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オルタナティヴ・アバード  作者: 諸葛ナイト
第2章 クロスブレン

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雨の日

 昨日から降り始めた雨はむしろその勢い増していた。

 ミクズムの街もそれに晒され、その下にいる者たちは濡れないように傘をさし、合羽に身を包み足早に歩く。


 空の灰色の重い雲や強い雨足はまさにルカの心情を表しているかのようだ。


 宿ではなく、ナテスアから貸し与えられた部屋のベッドでルカはうずくまっている。

 少し窓の外から暗い空を見たがすぐに目を閉じると雨の音に聞き入った。


 浮かぶのは人の気配がまるでなくなったリジオ村。

 親しかった者たちの亡骸、まだ小さいがゆえに持っていた夢を語る子どもたち、様々なことを教えてくれた老人たち。


 そして、大切な者、クリューの死体。


 顔すら見れなかった。

 ただ、それを前に立ち尽くし、所々に死斑が浮き出た体を抱きしめることしかできなかった。


 憎しみもない。怒りもない。

 ただただ悲しみだけを募らせていたルカはベッドの中で彼女を抱きしめた腕で自分の体を抱きしめ震わせていた。


 彼の悲しみをより深くさせるかのように雨はまだ強く降り続く。


◇◇◇


 ナテスアは執務室で行なっていた書類整理をひと段落させると肩を回し、腕を伸ばした。

 ぐっとこもった力もろともに今まで無意識に入っていた肩の力を吸い込んだ息と共に抜く。


 ちょうどそのタイミングでノックが響き、続いて声が飛ばされる。


「局長〜。いいですか〜?」


「ああ、ちょうど終わったところだ。入ってくれ〜」


 言うとそれに答えるように扉が開かれた。


「よかった〜。休憩用のお茶とお菓子も持ってきましたよ〜」


 言いながら扉を開いたのは優しそうな女性だ。

 彼女はナテスアが直接の指揮権を持つウェスバ試験部隊【クロスブレン】に所属する1人だ。


 ウェーブのかかったブロンドの長髪。

 薄いブルーの瞳と柔らかい目尻に平均よりも少し大きめの胸を持つ彼女の名前はツェルト・カジャスレイ。


 扉を開け放った彼女は2人分の紅茶とクッキーやマカロンなどを乗せたワゴンと共に入ってきた。


 彼女はテキパキと準備しながら質問を投げかける。


「それで、どうですか? あれから1日経ちましたけど」


 リジオ村の惨状を発見して1日が過ぎた。

 それは頭がなくなった遺体を抱きしめていたルカを無理矢理に引き剥がしてミクズム城塞の一室に放り込んで1日という意味でもある。


 だが、彼女が問うているのはそっちではないだろう。

 そう思ったナテスアは机の上を片付けながら答える。


「ほぼわからん。さっき来た報告書を見て唯一わかったのはドラゴンがやったとは到底思えないってことぐらいだ」


「……何故ですか? 遺体は食べられてたんでしょう?」


「そこさ。ただ食べられてただけなんだ。

 ドラゴンは噛み殺すが、では何故殺す?」


「そりゃ、食べるため、ですよね?」


「ああ、そうだ。簡単だな」


 つまり、噛み殺すのはあくまでも食うための過程であり、そこで終わりではない。

 現に殺した後は巣へと持ち帰るか、もし我慢できないほどに空腹であればその場で8割は食らい尽くす。


 だから、ゆえに襲われた村に残された死体が一口食われた程度でほぼ全身揃っているなど普通ならあり得ない。


「あれではまるで食うためではなく、殺すために食ったようにしか見えない」


「殺すために……ですか」


 ナテスアが話している間に紅茶を入れ終えたツェルトは彼女へとそれを差し出した。

 礼を言い、軽く息を吹きかけて冷ました彼女はそれを傾けると一息つく。


 カチャ、とカップと受け皿が重なる音を聞いて気持ちを少しリラックスさせて続けた。


「そもそも村があまりにも綺麗過ぎる。

 建物はほとんど傷つけられてなかったんだ。もしドラゴンが襲ったのだとしたらそれは妙だろ?」


「なるほど、たしかに妙ですね」


 ドラゴンがわざわざ「村に被害を出さないようにしよう」などと考えて人間を襲うわけがない。

 当たり前だ。彼らがしているのは侵略ではなく、狩りだ。


 しかし、リジオ村の被害はあまりなく、窓や壁の一部や扉が破壊されていたぐらいである一軒の家以外は家の形を保っていた。

 クレーターも確実にその襲撃者だろうが被害らしい被害はほとんどなかった。


 それらを聞き、珍しく真剣な眼差しをしていたツェルトはある言葉が引っかかり、それをぶつける。


「ん? 一軒の家?」


「ああ、住人は当時いなくて無事だったがね」


「……その家って、まさか!」


「ああ、そこに住んでいた者の名前はルカ。

 あのリジオ村唯一の生き残りであり、私が今スカウトしている青年さ」


 無言がその部屋に広がった。


 ツェルトの中には今、様々な予想が頭の中を駆け巡っていることだろう、とナテスアは思っていたが彼女はその真剣な空気に抗うようにクッキーをかじった。


 ピンっと張り詰めた空気の中でクッキーをかじる音が部屋に響いたのが妙におかしく思い、ナテスアは吹き出す。


「緊張感がないねぇ。ツェルト」


「す、すいません。小腹空いちゃってて……」


「ふふっ、まぁいいさ」


 正直なところ今わかっているのはリジオ村を襲ったのはドラゴンではないということ、その謎の襲撃者はルカを狙っていたことだけだ。


 それ以上はいくら考えたところで答えは出ない。


 詳しい村の調査は死体の処理共々、天使団に引き継がれている。

 彼らが何かしら発見してくれるのを期待して待つしかない。


 それならばその間に自分がやれることをするだけだ。


 新型ウェスバ、デメヴィオの飛行試験の結果は上々。

 さらに一部の機構を見直して試作機を作り、それらを使用してより詳しいデータを集め、正式な量産機として完成させる。


 心配事があるとすればーー


(ルカ君が立ち上がれるかどうか、だなぁ)


 心の中で呟きカップを傾けたところで気がついた。

 それに今、気がついたナテスアは小さく笑みを浮かべて言う。


「すまない、ツェルト。おかわりをもらえるかい?」


「あ、はい! お任せを!」


 ツェルトは嬉しそうに笑みを浮かべて紅茶を入れ始めた。


◇◇◇


 ルリナは借りている部屋の窓際へと寄って外の景色を眺めていた。


 ベッドにドレッサー、机とテーブルに本棚とシンプルでありながらもどこか高そうな雰囲気を漂わせているその部屋。

 王族らしく普段着ながらも少し豪奢なドレスに身を包んだ彼女は息をついた。


 ミカエラから聞いたけある事実は彼女の心にも空同様の雨を降らせていた。


 リジオ村が滅んだ。

 生き残ったのはルカのみ。


 過ごした時間は1日にも満たないような時間だった。

 しかし、それでもほんの僅かでも世話になった者たちが全員死んでなんとも思わないほどルリナは冷たくはない。


 どうにか言葉をかけたいが、かける言葉が見つけられない。


 かといって放っておくわけにもいかない。

 少なくとも今この世界で彼のことを一番知っているのは自分だ。

 その自負が彼女の思考を動かしていた。


(でも、どうすれば……)


 どう頭を捻ろうともやはり言葉は出てこない。

 少しこの思考を置いて休もうとしたところで扉がノックと同時に開け放たれた。


 反射的にバッと振り向いた先にいたのは肩で息を繰り返すミカエラだ。

 珍しく血相を変えている彼女に嫌な予感を感じながらもルリナは早足で歩み寄って声をかける。


「ど、どうしたのですか!? ミカエラ!」


「ル、ルカが……!」


 その名が聞こえた瞬間、少しも考えることなくルリナは言った。


「説明は移動しながら聞きます。その場所まで案内を!」


「は、はい!」


 ルリナはスカートを掴み上げるとミカエラと共に走り出した。

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