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89.神と村人のはざま

「ど、どこに!?」


 驚愕するヘカテー、空を見上げて、きょろきょろする。

 俺と同じように見あげたはいいものの、見つけられずに困惑しているのがありありと見て取れた。


 当然だろう。

 魔力を元通りに変換した俺の目にも、空にはいつものように「昼の太陽」しか見えていない。

 さっきまで、色が反転した世界の中で見えていた「夜の太陽」なんていくら目を凝らしても見えない。


 だからヘカテーの困惑は当然だった。

 そんな彼女にちゃんと説明する――程度の余裕が俺の中に生まれた。


「見えるようになったんだ。全身の魔力を白の魔力にすると、世界がまったく違った見え方になって、それでもうひとつの太陽がみえた」

「全身が……白の……? そうでございましたか。さすがでございます」

「うん? なにが?」


 ヘカテーは一瞬驚いた、まなじりが裂けるんじゃないかってくらい目を見開かせたが、それは本当に一瞬だけのこと。

 すぐに彼女は落ち着きを取り戻し、なにやら納得した表情になった。


「全身の魔力を白の魔力になさったことでございます」

「うん?」

「過去に同じことをやろうとした人間もございました、人間は通常黒の魔力のみを有しているが、それが全部白の魔力に変ったらどうなるのか、という知的好奇心からの行動でございました」

「そうだね。二元論で分けられるようなものだったら当然そういう発想をする人が出てくるよね」


 俺ははっきりと頷き、納得した。

 物事ではっきりと二元論で分けられるようなことなら、片方があればもう片方はどうなるのか、と好奇心が旺盛な人間は当たり前のように考える。


「それやった人はどうなったの?」

「説明……いえ、表現は非常に難しいのですが」

「うん?」

「一言で申し上げると――人ではなくなっていました」

「……なるほど」


 肉体ごと何か別の物に変化したんだろうか。

 それもヘカテーの知識の深さや教養の高さをもってしても「表現がむずかしい」何かに変ったんだろうな。


「ですので、それを事もなさげになさった神がすごい――と一瞬思いましたが、神はそもそも人ではございませんので」

「あっ、だから納得したんだ」


 俺がいい、ヘカテーは頷いた。

 なるほどそれであの反応か、って納得した。


 同時に、ヘカテーが「神だから」というのにも納得した。

 今の俺は神ボディに入っている。

 そもそも、月に行ったときに取り戻した神の半身が白の魔力のまま「氷漬け」にされた事もあった。

 肉体が人間の物じゃないということで、俺自身も納得した。


「うん、まあそういうことだから。その状態だと見えるようになったんだ」

「ちなみにそれはどちらに?」

「あっちだね」


 俺はさっき見えた、夜の太陽の方角を指した。


「あっちは……北ですか」

「うん、ずっと見てた訳じゃないから推測でしかないんだけど、何となく今見えてるこの太陽は東から西へってなってるのに対して、『夜の太陽』は北から南に、って感じだった」

「頂点で交差するのでしょうか」

「かもしれないね」


 俺は頷いて、夜の太陽がある北の方に目をむけた。

 そっちをしばらく見つめてから、ヘカテーに視線を戻した


「ヘカテー」

「はい」

「僕はこれから空に上がる」

「空、でございますか?」

「うん。夜の太陽と今回の件に関係あるかどうかはまた分からない、だから念入りに観察したい――雨雲の上でね」

「……かしこまりました、こちらの事はお任せ下さい。引き続き調べさせます」

「ありがとう――すごいねヘカテーは」

「恐悦至極でございます」


 ヘカテーは顔を赤らめて、嬉しそうに応えた。

 うん、やっぱりヘカテーはすごいなって思う。


 だって、何一つ解決したり――いや、そもそも何も確定してはいないんだ。


 確かに「夜の太陽」は見つかった。

 だけど、それが今回の一件、日差しが長くなって挙げ句の果てに太陽が沈まなくなった事との関連性はまた分かっていないんだ。


 もしかしたらなんの関係もなかった、という可能性もあり得る。


 夜の太陽という大発見で気が緩むことなく、更に調査を続けさせる、その陣頭指揮を執る。

 それを言える、やれるヘカテーはやっぱりすごいと思った。伊達に三百年も大聖女をやってないなと俺はあらためて感心し、その心構えを学ばなきゃなって思ったのだった。


     ☆


 空の上――雨雲の上。

 まるで大地かのように、濃くて分厚い雨雲の上に俺はいた。

 俺はエヴァの背中に乗っていて、体内の魔力全てを白の魔力に変換し、夜の太陽を見つめていた。


 ドラゴンの姿にもどったエヴァは俺を背中に乗せて、空の上で同じ高さを維持するように飛び続けてくれた。


『偉大なる父マテオよ、一つ聞いてもいいだろうか』

「うん、なんだい?」


 ドラゴンの姿に戻ったエヴァはいつものように厳かな口調で問いかけてきて、俺は夜の太陽に視線を固定したまま応じた。


『夜になっても沈まぬ太陽――白夜とも言うべきこの現象、そのまま父マテオの神跡(、、)や賜物として人間どもにくれてやるというのはどうだろうか』

「神跡……神の奇跡って事だね。うん、その事もちょっとだけ考えた」

『そうしない理由は?』

「ちょっと前にダガーさんから聞いた事を思い出したんだ」

『あの慮外者がなにを?』

「あはは」


 俺はちょっとだけ苦笑いした。

 ダガーを巡っては、ヘカテーがドストレートに怒ってたけど、直接関わってない、話を聞いただけのエヴァまでもが第一声を「慮外者」っていって嫌っていた。


「ダガーさんは睡眠の研究をしてたのね」

『そう聞いている』

「でね、どうやら人間って、夜眠らないとダメみたいなんだ」

『……ふむ』

「ダガーさんの研究でね、同じ長さの時間を寝てても、夜の方が昼に比べて全然疲れもとれるし、健康にも良いみたいなんだ。人間はそういう生き物だ。息を吸って水を飲むのと同じように、夜眠らないといけないって生き物だって言ってた」

『……そうか』

「確かに、ヘカテーと、あとイシュタルもきっと協力してくれるから、帝国とルイザン教の協力があれば、神の奇跡ってことでしばらくは民心は落ち着くと思う、でも、それじゃみんなの健康が害されるかもしれない」


 俺は空を見上げたまま言い続けた。

 ダガーのいう事は納得できる、というのが大きい。

 元村人である俺には、日の出とともに起きて日の入りとともに寝る生活が体にいいというのが体感でわかる。

 だから神の奇跡で片付けることなく、どうにか解決しようと動いている。


「それで、夜は無くしちゃいけないっておもったんだ」

『さすが偉大なる父マテオ』

「うん?」

『あの様な慮外者の言葉でも真っ正面から受け止めるその器の大きさに改めて感服した』

「大げさだなあエヴァは」


 俺は微苦笑しながらそういい、エヴァの背中に乗ったまま夜の太陽を見つめ続ける


「……あれ」

『どうした、偉大なる父マテオよ』

「気のせい……? ううん、違う」


 俺はすっくとエヴァの背中で立ち上がった。

 改めて、意識を強く集中して、穴が空くほどの勢いで夜の太陽をじっと見つめたけっか。


 夜の太陽が、はっきりと一回り小さくなった、そう、みえたのだった。

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