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72.なんでもする

 海上すれすれを猛スピードで飛んでいくエヴァ。

 そのエヴァの背中に乗っているヘカテーがまわりをきょろきょろして、すこし不思議がって聞いてきた。


「速度を落としましたか」

「うん?」

「なんだか遅くなった様に感じます」


 遅くなった様に感じる?


 俺はヘカテーに倣って、まわりを一度ぐるっと見回した。


 陸の時とはちがって、前後左右と、見渡す限りの大海原。

 陸地がまったくなく、どこを見ても水平線しか見えない景色。


「ああ、僕も昔はそうだった」


 小さく頷いて、微笑みながらヘカテーに答える。


「あまりにもまわりの景色が変わり映えしないから、速度が遅く感じちゃうんだ」

「そうなのですか?」

「うん……エヴァ」

『なんだろうか偉大なる父マテオよ』

「方向は指示するから、雲の上くらいの高さまで飛んで」

『承知した』


 エヴァが応じた直後に、急な角度をつけて飛び上がった。

 瞬く間に、俺が指示した雲の上まで飛び上がった。


「どうかな」

「え?」

「速度は」

「あっ……」


 俺に聞かれて、まわりをぐるっと見回すヘカテー。


「また……遅くなりました?」

「違うよ、ずっと一緒だよ」


 俺の代わりにオノドリムが答えた。


 俺は小さく頷いた。

 俺が今海神ボディだから分かる(、、、、、、)のと同じように。


「オノドリムもそれわかるんだ。精霊だから?」

「たぶんね」

「どういう事でしょうか」

「この海神のボディ、それに大地の精霊であるオノドリム。人間よりも遙かに感覚が鋭敏なんだ」

「そうなのですね」

「僕はなんとなく、例えば今の速度を数字にできるよ。時速どれくらいだとか」

「あたしも」


 手をあげて、活発な感じで同調して来るオノドリム。

 それが出来るって事は、やっぱり海神ボディの状態と同じ感覚があるってことだろうな。


「だから分かる、エヴァの速度はまったくおちてないって」

「なるほど」

「ちなみに――エヴァ」

『うむ?』


 俺はエヴァに小声でささやいた。


「いける?」

『造作もないことだ』


 エヴァが気安く請け負った。

 俺は少しの間黙ることにした。


 ヘカテーはきょとんとした。


「あっ……」

「しぃ……」


 俺は唇に人差し指を当てる、古典的な仕草でオノドリムに黙ってくれと頼んだ。

 オノドリムは得心顔で頷いた。


 そのまま、全員が黙り込んで、約一分。


「あっ……」


 やっと気づいたのか、ヘカテーが声をあげた。


「もしかして……すこし速度が上がったのでしょうか」

「うん」

「――はい」


 ヘカテーは喜色をあらわに頷いた。


「でも、ちょっとだけ違うかな」

「何がでしょうか」

「実は今、速度はさっきの倍になってるんだ」

「えっ……」


 絶句するヘカテー。

 首がさび付いたドラの蝶番のように、ギギギ……って感じで横を向いてオノドリムをみた。


 オノドリムは小さくうなずいた。


「うん、ちょうど二倍だよね」

「ああ、さすがエヴァだな」

『造作も無いことだ』


 言葉はさらっとしているが、エヴァの口調は嬉しそうだった。

 よく見たら俺達を乗せていないところの鱗が波うっている。

 犬だったらしっぽがちぎれるくらいぶんぶん振っている――それくらいの喜びに見えた。


「そんなに……」

「景色が変わり映えしないからね、空の上は。倍くらいにあげてやっと変化に気づくんだ」

「そうだったのですね……さすが神」

「うん?」

「そういうものが数値でわかると、様々な場面で惑わされることも無くなるという事になるかと」

「ああ、うん。そうだね」


 人間の感覚って結構曖昧で、頼りにならないものだ。

 それよりもはっきりと数値にした方がいいということが多い。


 例えば――。


「この近さだからわかるけど、ヘカテーは今心拍数があがってるよね」

「え? あっ……」

「空に上がってからなんだけど、何かあったの?」

「その……どうやら……」


 ヘカテーはちらっと横――遙か下方にある海面をみた。

 一瞬だけ見て、すぐに目をそらした。


「高所が……すこし苦手なようです」

「そうなんだ。それはごめん」

「いえ! 神はなにも――」

「エヴァ、海面に戻って。速度も元に」

『承知した』


 エヴァが応じて、話の流れからヘカテーに気を配ってくれたのか、ゆっくりと滑るように下降した。


 高度を下げていくにつれ、ヘカテーの心拍数も落ち着いていく。


 ちなみにヘカテーの表情はずっと、あまり変わらないままだった。

 表情を自制心で取り繕いながらも、心拍数が落ち着いていき「ホッとした」ヘカテー。

 そんなヘカテーが可愛らしくて、ちょっとクスッとしたのだった。


     ☆


 海から陸に上がると、オノドリムの方の案内が復活した。

 逆に「海神」である俺の案内が消えたから、オノドリムの案内通りにエヴァを飛ばせた。


 陸にあがってから三十分ほどで、小さな山にはいった。


 光が山道無視で一直線に伸びていったが、こっちもエヴァにのってて山道無視で空からはいった。


 そして、一軒の山小屋が見えた。

 光はまっすぐ中に入っていた。


「ここにいらっしゃるのですね」

「うん、間違いないよ」


 オノドリムが快活に断言した。


「よし……ありがとうエヴァ、エヴァはこのまま待ってて」

『承知した』

「ぼくたちは先生のところに」

「はい」

「わかった」


 ヘカテー、オノドリムの二人と一緒にエヴァの背中から降りて、目的地の山小屋に向かっていく。

 そして――俺がドアにノックした。


 ノックしてしばらくすると、ドアがガチャ、と音を立ててあいた。


 出てきたのは大人の女性だった。

 眼鏡をかけていて、山小屋なのにもかかわらず、予想よりも遙かに綺麗な格好をしている――けど。


 何故か彼女は、パジャマを着ていた。


「だれ?」


 彼女は警戒心強めの目と口調で聞いてきた。


「失礼、ダガー・ルシファー・ダガー先生でいらっしゃいますか」


 横からすっとでてきて、女性に問うヘカテー。


「そうだけど、なに、誰か病気?」


 ダガーは素っ気なくきいてきた。


「はい、アテナイ病にかかった人がいます。どうか先生に来ていただきたいと」

「アテナイ? そんなの乳のませとけばそのうち目を覚ますから」

「発病したのが成人の男性なのです」

「へえ」


 ダガーの眉がびくっと跳ねた。


「そりゃ面白い。話をきかせなよ」


 どうやら少し興味をもってくれたようだ。

 中に入れてくれる様子はなくて、玄関先の話になるようだが、話は聞いてくれるようだから、俺はそのまま話した。


 まだ皇帝だと明かすのはどうか――ということだから、病人の身分を伏せて、状況だけを説明した。


「ふーん、おもしろいじゃん。なに、ずっと山の中で暮らしてたわけ?」

「どういうことなの?」

「アテナイは伝染病だから。大人になるまで感染しないのは山の中で一人暮らししてたくらいしか想像つかない」

「なるほど」


 俺は小さく頷いた。

 皇帝――イシュタルの男体化をしらない医者はそういう推測をするんだな。


 俺は少し考えて、イシュタルの状況を頭のなかで整理したあと。


「そうだね、ここ最近人と接するようになったばかりだね」


 と、「あくまで嘘ではない」という答え方をした。


「ふーん。まあでもそれなら――あっ」

「どうしたの?」

「ちょっとまって」


 ダガーはいきなり何かに気づいたかのような表情で、俺達をおいて山小屋の中にもどった。


 ドアがパタンと閉められた。


「しまっちゃった……」

「……なんたる無礼」


 唖然とするオノドリムと、不機嫌なのを隠そうともしないヘカテー。

 ヘカテーからすれば俺は「神」で、自分は使徒である信徒だ。

 そんな俺にいわば無礼な振る舞いをしたダガーに怒りが急激にわき上がってきた様子。


「何かあるんだよ。待とう」

「神がそうおっしゃるのなら……」


 言葉通り、俺が言うのならと渋々引き下がるヘカテー。

 俺達はしばらくその場で待ったが――三十分たってもダガーは戻ってこなかった。


「……」


 最初は俺にたしなめられて引き下がったヘカテーだったが、あまりにもダガーが戻ってこないものだから、表情にはっきりと怒りが蓄積されていった。


「どうしたんだろうね」

「なにかあったのかな」

「うーん……あっ」


 小首を傾げつつ、山小屋をじっと見つめたオノドリムが、急に何かに気づいたようすで声をあげた。


「どうしたの?」

「これ……さっきの子寝てるよ」

「え?」

「……なにぃ?」


 ヘカテーの表情が一変した。

 ブチ切れる寸前の表情になった。


「それは本当なの?」

「うん、間違いないよ」

「……」


 ヘカテーは数歩進んで、ドアをそっとおした。

 ドアを開けて、中にはいった。


 俺は少し迷ったが、ヘカテーの後を追いかけて中に入った。


 すると――いた。


 簡単な作りの山小屋とは裏腹に、しっかりとした作りのベッドがあった。

 そのベッドの上でダガーが静かに寝息を立てていた。


「神になんたる無礼……たたき起こしてやる」


 おそらく、出会ってからで一番ブチ切れているヘカテー。

 視線だけで人が殺せそうな、それくらいの目をしていた。


「……待ってヘカテー」

「止めないで下さい神。このようなものには――」

「ううん、起こさないであげて」


 俺は強めにいった。

 ヘカテーの目を見つめながらいった。


 ブチ切れているヘカテーだが、当事者であり自分が信奉する「神」である俺に強く止められたから、少しだけ落ち着いて、ダガーじゃなくて俺を見つめてきた。


「なぜでしょうか」

「様子がちょっと違う」

「様子が?」


 俺は頷き、ダガーを改めて観察した。


「この寝方は普通じゃないよ」

「……いたって普通に熟睡しているようですが。寝間着に着替えて、完璧にベッドメイクしたベッドで、ちゃんとした姿勢で寝ています」

「うん、そう。普通に熟睡。でもさ、直前まで普通にお客さんと話してたのに、こんなちゃんと寝るものなの?」

「それは……」


 ヘカテーはちらっとダガーをみた。

 また一段階、怒りのボルテージが下がった。


 俺が言う「普通じゃない」のが伝わったようだ。


「……たしかに、普通はこうはならないかもしれません」

「すごく安らかに寝てるよね」

「そうなのかオノドリム」

「うん。あたしいろんな人が寝てるのを見てるけどさ、今のこの子すっごくすやすやねてる。起きたらめちゃくちゃ疲れが取れた! って実感するヤツ」

「……そっか」


 それほど深い眠りに入ってるって事か。


「待とう」


 少し考えたあと、俺は方針を示した。


「……神がそうおっしゃるのなら」


 と、ヘカテーは渋々ながらも受け入れてくれたのだった。


     ☆


 そのまま室内で待つこと一時間。

 ダガーはゆっくりと目を開けて、ベッドの上で上体を起こして、伸びをした。


「ふむ、やはり口を塞がないと少し質がさがるようだ」


 起き抜けに何かぶつぶついうダガー。

 そんなダガーに、ヘカテーが早速。


「ぐっすりとお眠りだったようで」


 と、皮肉たっぷりの言葉を投げつけた。


「うん? ああ、まだいたのかお前達」

「――っ!」

「ヘカテー」

「……はい」


 切れかけたヘカテーを止める。

 このままだとどこかで本当にブチ切れそうだから、さっさと話を進めることにした。


「今のは何をしてたの?」

「うん? ただ寝てただけだが?」

「ただ寝てただけじゃないと思うんだけど……」

「……」


 ダガーはしばらく俺を見つめたあと。


「少年よ、一つお前に聞こう」

「なに?」

「人間が健康を維持していく上で、一番大事な物はなんだと思う?」

「健康を維持する上で? ……なんだろう」

「睡眠だよ」


 ダガーは即答えた。

 俺に一つ聞く――と言った割りには即行で自分から答え合わせをしてきた。


「睡眠?」

「そう、睡眠だ。睡眠の質というものはな、短期的にはその日のパフォーマンスに影響し、長期的には寿命に大きく関わる」

「そうなの?」

「そうだ。それに気づいた私は睡眠の質を上げるための研究をしている」

「睡眠の質」

「睡眠に必要不可欠なベッドや布団、枕はもちろん、寝ている時に着る寝間着の素材や寝るときの格好、果てはその時の気温や湿気などを含めて、様々な要因を考慮にいれて研究をしている」

「だからさっきあんなにぐっすり寝てたんだ」

「うむ。今は長期間の睡眠よりも短く分けた睡眠だとどうなるのかを調べていてな。さっきはその時間がきたから寝たのだ」

「そっか。すごい事をしてるね」

「とうぜんだ。これがまとまれば人間どもの寿命が大幅に伸びること間違いなしだぞ」


 ダガーは自慢げにいった。

 途中まで、なんでこの人こんなことをしてるんだろうって思っていたけど、寿命を延ばすための研究――と聞けばああやっぱり医者なんだって納得した。


「その研究でいつ終わるの?」

「さあな」


 ダガーは肩をすくめた。


「ある程度の目星はついたが、それをはっきりとした形にするまでに何年かはかかるだろうな」

「何年も!?」


 俺はちょっと驚いた。

 背後でヘカテーの気配が更に揺れた。


 俺は彼女に背中を向けたまま手を振って、落ち着くように指示した。


「どうにか早く完成出来たりしないの?」


 説得するより、彼女の研究に手伝って、早く終わらせたり恩を売ったりした方がいいと判断し、そう申し出た。


「無理だな。次の段階の壁をどう乗り越えるのかが問題だ」

「次の段階って?」

「寝てるときの心拍数をはかるのだ。何をどうしたら心臓が休まるのかをはっきりとさせたいのだ」

「……それを手伝ったら、僕の知りあいの病気をなおしに来てくれる?」

「なに?」

「はっきりと数字に出す方法、しってるよ」

「本当か!」


 ダガーは俺に詰め寄った。

 肩をつかんで、目を見開いて詰め寄ってきた。


「うん……だよねオノドリム」

「うん、簡単だよ」


 水を向けると、オノドリムは屈託なく頷いた。

 一方で、ダガーはものすごく真剣な顔になって。


「もし本当にできるのなら……代わりになんでもしてやろう」


 と、言い切ったのだった。


「面白い!」

「続きが気になる!」


と思ったら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、素直に感じた気持ちでまったく構いません!

何卒よろしくお願いいたします。

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[良い点] 面白いよ。もう爆作だよ。傑作。最高。良い点は人物像や景色が流れるように見える。ついでに表情もよく見える。1日でここまで読み切ってしまった。。。足りない足りないよぉ!凄い良いと思います。頑張…
[良い点] 久しぶりに面白い作品に出会えた。 [気になる点] 特に無し [一言] 完結まで更新して欲しい。
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