93.日没
俺は誰もいない、山頂にやってきた。
今、地上は嵐が吹き荒れている。
が、その嵐は神ボディで起こした、人工――いや神工的な嵐だ。
嵐は来るが、被害は最小限に。
そう思って嵐の進行ルートを決めていた俺は、一番嵐が薄く、ほとんど無風状態になっているところにやってきた。
何かの状況で無風地帯が必要になるかもしれない、そう思ってコントロールしたのが功を奏した。
しかし、人が住まない山頂にはその嵐の雲の上。
この山頂は、大地でありながら、雲の上という場所だった。
そこから、地平に沈まない太陽を見つめる。
今はとっくに日没の後で皆が明日のために身を休めているべき時間。
なのにもかかわらず、太陽は文字通り沈まず、夕暮れのような薄暗い状態のままでそこにいる。
「……みんなには言わなかったけど」
そうつぶやく俺の口調は、つぶやいた瞬間、自分でもその深刻さにびっくりする物だった。
今のこの状況は、昼の太陽が夜の太陽を「助けている」から、なのがほぼ間違いないと俺は思っている。
様々な状況から判断して、それで間違いないはずだ。
そうなると、問題が――いや、問題はまだ発生していないが、可能性が一つ生まれる。
それは……昼が減っていって、最終的に夜になる。
今とはまったく逆の状態になることだ。
今回の事で昼の太陽と夜の太陽が互いに影響し合って、日照が伸びたのはもう片方が影響していることが分かった。
何事もそうだけど、表があれば裏もある、片面的な状況だけというのは中々ない物だ。
つまり、状況が逆転すれば、一日中日が昇らない夜になるという状況も想像できる。
そうなるとは限らない、証拠もない。
だけど可能性で言えば間違いなく存在する。
それは、今の状況よりも遙かにまずい状況だ。
一日中日がおちないのと、一日中日が昇らないのと、どっちがよりまずいかはあえて言うまでもないことだ。
その可能性が生まれてしまった、見えてしまった以上。
「この状況を全力で解決しなきゃ」
決意も込めて、つぶやいた。
これも可能性の話でしかないけど、一瞬で状況が反転して、真逆になる可能性もある。
そうなる前に、比較的影響が少ないこの状況で解決して、ノウハウを積むことが大事だ。
失敗はまだ許される、だけど「成功しない」ことは許されない。
俺は空の上で、深呼吸した。
そしてかっ! と目を開く。
オノドリムとの契約を通じて、大地の力を感じた。
今までは「人間一人分」の力を借りていたけど、今回はそうじゃない。
借りれるだけ借りる、そういう感じでやらなきゃいけなかった。
目を閉じ、意識を足元に向けた。
すると、今までとは違う、雄渾な、まるで無尽蔵のような力を感じた。
「……借りるよ、オノドリム」
象徴的につぶやいて、大地から力を引き出す。
まずは俺自身の魔力を放出して、それより遙かに大きな大地の力で包み込む。
オーバードライブ。
過剰な魔力にとって物質が本来の形を保てずに溶けてしまう現象をいう。
つまり溶かすには大きな力が必要で、大きな力は大地の力の方だ。
俺の魔力を大地の力で溶かす。
「むぅ……」
微かにまゆをひそめ、うめき声を漏らした。
魔力をオーバードライブして溶かす。
それ自体は出来たが、かなり体に負担がかかったのを体感した。
慣れない農作業――力作業をした直後に、すぐに手に力が入らない感覚と似ている。
筋肉痛ではない、その場ででる体へのダメージ。
それと同質のものが俺を襲った。
「……これくらい想定内」
俺はぎりっ、と奥歯を食いしばった。
「さてこれを――むっ」
どうするか、と考えようとした瞬間だった。
オーバードライブで溶かした魔力が、独りでに空に浮かんでいった。
いや、吸い込まれていった。
空の一点へと吸い込まれていった。
それは、夜の太陽がある方角だった。まじまじと観察していたから見えなくてもはっきりと分かる、よるの太陽がある方角。
そこに、届けるのでなく、吸い込まれていった。
まるで――。
「乾いたスポンジに水、だね」
俺は微苦笑した、同時に確信を持てた。
これは正しいんだと。
俺がオーバードライブで溶かした魔力と、昼の太陽から夜の太陽へ流れている力が同じものだと。
この現象ではっきり確信した。
ならば、後はやるだけ。
俺は足元を再度意識し、山頂の地面から大地の魔力を引き出す。
俺の体を通して出る力を二つに分けて、片方は大きく、片方は小さく。
小さめの物を大きい方で包み込んで、溶かした。
オーバードライブで溶かした力は、空に消えていく煙のように、夜の太陽への吸い込まれていった。
やっていくと、すぐに額から脂汗がにじみでた。
全身にとんでもない疲労感を覚えた。
それでも俺は続けた。
夜の太陽に力を供給し続けた。
それを延々と繰り返す。
次第に、体がちぎれそうになるほどの苦痛に苛まれた。
気が遠くなりそうだ。
無心に魔力のオーバードライブを続けたせいで、思考がぼんやりと靄がかかったようになった。
これをいつまでつづくのか。
いや、そもそも本当にこれで合っているのか。
もしかして大地の、オノドリムの力を間違ったやり方で浪費してるだけなんじゃないのか。
そう、思いはじめたその時。
「――っ!」
ハッとした。
まなじりが裂けるほど、目を見開かせた。
目の前の光景はそれほどの物だった。
「太陽が……沈むっ」
数日ぶりの日没に、俺は。
強い疲労感と、それに負けないくらいの大きな達成感を覚えたのだった。




