88.反転
俺は図書館の隅っこに移動した。
隅っこで目立たないようにして地べたに座り込んで、信徒達の声に耳を傾けた。
メーティス経由で信徒達に直接つぶやかせて、俺がそれを拾う。
100人近い信徒のつぶやきを聞き分ける……普通の人間なら到底出来ない事でも、この神のボディなら出来た。
「……ッ」
とは言え、それは「出来る」というだけで、簡単にできるというわけじゃない。
100人近い信徒達の声を聞き分けるのはかなりの集中力がいるし、それではっきりと体力が消耗されるのを体感した。
それでも俺は続けた。
状況が相変わらず悪化してて、どうにかしなきゃいけない……何かをしてたい。
その考えが俺をこうさせていた。
「申し訳ございません……」
「ん、ああ、もう起きてきたのか」
目の前に人の姿が見えて、幼げな声も聞こえてきた。
信徒の中に混じって、一人だけつぶやきではない言葉に意識を目の前に戻すと、ヘカテーの姿がそこにあった。
ヘカテーは申し訳なさそうな顔で、いまにも俺に土下座しかねないほどの雰囲気を纏っていた。
「体は大丈夫?」
「はい……」
「だったらそれでいいよ。休めたのならそれでいい、今このタイミングでヘカテーにまで完全に倒れられたら大変だから」
「この始末、必ずや――」
「それはもういいから」
「はい……」
ヘカテーは申し訳なさそうに口をつぐんだ。
悔恨で己が身を引き裂いてしまいたい、ヘカテーの性格を考えたらそんなふうに考えているところだろうなと思った。
思いながら、俺は意識を少しだけ信徒のつぶやきの方に戻した。
「……もしや」
「うん?」
「信徒達の声を聞いているのでございますか?」
「うん」
俺は頷き、少しだけ声を押し殺して、答えた。
メーティスを通して伝えたのは、それで「神が聞いている」ということ。
そして俺は正体を隠して、隅っこでそれを聞いている。
俺は神ボディに入っているけど神って訳じゃないし、そもそも「神が降臨した」なんて光景になったら騒ぎが大きくなるのは目に見えている。
だから俺は目立たないようにして、声も押し殺した。
「こうした方が早いし、ヘカテー達の負担も減らせるからね。全員分聞き分けるのがちょっと大変だけど……うん、少しずつ慣れてきてるから大丈夫」
「……さすがでございます」
ヘカテーは唖然とし、その後感動した表情にかわった。
「むっ……ああ……」
「どうなさいましたか?」
「あたりかなって思ったけど、よく聞いたらまた夜の太陽のことだった」
「ああ……」
ヘカテーは納得した様子で頷いた。
俺がこのやり方をはじめるまでは彼女が報告を受けていた立場なのだから、俺が今思ってること感じてることを彼女も感じていたのだろう。
信徒からの報告、聞き分けるとはいっても、さすがにまったく関係のない物は聞きながしている。
その中で「太陽」かそれに近い言葉――例えば「日差し」とかがでてきた時に意識を強く向けるというやり方をしている。
そうしていたんだけど、「夜の太陽」という言葉が実によく出てくる。
「わたくしの時もかなり頻出しておりました」
「だろうね」
「それを最初からはねのけてもよいのですが、現場の裁量を制限した方が言い状況かともおもいました」
「うん、わかるよ」
ヘカテーのいう事はすごく分かる。
今は少しでも情報が欲しい状況だ。
ここで「夜の太陽がらみはいらない」とか命令しちゃうと、夜の太陽だけじゃなくて別の情報まではねのけられてしまうかも知れない。
今の状況だと、情報は全部上げてもらって、判断はこっちに――っていうのが一番いいと思う。
おもう、けど。
「こんなに夜の太陽がでるようだと除外してほしいって気持ちになっちゃうね」
「やはりお手伝いさせてください」
「ううん、いいよ。それよりもそこにいて、相談に乗ってよ」
「……御心のままに」
ヘカテーは不承不承ながらも引き下がった。
何処まで行ってもヘカテーらしいと改めて思った。
俺がちょっとでも強く言うと、彼女はそのまま引き下がってくれる。
神と認めた俺の言葉を否定することが出来ないからだ。
でも、感情はみえる。
青い血の使徒になって、見た目が幼い娘に若返ったから、彼女はこういう時いつも感情がダダ漏れになる。
言葉には出ないが、表情にはでる。
ヘカテーとたくさん接するようになって、それが可愛いと思う様になってきた。
「ああ、また」
「またでございますか」
「うん、夜の太陽と白の魔力の人間の話だね」
「白の魔力の人間……それは人間ではないのではありませんか」
「たぶんね」
俺は頷きながら応えた。
もう大分前だけど、俺に強大な魔力があるって分かって、爺さんが雇った家庭教師から聞いた話を思い出した。
人間は黒の魔力だけをもってて、その黒の魔力を練って白の魔力に変換して魔法を行使する、という基礎知識を思い出した。
月のことを思い出した。
この大地と月がそれぞれ白き星、黒き星と昔は呼ばれてて、一対の存在であることを思い出した。
「……ちょっとまって」
「どうなさいましたか」
「ねえ、ヘカテー」
「は、はい」
ヘカテーはたじろいだ。
俺がいつになく真顔で、自分でも分かるくらいの、険しいくらいの真顔を向けたから、ヘカテーも顔を強ばらせて息を飲んだ。
「ぼくたち、なんで夜の太陽がないって決めつけてたんだっけ」
「え?」
「理由はなに?」
「それは……理由、でございますか」
ヘカテーはつぶやくようにして、自分の言葉を確認するようにつぶやいて、考え込んだ。
俺も考えた。
なんで、夜の太陽はないってきめてつけてたんだ?
確かに、「それが常識だから」って言えばそうなんだけど、そもそも常識でいえば「白き星と黒き星」も俺の常識にはなかった事。
考え込むヘカテー、答えはまだでていないが、それが答えでもある。
俺もヘカテーも、常識いや先入観で夜の太陽はないものだと決めつけていた。
「……」
俺は少し考えて、立ち上がった。
「神?」
訝しむヘカテーをよそに、俺は目を閉じて、体の中にある魔力に意識を剥けた。
そして――実行する。
今まで本格的にやったことの無かったこと。
人間は黒の魔力だけを持つ。
魔法を使うには、一部の魔力を白の魔力に変換して、白と黒を混ぜて魔法を発動させる。
ここに一つ、当たり前の盲点があった。
魔法使いは皆、白の魔力そのものにはなじみ深いが「全てが白の魔力」という状況になったことはない。
さっきの信徒のつぶやきは夜の太陽と白の魔力の人間とあった。
だから俺は――全部変えた!
体の中にある魔力を、全部白の魔力に変えた。
瞬間、目の前の景色がかわった。
色が全て反転した、ものすごく気持ち悪い景色になった。
「もしかして……」
俺はそのまま歩き出して、図書館の外に向かった。
外にでて空を見上げると――。
「あった……」
相変わらず一つしかないが、ぱっと見でも分かる位、違う場所にある太陽を見つけた。
魔力をもう一度全変換すると、見た目が元に戻って、それが見えなくなって、いつもの太陽がみえた。
「神?」
「見つけたよ、夜の太陽が」
俺は振り向き、俺を追いかけてでてきたヘカテーに微笑みかけたのだった。




