09.最高の孫
散歩が終わって、エヴァを連れて屋敷に戻ると、屋敷の前に馬車が止まっているのが見えた。
見慣れた、じいさんの馬車だ。
また来たのか? とちょっとびっくりして屋敷に入る。
「お帰りなさいませ、マテオ様」
メイドが出迎えてきたので、聞いてみた。
「ただいま。おじい様が来てるの?」
「はい。大旦那様はお客様と一緒にリビングでお待ちです」
「また客? 分かった――ああそうそう、明日から毎日ケーキが届くから。受け取ったらエヴァに出してあげて」
「承知致しました」
メイドはしずしずと頭を下げた。
俺はきびすを返して、エヴァをつれたままリビングに向かって歩き出した。
貴族の孫になって早数年、一つ覚えたことがある。
貴族とか、俺の様な実質貴族の暮らしをしている人間は「金を払っといて」とは言わない。
なぜなら、普通の買い物で貴族が自ら金を払うことはないのだ。
大抵の場合、金を払うのは使用人達で、貴族はいちいち細かい金勘定に口を出さないのだ。
出さないのが美徳とされていて、下手に口を出そうものならさもしく思われてしまう。
そんなんだから、節約なんてもってのほかだ。
それを口にした途端変人に見られてしまう。
いや変人に見られるだけならまだいい。
下手したら貴族失格とか思われるか、実は家が傾きかけてるかとか、あらぬ疑いをかけられて、巡りめぐって実際に家が傾いてしまうケースもある。
だから、貴族は日常的な金の事をいちいち口にしちゃいけない。
まあそれはそうとして。
エヴァの毎日のおやつ、軽い食費の部類だ。
この程度なら、庶民のうちでも働いてる大黒柱とかならいちいち気にしない程度のもの。
俺は全部任せることにした。
そうこうしているうちに、リビングに着いて、ドアの前に立った。
俺の屋敷だが、じいさんの屋敷でもある。
じいさんが客を連れて来てるってんならなおさらで、俺はドアをノックしつつ、
「マテオです」
と、若干「よそ行き」な声色を意識しながら言った。
「うむ、入るのじゃ」
「うん」
ドアを開けて中に入ると――びっくりした。
リビングには二人と一頭が居た。
一人はじいさん。
じいさんは普通にソファーに座っている。
メイドに出してもらった砂糖たっぷりの黒茶をすすってる。
もう一人と一頭は――こっちの方がちょっとおかしい。
なんとリビング――室内であるのにもかかわらず巨大なトカゲ――立ち上がればたぶん大人の男よりは大きいトカゲだ。
そのトカゲが座っているのを、青年の男が背中で●ンコ座りしている。
なんでトカゲ? そしてなんでウ●コ座り?
そんな俺の疑問をよそに、じいさんが口を開く。
「紹介するのじゃ。この男はレイフ・マートン」
「初めましてマートンさん。マテオ・ローレンス・ロックウェルと言います」
俺は軽く自己紹介して、ぺこりと頭を下げた。
「それが例のレッドドラゴン?」
レイフは返事をするでも無く、色々とすっ飛ばした感じで俺の横に居るエヴァに目を向けてきた。
「えっと、うん」
「大きくできるって?」
「そうだよ」
「そこでやってみて」
「うん、分かった。でも室内だから、一部だけでいいかな」
「一部?」
「うん、こう」
色々と思う所もあるが、じいさんが連れて来た人間だ、詮索は落ち着いた時でいい。
そう思って、俺は頷きつつ、エヴァに触れた。
「前足ね」
エヴァにそう告げてから魔力を注ぐ。
するとエヴァの前足が巨大化した。
レッドドラゴンの成体の姿、巨大な前足に。
「へえ、面白いじゃないか」
「面白い?」
「それ、ちょっと解剖させてよ」
「みゅ!?」
エヴァがビクッとした。
前足がみるみるうちにしぼんで、完全な子犬ちっくな姿に戻って、俺の背中に隠れた。
すがってくる小さな体が、小刻みに震えているのが分かる。
俺は怯えるエヴァを撫でてやりつつ、レイフに抗議の視線を向けた。
「だめだよ、それは」
「そう? まあ、ユニーク級なら替えがきかないから、解剖は最後にまわすか」
いやいや最後じゃなくて解剖自体やめろよ、というのが喉元まで出かかった。
まだほんのちょっとの付き合いだ。
顔を見てから三分もたっていない。
それでも分かる――誰でも分かる。
レイフ・マートンというのは、どうやらかなりエキセントリックな性格の男のようだ。
自己紹介もそこそこに、エヴァの事を解剖させろだなんて。
普通の人間じゃありえない言行の数々。
その「あり得ない」のターゲットが、エヴァから俺に横滑りしてきた。
「お前も面白いな」
「僕の解剖はもっとダメだよ!」
こっちはさすがに声が出た。
解剖とかさせられるか――っていう、ノリツッコミに近い、この場を和ませるジョークに近いものだったが。
「だめか?」
「だめだよ!」
嫌な「大当たり」で、レイフはそれをするつもりだったようだ。
「マートンよ、それは許さんぞ」
じいさんが横から口を出してきた。それまでは黙って見守ってる感じだったのにいきなりだ。
瞬間、俺までゾクッとした。
部屋の温度が十度くらい一気に下がったような気がした。
じいさんはそれくらいの殺気を放ってて、見るともの凄い――殺し屋みたいな目をしていた。
「なぜだ」
「わしの孫だからじゃ」
「孫と言っても血は繋がってないと聞いた。橋の下で拾ったから、犬か猫と同じくらいなんじゃないのか?」
「孫は孫じゃ」
「ふーん……やっぱり老人は頭がおかしい。理解しがたい」
いやいや、今のは老人だからとかじゃないだろ。
普通の人でもそういう反応をする。じいさんがケタ違いの殺気を出してるだけで本質は一緒だから。
頭がおかしいのは……むしろレイフなんじゃないかなって思う。
「しょうがない。どうもじいさんの話を聞くと、あんたもユニーク級らしいから、解剖はまた今度にしよう」
「ユニーク?」
「知らないのか? 唯一的なって意味だ」
「唯一……」
俺はエヴァを見た。
さっきもエヴァに向かってそんな事を言ってたな。
いや、エヴァは分かる。
卵に触れたらいきなり孵ったとか、一部だけ成長したりできるとか、そもそもがレッドドラゴンだからだとか。
多分、エヴァはこの世界で一体しか存在しない、かなり特殊な子だ。
それは分かるんだけど……俺も?
「そのためにレイフに来てもらったのじゃ」
殺気を収めたじいさんが、まるで俺の心を読んだかのようなタイミングで疑問に答えてくれた。
そう言えば、まだなんでこの男を連れて来たのか聞いてなかったっけな。
マートンのキャラが強烈過ぎて、挨拶代わりの一発をつっこむので手一杯だった。
「どういうことなの? おじい様」
「魔力の事を覚えているか?」
「えっと、僕に強い魔力があるかもしれないって事?」
「そうじゃ。前に呼んだあやつは力のほどを測れなかったから、代わりにこやつを呼んだのじゃ。こやつはこう見えて魔法工学の天才でな。マテオの話をしたらやれると言ったのじゃ」
「そうなんだ」
なるほどそういうことか、と俺は納得した。
そこまでして測りたいのか――という疑問は持たなかった。
じいさんからすりゃ、俺を自慢するために計りたいんだろう。
子供が賢いと分かれば、いろんなテストを受けさせて、その点数を自慢の種にしたいのと一緒だ。
そこは、世の親御さん達と何ら変わらない。
いや、親よりも祖父母の方がそういう傾向が多い。
親が子供を溺愛する――という話を聞けば教育上どうかと思う者も居るが、祖父母が孫を溺愛すると聞けば大半の人間は納得して微笑ましく思うものだ。
だから、じいさんがめげずに俺の魔力を測るために新しい相手を連れて来た事には納得した。
「そっか、天才さんなんだ」
改めてレイフを見た。
今でもポニーの上でウンコ座りをしてて、話してない時はたぶんメイドが出したであろうケーキを手掴みでむっしゃむっしゃ食べている。
天才というよりは、今の所変人の要素が強いが――うんまあ、じいさんがそう言って連れてきたんならちゃんと天才なんだろう。
「分かった。よろしくお願いします、マートンさん」
「じゃあ脱いで」
「へ?」
「今度はなんじゃレイフ」
じいさんの目がすぅと細められた。
またまた、部屋の温度が急降下し出した。
それをレイフはまったく意に介するでも無く。
「ちゃんと計りたいんだろ? だったら脱がないと」
「うむ?」
「体に本人の肉体のものじゃない物がくっついてると測定の精度が下がる。適当に計っていいのならそれでもいいけど」
「むむむ」
いやむむむじゃないだろ、じいさん。
「マートンさん、どうしても脱がなきゃダメ?」
「別にいいよ、精度が下がるだけだから」
「だったら、まずは着たまま計らせて。それでどうしてもダメならまた考えよう」
「そうか」
レイフは納得した。
俺はまず服を着たまま測ることにした。
「じゃあ何人か使用人を使わして」
「うむ」
じいさんは頷き、手を叩いて使用人を呼んだ。
じいさんの事を「大旦那様」と呼ぶこの屋敷のメイド達が三人、続けて部屋に入って来た。
じいさんは人数を確認してから、レイフの方に向き直って。
「三人でよいか」
と聞いた。
レイフは小さく頷いた。
「ん。あんた達、そこの箱から中身を取り出して」
レイフが視線を向けた先、部屋の隅っこに持って来たらしき荷物があった。
メイド達は命令に従って、箱を開けて中身を取り出した。
何かの装置に、その装置から線が延びてて、線の先端は指輪のような感じになっている。
それが――十数個あった。
「それをこの子の全部の指に付けてやって」
レイフが言うと、メイド達は先端の指輪っぽいのを持ってきて、俺の指に付けていった。
十数個あったと思ったのは、実際はぴったり二十個だった。
両手と両足、ぴったり全部の指に収まったから、二十個だ。
「それじゃ、適当に魔法を使ってみて」
「魔法? どうしたらいいんだろ」
「なに? まさか魔法使えないのか?」
「うん」
俺が答えると、レイフは呆れた目でじいさんを見た。
言葉にしなくても分かる、「話が違うぞ」って目だ。
糾弾される側のじいさんだが、まったく動じる様子はなく、俺に向かって言ってきた。
「マテオよ、その子をもう一度巨大化させればよいではないのか?」
と、エヴァを指した。
そうか、エヴァを巨大化する時に魔力を使うんだったっけ。
「それでいいの?」
「魔法というより、魔力を使えばよいのではないか?」
「それでもいいけど。何度も言うけどちゃんとやらないと精度が下がる、大雑把なものにしかならないから」
「うん、分かった」
俺ははっきりと頷いた。
レイフはさっきから不機嫌になっているけど、実の所大雑把でいいと俺は思っている。
じいさんが俺の魔力を測ろうとしている理由は、知りあいに孫の自慢をしたいだけなんだ。
そんな事に、細かい計測とかいらない。
大雑把にわかればそれでいいんだ。
「それじゃ……エヴァ、おいで」
「みゅ!」
エヴァが俺に飛び付いて来た。
俺はエヴァを連れて窓際に行った。
窓を開けて、抱っこしたまま外に出して――魔力を注ぐ。
俺の魔力を受けて、エヴァがレッドドラゴンの成体になった――その瞬間。
バチ――バチバチ、パァーン!
俺の全身と繋がっていた線が全部一気に焼き切れた。
繋がっている先の装置みたいなのも爆発した。
「ど、どういう事じゃ」
「…………」
驚くじいさん、一瞬で真顔になったレイフ。
「おい、レイフよ」
「うん、ああ、たいしたことはないよ」
「なんじゃと」
「ただ測定上限を超えて計れなかっただけだよ」
「計れなかった?」
「この機械は魔力を数値化して測れるんだけどね、例えば僕は5、その辺の魔術師は2から30くらい。宮廷の連中だと100越えるか越えないかくらい」
「ふむ」
「だから、999まで計れるように作ったんだけど――」
「マテオが999超えていると言う事じゃな!」
じいさんはレイフに食いついた。
相変わらず、俺に都合のいい話だと理解が早いんだから、じいさんは。
「そういうこと」
「凄い、凄いぞマテオよ」
「そんなにあるんだ……」
「で、どうする? 高いのは分かったけど、僕を呼んだのは正確に計りたいからだっけ? まだそれやる?」
「できるのか?」
「僕に出来ないことは無いよ、レイドクリスタルがあればすぐにでも」
「レイドクリスタルか、いいじゃろう、すぐに用意させる」
じいさんは更に使用人を呼んだ。
微妙な呼び方の違いで、それで呼ばれて来たのこの屋敷のメイドじゃなくて、じいさん直属の使用人だ。
中年で、立派な髭を生やしている男はじいさんの傍にやって来た。
じいさんはその男に耳打ちした。
彼は静かに頷き、ゆっくりと腰を折ってから退室した。
そのまま待つこと――一時間弱。
男は宝石箱の様な物を持って戻って来た。
じいさんはそれを受け取って、箱の蓋を開く。
そしてレイフに見せる。
「これがレイドクリスタルじゃ、あっているか?」
「いいよ、じゃあ五分待って」
「そんなにすぐにできるの?」
「僕は天才だから」
レイフは自慢するでも無く、まるで「僕は男だから」みたいな淡々とした口調で言って、レイドクリスタルを受け取って、さっき爆発した箱に向かって行き、取り付けを始めた。
それを眺めつつ、ふと、俺は「レイドクリスタル」という単語が記憶の中にあることを思い出した。
「ねえ、おじい様」
「うむ? なんじゃマテオや」
「レイドクリスタルって、僕の記憶が正しければかなり高価な物なんじゃないの?」
「そうじゃったかな……おい」
じいさんは少し離れた所で待機する、さっきレイドクリスタルを調達しに行った男を呼んだ。
あー、貴族だし、買い物の値段なんていちいち気にしないか。
男は近づいてきて、じいさんに小さく頭を下げた。
「マテオが聞いておる。いくらしたのじゃ?」
「金貨300枚でございます」
「だそうじゃ」
「えええええ!?」
その数字には驚いた。
金貨300枚って、庶民が一生かかかって稼げるかどうか――いや八割の人間は稼げないだろう額じゃないか。
「た、高いよ!」
「なんの」
じいさんはニカッと笑った。
「これでマテオの魔力がきちんと測れるのなら、むしろ安いくらいじゃ」
「お、おぅ……」
俺は返事に窮した。
迷いなくそう言い切るじいさんにちょっとだけ引いた。
安くは……ないだろ。
「できた」
そんなこんな言ってるうちに、レイフの改造が終わった。
装置はさっきとさほど変わらない見た目だ。
レイドクリスタルが組み込まれている以外ほとんど一緒だ。
そして、装置から出ている線と線の先の指輪っぽいのも一緒だ。
レイフはメイドを呼ばないで、自分で指輪を持ってきて、俺に取り付けてきた。
「今度はちゃんと計れるのか?」
取り付けている間、じいさんが横から聞いてきた。
「いけるよ。コアにレイドクリスタルを使ったから、計れる上限はさっきの十倍になっている」
「つまり一万弱までは計れるということか。ふむ、ならばいけそうじゃな」
じいさんは満足して頷いた。
さっきの十倍、という分かりやすい数字が良かったみたいだ。
全部取り付けた後、レイフは俺からそっと離れた。
そして、言う。
「やってみて」
「うん。エヴァ」
「みゅ!」
俺はもう一度エヴァを抱き上げた。
抱き上げたまま窓の外に出して、トゥルーフォームに戻した。
魔力光が放たれ、二十本の指から線を通って装置に集められて――ドォォォォーン!!
さっき以上の爆発が起きて、装置は跡形もなく吹き飛んだ。
「な、なんじゃ」
「ふーん」
「一人で納得しているでないわ。これはどういう事じゃ?」
「どういう事も何も」
レイフは肩をすくめた。
「計れる上限、魔力値が10000超えてるだけの話だよ」
「10000!? まさか! そんなのあり得るのか」
「僕は天才だよ」
レイフは誇るでも無く、ただ事実を淡々と告げるような口調で言う。
「僕がやったことは全て結果をありのままに出す。結果に間違いはない」
「……」
ぽかーん、となってしまうじいさん。
「つ、つまり……」
「魔力値は一万超えている、間違いない」
じいさんはぎぎぎ、って感じでこっちを向いた。
「凄い、凄いぞマテオよ!」
じいさんにとっては最高の結果になったが。
この時の俺はまだ知らなかった。
俺の魔力は、後に人類史上最高のものとして歴史書に記される事をまだ知らなかった。
今はまだ貴族の孫として、じいさんが自慢できる子だったという事に、とりあえず満足したのだった。
この話でプロローグ終わりです、ここまでで楽しんでもらえましたでしょうか。
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「面白い!」
「続きが気になる!」
「更新頑張れ!」
とか思いましたら
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!
何卒よろしくお願いいたします。