立ち上がる理由
あれから意識を取り戻したルカはガリスと共に訓練場の通路で事の経緯を話していた。
「つまり、ただ模擬戦をしていただけでなにか諍いがあったわけではない、と?」
「ああ、そうだ」
ミカエラの確認の言葉にガリスは肯定する。
その首肯を見た彼女は視線をルカへと移したが、彼も肯定を示すように頷いていた。
「で、では、ルカさんはガリスを殺そうとして戦っていたわけではないのですね?」
「は、はい! そんな考えは……」
再度出された確認の言葉に頷くルカを見てルリナはほっと胸を撫で下ろす。
そして、すぐに彼の両手を優しく握り締めた。
「ああ、本当によかった。自棄になってしまったかと……!」
優しくもしっかりと込められた力がより彼女の心配を示しているようでルカは返す。
「すみません。心配をおかけして」
その言葉に対してまるで「許す」と答えるかのようにルリナはゆっくりと手を離した。
続けて言いつけるように彼女は言う。
「あなたの生を望む者がいる。これだけはどうかお忘れなきようお願いいたします」
「は、はい……」
真剣でありながらも柔らかな声音にルカは肯定するしかなかった。
ルリナから見れば素直に頷いたように見え、彼女は再びにこりと微笑むと彼の体をペタペタと触り始めた。
「ところで、本当に怪我はないのですね?
具合が悪くなっていたり、どこか打っていたりとかは」
「だ、大丈夫、大丈夫ですからーー」
そんな彼女にルカは苦笑いを浮かべながらそう言葉を返していた。
一方、完全に会話の外に追いやられたガリスとミカエラは微笑ましそうにそのやりとりを見ていた。
だが、その柔らかな空気はミカエラの1つの問いによって崩されることになる。
「彼の実力は、どうでしたか?」
「純粋に強い。
どう強いか、何が強いか、そんな言葉はいらん。ただ純粋に強い」
「元教導官がそこまで言いきりますか」
驚いたように言ったミカエラにガリスは肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
先ほどの模擬戦を改めて思い返しながら彼は言葉を返す。
「ああ、ルリナ様が突っ込んで来なかったら俺は彼から良い一撃を貰ってたよ。
第三者の介入で引き分け、って扱いだが実際は俺の完敗だ。
出来たのは足にかすり傷を付けた程度だ」
自虐的に言ったガリスだが、実働部隊の4機を無傷で戦いきった相手に1機で傷を付けるなど至難の技だ。
現にミカエラも舌を巻いていたのだが、たかだか村で自警団をしていた相手にそれだけしかできなかったという事実を前にしているガリスにとっては慰めにすらならない。
どれほど善戦しようとも負けは負けだ。
「にしても、よくわかったよ。局長が直接研究局に入れようとしている理由」
「一応理由を聞いても?」
もちろん、と頷いたガリスはまだ体調についてルリナと言い争っているルカを見ながら答える。
「あいつは、他の奴らのプライドを折る」
技術面で合わせられる者がいないという理由もあり、それも決して小さい比率ではないが1番の大きな理由はそこだ。
民を守る。
そんな志を持つ彼らの前に教官であったり、特に優秀な訓練生のような壁が立ちはだかる、というのは普通のことだ。
その壁を目標に訓練し、技術を身につける者がいる一方で壁となっている者たちはよりさらに高く、強固な壁であり続けようと技術を磨く。
追い追われる相互作用でより力強く、気高い天使団員を作り出すのが訓練機関の役目だ。
しかし、ルカは違う。
壁としてはあまりも高く、強固に過ぎる。
どれほど目指そうとも途方もなく遠く、追い抜くどころか追いつくことすらも不可能な存在、それがルカだ。
「さてミカエラ、お前だったらそんな相手を見てどうする?」
「そうですね。
上は、見ませんね。絶望しかしないでしょうし」
そんな存在を前にしてなお立ち向かう存在は稀であり、大半は諦めるだろう。
向ける視線は羨望ではなく、恐怖や畏怖に近いものとなる。
そこに成長の相互作用など生まれるわけもない。
「そうだ。彼は訓練を始めたばかりの者たちが持つはずの目指す未来の自分を悉く破壊できてしまう」
「己の芯の喪失……いえ、この場合は形成不全を起こす?」
ミカエラのようなもう部隊に所属した者たちは己の役割があり、自身で身につけた力に誇りがある。
それは理想の自分を目指した過程で得られたものだ。
しかし、まだそれらが薄く理想の自分を誇りとして邁進する者たちはルカを見て絶望しか感じず、俯き続けることになる。
「目指す姿を破壊されれば、その姿を目指す過程でできるはずの心の拠り所も得られない」
「それはつまりーー」
「ああ、向上心の喪失だ。
向上心がない状態で身につけた技術は試験を突破するためだけの技術だ。そんなもんはいらん」
自分のためではなく、誰かの目を誤魔化すために得た力が実戦で通用するわけがない。
ウェスバもタダでなければ訓練生を教える時間、物資などもタダではない。
実戦で通用しない。基礎にもならないものを覚えて実働部隊に行かれるぐらいならば多少の批判を覚悟してでもルカを訓練無しに部隊へ編入してしまう方がいい。
「そして、実働ではなく研究局に入れるのは管理のしやすさですか」
「ああ、特に局長直属のウェスバ乗りは今のところ俺を含めて3人。部隊的には後1人は欲しいしな」
ウェスバ部隊の最低運用人数は4人だ。
ドラゴンとの実戦はあまりないため、ある程度カバーできる研究局所属とはいえ、やはり後1人欲しいというのが本音である。
ガリスはそこで言葉を区切るとルリナと話すルカを見つめて付け加えた。
「まぁ、俺たちがどう望もうと決めるのは彼自身だ」
ミカエラはそんな彼を一瞥、同じようにルカへと視線を向けてポツリと呟く。
「実質的に、すでに決められているようなものではありませんか」
哀れむように零された言葉にガリスはたった一言。
「そうだな」
彼の言葉は懐かしむような声にミカエラは感じた。
◇◇◇
その日の夜、ルカはナテスアの執務室に招かれていた。
彼の手には1枚の紙。それはルカをヘルファイス研究局に所属させる紙だ。
これに署名すれば彼は研究局所属の天使となる。
そんな紙の内容に改めて目を通している彼へとナテスアへは言葉を向ける。
「どうだい? 住む場所もあるし、金も貰える。
少なくとも衣食住に困ったりはしないよ?」
「そこだけだと、まるで脅迫ですね」
オブラートに包むことなくルカは率直に言った。
彼女もそれは自覚しているのか苦笑いを浮かべると背もたれに体重を預けて答える。
「まぁ、そう見えてしまうだろうね」
しかし、すぐに表情を引き締めると彼を射抜くように鋭い視線でもって口を開いた。
「では、こう考えよう。利害関係、と」
「利害関係……」
ルカの理解を肯定、その速さに満足気に頷いたナテスアは続ける。
「ああ、リジオ村の件は明らかに人為的なものだ。
方法やら理由やらは不明だが、これは間違いない」
わからないことだらけだが、村1つを壊滅させた存在というのはヴェルシー王国にとっては脅威でしかない。
そんな存在を放置できるわけもなく、調査をすることになった。
そして、その調査の先頭に立つ機関はナテスアが率いるヘルファイス研究局で内定が出ている。
今は実働部隊が動いているが引き継ぎの目処が立てばすぐに諸々の問題をヘルファイス研究局が先頭に立って解決することになる。
「であれば我々があの惨事を起こした存在と接触する可能性が1番高い。
ゆえに君が報復ができる可能性も当然最も高いわけだ」
ルカの考えを促すようにナテスアは首を傾げながら両手を軽く広げた。
「報復、ですか……」
「おや、失礼。君はそれを望んではいなかったかい?」
ルカは黙り込み、昼間体を動かしたおかげか少しスッキリしている頭で思考する。
浮かぶのはリジオ村で共に過ごした人々の姿、慣れ親しんだ景色、そしてーー
『ルカ兄!』
(……クリュー)
彼女がそれを望むだろうか。
彼女は今の自分を見てどう思うだろうか。
もうこの世にいない存在へと問うすべがない今、それはわからない。
ゆえに、自分がどうしたいかで考える。
思考を現実に戻し、契約書から視線を上げたルカはその結果を口にした。
「それは“まだ”わかりません。
でも、これからよろしくお願いします」
自分は問いかけなければならない。
なぜあの平和な何でもない村を襲ったのか、なぜそこにいた者たちを殺したのか。
そして、その答えによってはーー
(俺は、殺すかもしれない)
そのようなことを考えていたせいか、ルカはナテスアが一瞬、表情を曇らせたことに気が付けなかった。




