! ルカ君を医務室に運びます!」


「了解した。機体の回収は我々が行う。ツェルトは彼に付いてやってくれ」


「はい! ルカ君、抱えるわね」


「あ、歩けますよ」


「だめ。自覚ないだろうけど今のルカ君、顔真っ青よ」


 顔色も悪いが今ルカの肩を抑える腕にツェルトはほとんど力を込めていない。


 だというのに彼にはその腕が大男にでも押さえ付けられているように感じていた。

 そのため、ルカ自身も自分の体力が限界を超えていることなど察している。


 しかし、ここで足手まといと判断され追い出されてしまえば、村をあのようにした存在へとたどり着くことが難しくなってしまう可能性があるのだ。


 ルカはその思いだけでツェルトを押し退け立ち上がろうとした。


「え? あっ」


 それはまるで体が限界だと訴えるかのようであった。


 彼が立ち上がろうとした瞬間、まるでその力すら残っていないことを示すかのように視界が歪み、体がぐらつく。


 倒れる、そう確信した頃には彼の体はツェルトの胸の中にあった。


 アグゼアリークロスの少し薄い布を通して女性らしい柔らかな膨らみを感じたルカは顔を赤くさせながら言う。


「す、すいません」


「いいの。でも、これでわかったでしょ?」


 嫌という程わかったルカはゆっくりと頷いた。


 安心させるように笑顔を浮かべたツェルトは手早くルカの体を抱き上げる。


 見た目よりも幾分か重く感じたが、持てない重さではない。

 それを確認したツェルトは彼を安心させるようにいつもよりさらに柔らかい口調で言う。


「ちょっと目閉じててなさい。ちょっとは楽になるはずだから」


「は、はい」


 彼女の助言どおりに目を閉じた瞬間、力がどこかへと抜ける感覚を覚えたルカは息を吐いた。


 それとほぼ同時に彼の意識は途絶えた。


◇◇◇


 その様子をじっと見下ろしていたリヴァレへとガリスは声をかける。


「心配か?」


「……多少は」


 ポツリと答えると振り向き、彼女は続けて言う。


「彼は本当にガリスが認めるほどの力があるのですか?」


 顔は見えないが声だけでリヴァレが怪訝な表情を浮かべていることがわかる。

 いつもならば聞いた話を咀嚼し、自分の意見と共に表に出す彼女にしては珍しく純粋な疑問のみの言葉だ。


 しかし、それゆえに辺りルカの実力だけではなく、ガリスの見る目も疑っていることがわかる。


「ああ、確信しているよ」


「一度戦っただけでですか?」


 その問いかけに頷いた彼はリヴァレへと問いかける。


「彼がデメヴィオを動かして言った言葉を覚えているか?」


 質問の意図を計りかねながらも彼女はその答えを口にする。


「たしかーー」


◇◇◇


「ーー遅い?」


 ガリスが持ってきた稼働試験について書かれた紙に目を落としながらナテスアは確認するように聞き返した。


 雑多な物が溢れる机を挟みんで向かい側に立つガリスは首肯し、言葉を続ける。


「そうだ。重い、ではなく遅いと彼は言った」


 ウェスバの総重量は約50キロ。全身に分散されるとはいえかなりの重さだ。

 そのため、大半の訓練生は「重い」と口々にして歩くことすらままならないということもよくある。


 そんなものを纏っておいてなお出てくる感想が「遅い」ということは重さはそれほど問題になっていないということだ。


 昼間にもリヴァレへとした説明を受けたナテスアは顎をさする。


「なるほどね……。

 つまり、あるのはアバードとウェスバにある感覚のズレということか」


 視線で自分の認識で合っているか問いかけるナテスアにガリスは頷いて続けた。


「彼は天才肌だ。

 言葉でいくら説明したところでそのズレを修正することはできんだろう」


「おいおい。教導官がそんなにすぐ諦めてどうする」


「元教導官だ。今は局長、あなたの部下だ」


「……ま、それはそうだろうがね。それだけが諦める理由なのかい?」


 ナテスアの見透かしているような言葉に彼は嫌な顔色を浮かべることもなく、それを認めるように小さく笑みを浮かべて答える。


「私は凡人だからな」


「はははっ!

 君が凡人なら他の人間は凡人以下になるじゃないか!

 君も天才だよ、十分ね」


「私が強いのは認めるが決して天才ではない。

 ただ諦めが悪かっただけだよ」


「それも立派な才能だと思うんだけどね」


 ナテスアは呟くように言うと背筋を伸ばしながら椅子の背もたれに体重をかける。

 そんな時に彼女はあることにようやく気がついた。


「ん? ちょっと待て。もしかしてルカ君の僚機が君じゃなくてツェルトなのって……!」


 その何かに気がついた様子のナテスアにガリスは心底から驚いたような表情を浮かべる。


「なんだ。気がついていなかったのか?」


 ガリスの言葉をナテスアは心の中でもう一度自身へと向ける。


 そう、いつもならば最初に彼が説明した時に察することができたはずだ。

 その時に確認することもできた。


(しかし、それができていなかったと言うことは……)


 その結論にたどり着いた彼女は目頭を押さえながら重い息を吐き出すついでに言葉も吐く。


「あ〜、うん。私は相当疲れているようだ……」


「そのようで」


 自分の疲れを認識できたナテスアは休むことを決めたところでガリスへと問いかける。


「彼は、まだ目覚めないのか?」


「目覚めたところでしばらくは安静にするべきだ。精神的にな。

 今回倒れたのは身体的な疲労よりも精神的な疲れの度合いが大きいと思っている」


「そうだね。彼がここに来て4日しか経ってない。

 私も急かせ過ぎたよ」


 自虐的な笑みを浮かべて言ったナテスアは椅子から立ち上がると大きく背伸び、肩の力を抜いた彼女に続いてガリスも表情を柔らかくさせる。


「そう、休むこともまた肝心だ。

 根を詰めすぎて必要な時に動けないのでは意味がないからな」


「君に言われると耳が痛いね」


「ははっ、失礼。これが私の元仕事なのでね。

 あなたには是非耳が痛いままでいてくれば良い」


 彼はそう言い残して執務室を去った。

 ナテスアは机の上を片付けようとしたが、その手を止めると早々に体と心を休ませるために彼女もまたその部屋から出た。

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