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オルタナティヴ・アバード  作者: 諸葛ナイト
第1章 日常の喪失

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スカウト

「ん?」


 ふと誰かに呼ばれた気がしたルカはカフェの窓から外を見た。


 しかし、そこには自分を呼んだ者などいるわけもなく、ただどこかへと歩く者たちがいるだけだ。

 ルカは「気のせいか」とその感覚を放り捨てるとテーブルを挟んで向かい側の椅子に座る女性に視線を戻す。


 宿へ帰ろうとしたルカを呼び止めカフェにまで連れ込み、紅茶とクッキーを差し出してまで話をしているのはナテスア・ヘルファイス。

 天使団の中でもヘルファイス研究局(ラボ)と呼ばれる組織の代表をしているらしい。


 らしい、というのはルカにはどうしても彼女がそのような立場にある者には見えなかったからだ。


 そんな彼の印象などつゆ知らず、ナテスアはもう一度告げる。


「お願いだ。どうにか研究局に入ってはくれないか?

 給金は普通のところより多いし、もちろん住む場所も提供する。

 そりゃ慣れるまでは大変だろうけど、自警団をやるより君の生活が楽になるのは保証するよ」


 2回目の説明を受けてもなおルカの考えは変わらない。

 首を横に振り、否定を表してからさらに言葉で補足する。


「何度言われようとお断りします。

 俺にとってリジオ村は故郷です。その故郷に恩返したいんです」


「仕送りなりすればいいじゃないか。それも一種の恩返しだ」


「でしょうけど、お金で解決できませんよ。村の自警は。

 そりゃ、あの辺は野盗もドラゴンもほとんどきませんけどこれから先もずっと来ないというわけではありませんから」


 たしかにルカから聞く限り村の自警は実質的に彼が担っている。

 他に戦える者はあれど、村からしてみればそんな重要な存在が抜けられるというのはかなりの痛手だろうことは想像に難くない。


 しかし、ナテスアにとってはそこが彼を説得するにあたり重要な点だ。

 それを切り出すために最終的な確認を彼へと取る。


「本当にそれだけ? 意思は変わらない?」


「はい。変わりませんし、それだけです」


「……なら、私が村の人たちに別の自衛方法なり防衛手段を用意できればいいということだね?」


「なっ!?」


 ルカにとってナテスアの提案はあまりにも予想から外れているものだった。

 そこまでするのか、と表情にまざまざと浮かべた彼へとナテスアは頷いた。


「そこまでするさ。ルカ君にはそれほどまでの価値がある。

 多少の難はあれどね」


 カップを仰いで一息ついたナテスアはあっけにとられているルカに笑みとともに続ける。


「言ったろう? 私たちは少しでも優秀な装備者が欲しいんだ」


「アバードを使えるからってウェスバも使えるとは限りませんよ?」


「まぁ、普通はそうだろうね。でも君の動きは明らかに感覚と才能と技を持つ者特有のものだ。

 すぐに動かすというのは難しいかもしれないが、1ヶ月、いや1週間もかからずに慣れる」


「断言しますね」


「確信してるからね」


 ここまで押されてしまえばルカも断りきれない。

 たしかに村の自警が強化されるのならばルカがあの村に拘る必要はない。


 返す言葉を失い、無言になった彼を見てナテスアは紅茶を飲み切ると席から立ち上がった。

 何も言うことなくポケットから雑に銀貨2枚と金貨5枚を置いた。


 そのまま店を出ようとしたがその背中をルカが慌てて呼び止める。


「あの、これ、多過ぎですよ」


 紅茶とクッキーであれば銀貨2枚もあればお釣りも出る。

 そのため銀貨の10倍の価値を持つ金貨を5枚も置く必要はない。


 ゆえにルカは椅子から立ち上がり、それを掴み、差し出したがナテスアは微笑んで言う。


「裏はないから素直に受け取っておいてくれ。私と話をしてくれたお礼さ」


 それにさらに言葉を返そうとしたが、彼女はそそくさと店から出た。

 追いかけることもできるだろうが、したところで意味はないだろう。


 ルカは受け取ってしまった金貨たちを一瞥し、椅子に座った。


 その視線を窓へと向けながらカップを傾けて紅茶飲み、一息付くと小さく呟く。


「クリューになんて言おう」


 そして、それを聞いて彼女はなんと言うのだろうか。


 なんとなく。そう、なんとなくだがーー


(一緒に行くと言ってくれたら……)


 ルカは心の中で形を作りかけた言葉を紅茶共に飲み込んだ。


◇◇◇


 その日の夜。

 研究局の局長執務室。端的に言えばナテスアが普段仕事をしているこじんまりとした部屋。

 本棚や何かしらの箱が目立つため、一見すると物は多いがきれいに並べられているため汚いという印象はない。


 そんな部屋の主であるナテスアは椅子に座り、ミカエラは壁に背を預けていた。


「ーーと、いうことだ」


 ミカエラが話していたのはルリナとその護衛についていた自身の処遇と罰についてだった。


 まとめるとルリナは反省文の提出と厳重注意に加えて視察と学習を一時中断して王都への出向。

 これは折を見てということで具体的な日取りについてはまだ決められていない。


 そして、ミカエラには給与の3割カットと注意とルリナの引き続きの護衛だ。


「なんだ。思ったよりも軽いじゃないか」


「運が良かったのだろうな。何しろ被害はなかった。

 本当にルカには感謝してもしきれん」


「ああ、たしかにそうだね」


 紙に何かを書き綴りながら同意と共に小さく笑みを浮かべるナテスアへとミカエラはジト目を向けながら言葉を投げる。


「それで、私たちにとっては恩人とも言える者にナテスア……局長はどんな卑怯な手を使ってスカウトしたのですか?」


 ピクッと手を止めたナテスアはペンを置き、頬杖をつきながら戯けるような口調で返す。


「まず、2人の時はナテスアでいいと言っているだろ? 幼馴染だぞ?

 次に、卑怯な手なんて使ってない。純粋な説得だけだよ。

 最後に、まだ成功していない」


「どうだか。村に押しかけるつもりだと聞いたぞ」


「ああ、事実さ。彼は自分の仕事を出来る者が他にいないからという理由だけで動いている。

 なら、彼の力を不要のものにすればいい」


「卑怯ではないが、酷いものだな」


 蔑みを含んだ視線を受けたナテスアは「好きに言えばいい」とでも示すように肩をすくめた。

 そんないつも通りの彼女を見てため息を挟んでミカエラは話を切り替える。


「それで、彼の力を必要としないようにするとは具体的にどのように?」


「指摘するだけだよ。彼1人に頼り過ぎだとね」


「それだけ? 本気か?」


「本気だとも」


 即答したナテスアの顔を見れば少なくとも今は本当にそれだけしか考えていないことを察することができた。


「……指摘1つで変わるとは思わんが」


「変えてみせるさ。少なくとも、そうしようと強く思わせることができればいい。

 考える、変えるきっかけがあればそこから先はまた別の話し合いさ」


「正直なところ私としてはまだ反対なのだが、まぁ、応援はするよ。一応な」


「なにを他人事のように言っているんだい?

 君も来るんだよ。一緒に」


「は?」


 初耳のことでミカエラは戸惑いと驚愕が入り混じった声で反射的に聞き返し、壁から背中を離してナテスアへと詰め寄る。


「ど、どういうことだ!? 聞いていないぞ」


「だって君、村の人たちにも迷惑をかけたと言っていただろう?

 礼を言うにも謝罪を言うにも直接の方が印象はいいし」


 言いながら彼女は近くに積まれていた本のタワーの上にあった1枚の紙をミカエラへと差し出した。

 差し出された彼女は迷いなくそれを引っ掴み内容に目を通す。


 それはウェスバの使用申請書だった。使用用途は新機体の試験飛行。

 本来ならば天使団と話し合って決められるはずの補佐兼護衛の欄にはミカエラの名前が書かれていた。


 付け加えるとすでにそれは許可済みであることを示す印が押されているため、やろうと思えば今すぐにでも行えるようになっている。


「なっ、な、ナテスア! 貴様いつの間に!」


 いたずらが成功したとでも言わんばかりに大きな笑い声をあげながらナテスアは背もたれに体重を預けた。


「私たちの人手不足には自分たちの責任もあると君は言っていたじゃないか。

 ならばそう言い認めた本人に働いてもらおう、ということだ。私も楽だしね」


「ほとんど最後の本音だろう?」


「あ、バレた?」


 そんな一切とぼける気すらないナテスアを見てミカエラは露骨に大きなため息を吐き、肩を落とした。

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