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83.入り口

 あくる日、俺は自分の寝室、自分のベッドの上で目覚めた。

 体を起こして、少しぼんやりしながら窓を眺める。

 窓から差込まれる朝日で、頭がゆっくり覚醒していく。


「久々かも……」


 思わず、言葉に出してつぶやいた。

 こんな風に、何にも追われずにゆっくりと自然に目覚める朝は久しぶりかもしれなかった。


 たまにはこんなのんびりするのも――。


「マテオや。おお、もう起きておったか」


 部屋のドアが開いて、爺さんが入ってきた。

 爺さんはいつものように、満面の笑みのまま部屋に入ってきた。


 俺は内心苦笑いしながら、爺さんに体ごと向き直った。


「おはよう、おじいちゃん。今日は――わわっ!」


 爺さんは一直線に俺に近づいてきては、まったく躊躇することなく俺を抱き上げた。


「おじいちゃん!?」

「おー、マテオ、また少し大きくなったのか?」

「え? あ、うん、そうかな……?」

「うんうん、もっといっぱい食べて、ちゃんと大きくなるんじゃよ」

「そ、それはわかったから、そろそろ下ろしておじいちゃん。重くなってるなら本当に腰を悪くしちゃうよ」

「それなら大丈夫じゃ」


 爺さんは俺を抱き上げたまま、ニカッと笑った。


「大丈夫って?」

「マテオを抱っこできるように、わし、体を鍛えたはじめたのじゃ」

「ええ!? そうなのおじいちゃん」

「うむ、証拠にほれこの通り――高い高い」

「うわああ!!」


 俺は思わず声を上げてしまった。

 爺さんは言葉通り、俺に「高い高い」をしてきた。


 貴族の家というのは、見栄とか格式とかの理由から、ただの村人の家に比べて天井が高く作られている。

 俺は前世住んでいた家だったら間違いなく天井にぶつけられてる位の高さまで「高い高い」をされた。


「高い高いー」

「わかった、わかったからおじいちゃん下ろして!」

「高い高いー」


 体を鍛えれたのがよほど嬉しかったのか、爺さんは俺への高い高いを止めようとはしなかった。

 そこに、メイド達が入ってきた。

 数は三人、それぞれが俺の着替えを持っている。

 いつものように朝の着替えを手伝いにきたのだ。


 そのメイド達は、高い高いをされている俺の姿を特に不思議に思うでも無く、爺さんの邪魔をしないように、すこし距離をとって着替えの準備をはじめた。


 ――逆に恥ずかしいわ!


 まだ突っ込まれた方がいいと俺は思った。

 まだまだ少年とはいえ、それでも本来はとっくに高い高いをされるような年齢でもない。

 ましてや中身は前世の年齢も加味して結構な歳だ。


 そんないい歳の人間が、高い高いをされて、それを完全スルーされるのはちょっと心に()る。

 俺はかなり本気で爺さんに訴えた。


「おじいちゃん、本当にもうやめて」

「んん? しょうがないのう、じゃあ最後にもう一回」


 爺さんはそういって、泣きの一回――俺が泣きたくなる最後の一回をやってから、俺を床におろした。


「えっと、おじいちゃん、あんまり無理はしないでね。お年寄りって体を一度壊しちゃうと大変って聞くから」

「おー、さすがマテオ。その歳で自然に老人を思いやれるなんてさすがじゃ、中々出来る事じゃない」

「おじいちゃんが心配だからだよ。だから、その……本当の本当に無理をしないでね」


 なんか勘違いしてるけど、今後も高い高いをされちゃかなわないから、俺は割とガチ目に爺さんを止めた。

 それを爺さんはどこ吹く風だったから、俺は諦めてその話を打ち切って、メイド達の方を向いた。


 まだパジャマだったから、まずは着替えを手伝ってもらうことにした。


「――あれ?」

「どうしたんじゃマテオ?」

「服……なんかいつもとちょっと違う?」


 俺はそう言いながら、不思議そうにメイド達が持ってきた服を見た。


 村人(むかし)貴族の孫(いま)も、俺は服を選んだ事はない。


 昔は着れる物をきる、というザ・村人だった。服を選ぶというよりは、旅人が去っていった時期に街にいって、旅人が荷物を軽くするために古着屋に買い取ってもらった丈夫な古着を適当に買いに行く感じだ。

 それでも村では割といい方だった。


 転生して爺さんに拾われてからは、普通の貴族と同じように自分で服を選ぶことなく、用意された貴族っぽい服を着るだけの生活だった。

 特に俺はまだ子供だったから、子供が変に自分で選んで貴族の格式を下げちゃちょっとした問題になるから、基本は用意されたものだ。


 だから、メイド達が持ってくる着替えはいつも知らないものなんだが、それでも長年着ていると大雑把に「こういうもの」だっていう認識がもてる。

 だけど、今目の前にある服は、その認識から微妙にずれたものだった。


 なんというか、前衛的? というかなんというか。


「さすがマテオ、もう気づいたのじゃな」

「え? おじいちゃんが用意させたの?」

「うむ、わしが広めたものじゃ」

「そうなんだ……って、広めた?」


 一瞬納得しかけたが、爺さんの言葉に引っかかりを覚えて、聞き返した。


「うむ」

「どういうことなの?」

「ここ最近、小童がマテオにいろいろと与えているのじゃ」

「あー、うん、そうだね」


 爺さんがいう「小童」とは皇帝の事だ。

 昔から爺さんは皇帝の事を小童呼ばわりしてて、聞いてるこっちがいつもヒヤヒヤしてた記憶がある。


「それは別にかまわん、聡明怜悧にして才気煥発のマテオを可愛がろうとするのは問題ない、むしろ目が高いと褒めてやってもいいのじゃ」

「あはは……」


 俺は苦笑いして、相づちだけうった。

 めちゃくちゃな褒め言葉を持ち出してきたし、皇帝に対しても上から目線の爺さん。

 いつも通りと言えばいつも通りだが、深追いするのが怖い話の流れだった。


「しかし、わしはふと気づいたのじゃ」

「何を?」

「小童のやつ、結局の所マテオに『既製品』しか渡していないということじゃ」

「既製品……ああ、既にあるものってこと?」

「そうじゃ」


 爺さんは大きく、力強く頷いた。


「だからわしは一から作ろうとおもったのじゃ」

「一から?」

「うむ。国の各地から仕立屋をかき集めてな、マテオににあう服を開発させたのじゃ」

「各地から……仕立屋?」

「そうじゃ。名のある紡績ギルト全てから有名な者を引き抜いたのじゃよ」

「えーーー。……あれ、でもおじいちゃん」

「なんじゃ?」

「そういう有名な……えっと、職人さん? って、結構気難しくて、呼ばれたからって大人しくくるってイメージはないんだけど」

「ほう、さすがマテオ、よく分かっておるのう」


 爺さんはそういって、言葉そのままの感じで、俺の頭をなでなでした。

 これも恥ずかしいし、やっぱりメイド達は見て見ぬ振りするから止めてほしい。


「当然来ぬ者もいたが、そこはあれこれと手を尽くしたのじゃ」

「え? まさか強引な事をしたの?」

「そんな事はせんのじゃ」

「そっか」


 俺はホッとした――。


「マテオのために手を汚すのはいざという時で十分じゃ」

「え? おじいちゃんいまなんて?」


 なんか爺さんがさっきまでと違うテンションで何かをぼそぼそつぶやいたけど、小声だからよく聞き取れなかった。


「かかか、なんでもないのじゃ」


 爺さんははぐらかした。

 ……なんだろう、直感的にそれは深く突っ込まない方がいいと思った。


「えっと……じゃあどうしたの?」

「うむ、金で動く物は金で、お気に入りの娼婦がいるものには身請けの手伝い、年老いた母親を置いていけないという若者には使用人を十人つけてやったのじゃ」

「なんかすごい事をしてた!?」


 俺は本気で驚いた。

 しばらく会わない間に、爺さんは結構がっつり目にいろいろやってたっぽい。

 爺さんがかき集めてくれた本を山ほど読んできた感覚だと、爺さんがやったそれは本一冊分くらいの濃い内容になってるように聞こえる。


「そ、そこまでして僕の服を?」

「うむ、連中に色々作らせて、わしの公領内で流通をさせたのじゃ」

「え? 流通?」

「うむ、流通して、もっとも流行したものをマテオ服としたのじゃ」


 それがこれだ! って感じで爺さんはメイド達がもってる服を指し示した。


「……」

「かっかっか、小童も大聖女も、この発想はあるまい」


 爺さんは文字通りの高笑いをした。


 いや……そりゃ……ないって。

 そんな発想、イシュタルやヘカテーどころか、他の人間も持ってるかどうか怪しい。

 下手したら爺さんオンリーワンなんじゃないだろうか。


 爺さんが高笑いしていると、部屋の外から更に一人、爺さんの執事が部屋に入ってきた。

 よく知っている執事は俺に会釈をしてから、爺さんに耳打ちをした。


「少し待たせておくのじゃ、そっちは緊急性がない、今はマテオの新しい服を見るのが先決じゃ」

「おじいちゃん、なにかあったの?」

「うむ? うむ、天文担当の役人がのう、ちょっときになる報告をしてきたのじゃ」

「天文……たしか、農業にすごく大事なことだから、領主はみんな天気とか季節とか、昼と夜とかの長さを計算して、農民に知らせてる……んだよね」


 俺は記憶を探った。

 貴族になってからの記憶と言うよりも、むしろ村人時代の記憶を引っ張り出していた。

 農民をやっていれば自然とある程度の天気を感じたりできるようになるけど、それ以上に領主から得られる季節の情報が大事だった。

 ちなみにこれは公爵でも伯爵でも男爵でも、そして皇帝でも。

 領地を持っている領主の人間なら、規模の差はあれみんなやってる事だ。


 その記憶を引っ張り出して爺さんに確認した。


「おお、さすがマテオじゃ! その事もしっかり理解しているなんてのう、うむ、立派じゃ」

「えっと、それがどうかしたの?」

「うむ、その担当の役人がのう――」


 爺さんは一変して真顔になった。


「――日が空にある時間が、過去最長になっているというのじゃ」

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