07.溺愛宣言
次の日、書庫でエヴァと一緒に本を読んでいた。
俺はいつも通り本を読んでて、普段のちび姿のエヴァも、わかるんだか、わからないんだかな感じで本を開いて読んでいた。
俺が今読んでいるのは、レッドドラゴンの事を記した本だ。
もはや伝説上の生き物となったレッドドラゴン。それについて書かれた書物を探したら書庫に一冊だけあった。
それは伝説のレッドドラゴン、エヴァンジェリンの生涯を記した伝記風小説だった。
無いよりはと読んでみるが、後半の人生が人類の救世主になっているせいか、この本は終始エヴァンジェリンを「凄い」「さすが」って褒め称えるだけの本だった。
「面白いけどさ」
エヴァンジェリン――主人公が褒め称えられて、色々上手く行くのは挫折するのを見てるよりは楽しいからそれでいいんだけど、肝心のレッドドラゴンの生態や能力、特性などについては一ミリも情報が増えなかった。
「みゅ?」
俺の呟きに反応して、こっちのエヴァが顔を上げて見てきた。
「レッドドラゴンが書かれた本が見つかるといいな、って思っただけだ」
そう言って、エヴァの頭を撫でる。
撫でると、体全体を押しつけてきて、それで嬉しさを表現する。
それで俺もまた嬉しくなって、より撫でる。
まだ出会ってから一日も経っていないのに、すっかりエヴァを撫でることに慣れてきた。
もう今日は本を読むのなんてやめて、エヴァを連れてどこか遊びに行こっか。
なんて、そんな事を思い始めていると。
「おー、此処に居たのかマテオよ」
「おじい様?」
声とトーンで分かった、じいさんがまた来たのだ。
声の方――ドアの方を向くと、じいさんと一緒に別のじいさんが現われた。
「その人は誰?」
「ほれ、いつも話しているルースじゃ」
「ウォルフ侯爵!?」
俺は驚き、パッと立ち上がって、慌てて一礼した。
今まで会った人の中で一番偉い人だ。
……いや、じいさんの方が公爵で侯爵よりは偉い人なんだが、いかんせんじいさんは孫の俺を溺愛してて、親馬鹿ならぬ爺馬鹿状態だから全然偉い人って感じがしない。
だから、ウォルフ侯爵は――前の俺の人生も含めた中で会ったことのある一番偉い人って感覚だ。
「ほう、なかなかに礼儀正しい。それに賢そうな子じゃないか」
「むろんじゃ、わしの孫なのじゃからな。賢いのは当然。世界一賢い子じゃ」
「何を言う、世界一賢いのはわしの孫娘じゃ」
「はあ? 寝言も休み休み言え、お前の孫娘が可愛いのは百歩譲って認めてやってもいいが、マテオ以上に賢いというのはありえん」
「お前こそとうとうボケたか。リン以上に賢い子なぞこの世に存在せん」
「なにを?」
「やるか?」
老人二人、おでこがくっつけ合うほどの勢いで、至近距離から睨み合って、バチバチと火花を散らしていた。
二人とも自分の孫の自慢をしてて、俺はまるでじいさんが二人になったような錯覚を受けた。
ウォルフ侯爵の事はよく知らないけど、なんとなくじいさんに勝ち目はないようなきがした。
孫と孫娘。
そこだけを切り出すと、孫娘の方が可愛いだろうなと俺は思ってしまう。
いやまあ、それだけの話なんだが。
「よし、今度リンも連れてくる。どっちが賢いか、実際にその場で白黒つけようではないか」
「望むところじゃ」
バチバチと飛び散った火花は、やっかいな形で先送りになった。
それって……今度俺とそのリンって子と直接会って、何か競い合うってことか?
それはちょっと、いやかなり嫌だ。
二人の老人の話を聞くとリンと俺は同年代っぽいが、俺は実際のところ中身はいい大人だ。
幼い子供と張り合うなんて、例え見た目が同じで問題なくても俺自身やりたくない。
が、じいさんの事はよく知っている。ウォルフ侯爵の話もよく聞かされてて、今実際に目の当たりにしてる。
実際に何かやらないとだめなんだろうなあ……とちょっとだけため息をついた。
「それよりも……あれが件の竜か」
話題が急に変わって、ウォルフ侯爵は俺の傍に居るエヴァを見た。
じろり、と見られたエヴァはビクッとして、俺の背中に隠れてしまう。
それを意にも介さず、ウォルフ侯爵は続ける。
「まるで子犬のようではないか。本当にそうなのか?」
「まことじゃ。すまぬなマテオよ、この分からず屋に証拠を見せてやってくれんか」
「証拠……うん、レッドドラゴンだって分かればいいんだよね」
「そうじゃ」
「だったら庭に出ましょう、此処じゃ狭すぎるから」
「そうじゃな。よいな」
「うむ」
ウォルフ侯爵は頷き、俺達三人と一体は連れだって書庫を出て、屋敷の庭に出た。
老人二人が先導して、俺がその後ろについていき、エヴァがとことこと俺の横を歩く。
庭の開けた所に出た後、ウォルフ侯爵が聞いてきた。
「で、何をどうするんだ?」
「そのまま見ておれぃ。マテオよ」
「うん! わかった!」
俺は大きく頷き、しゃがんでエヴァに手を触れた。
「いくよ」
「みゅ!」
そのまま成長の魔力をエヴァに注ぎ込む。
これで三回目、体がすっかり覚えたやり方で魔力を注いだ。
時間にして一秒足らず。
魔力の光が溢れ出して、エヴァを包み込んだ。
そして――成長。
ちびが、レッドドラゴンに変身した。
「なっ!」
それを見たウォルフ侯爵が驚愕した。
「こ、これは……」
「どうじゃ?」
「まさに……レッドドラゴン……どういう事なのじゃ」
疑問に思うウォルフ侯爵に、じいさんが昨日の事を説明した。
レッドドラゴンの卵を横取りしたと言う話はどうやら既に知っていて、そこから話が始まった。俺にプレゼントしたら、俺の魔力で成長が促進されて孵化したと話した。
「馬鹿な、聞いたこともないぞそんな話」
「当然じゃ。マテオがやる事じゃ、前代未聞で結構」
「むむむ……」
唸るウォルフ侯爵。
いやむむむじゃないだろそこは。
なんで「前代未聞」な話をそんなにあっさり受け入れてるんだ?
「ぐるるるる……」
振り向くと、頭上でエヴァが低い唸り声を漏らして、ウォルフ侯爵をぎろりと見つめていた。
……ああ、この目とこの巨体。
実際に目の当たりにすると、そりゃ納得もするか。
「ほ、他に」
「なんじゃ?」
「他にも何かできないのか?」
「ふむ。どうなのじゃマテオ」
「他に……ねえエヴァ、何かできる?」
俺はそのままエヴァに話を丸投げした。
今朝から書庫で調べたが、レッドドラゴンに関する本は小説一冊のみだ。
レッドドラゴンに関する知識を満足に得られなかったから、本人に投げるのが一番だと思った。
すると、エヴァは小さく頷いた。
くるりと振り向いて、誰も居ない方角を向く。
そして翼を羽ばたいて、数メートル飛び上がった――その直後。
口から炎を吐いた。
渦巻く炎が斜め下に飛び、庭の地面を焼いた。
直前までそこは手入れの行き届いた庭の綺麗な芝生があったのに、今はボコボコと気泡を吹く真っ赤な溶岩に変わっていた。
まるで地獄絵図だ、と呟きたくなるほどの衝撃的な光景である。
「ば、馬鹿な」
「レッドドラゴンであればこれくらい当然じゃろう」
「違うわ! レッドドラゴンがこうも人間に従順なのが信じられんのだ!」
「くははは、驚いたか」
じいさんはご満悦だった。
「それもマテオなればこそじゃ」
「むむむ……」
いやだからむむむじゃなくて……。
なんでそこを納得風に悔しがるんだろうな。
ウォルフがそうやって悔しがっているうちに、エヴァが元のちびの姿に戻った。
昨夜から色々試した結果、どうやらエヴァの「変身」時間の長さは使った力に比例して短くなるらしい。
元の姿に戻って、ただ居るだけとか、移動するだけならそんなに力を使わないから長く維持できるのだが、今のように炎を吐くとすぐに力を使い果たしてしまうようだ。
俺はちびに戻ったエヴァを褒めるように撫でてやりながら、驚愕したままのウォルフ侯爵に言う。
「僕が凄いんじゃないよ。運良くエヴァの親みたいなのになっちゃっただけだから」
「むむむ……」
いや、なんでそこでむむむ? ――と思ったらすぐに理由がわかった。
「ほれみい、マテオは力を持っても増長はしておらん。お前の孫娘にこれができるか?」
「……」
悔しそうに顔を歪めるウォルフ侯爵。
ああ、むむむってそういう理由で。
じいさんとウォルフ侯爵は本人が腐れ縁というほど性格とか価値観が近いらしくて、じいさんの指摘をウォルフ侯爵は本気で悔しがった。
「ま、まだだ。勝負は本人同士が実際に会ってみなきゃ分からん」
「ふっ、そこまで言うのならそれでもよいのじゃ」
「むむむ……」
そしてまたむむむ。
ウォルフ侯爵のその反応はもはや「負け惜しみ」の域に突入しちゃってて。
何も知らない人が見れば、侯爵が完敗している、というしかない位の負け惜しみだった。
「どうやってもマテオの方が優秀なのは確定しておるがのう」
じいさんはじいさんで勝ち誇っている。
それをされたウォルフ侯爵は「ぐぬぬ……」ってなっている。
いやあ……この二人。
本当に仲が良いな、と俺はしみじみと思った。
「リ、リンはそれだけじゃない。いくら溺愛しても甘やかしも増長しないのが凄いぞ!」
「そんなのマテオも一緒じゃ」
「なら……勝負だ」
「よかろう、勝負じゃ。孫を溺愛し、より増長しなかった方が勝ちじゃな」
「おう!」
「そうと決まれば準備じゃ」
「負けんぞ」
二人は意気込んで部屋から出て行った。
孫達――俺をますます溺愛すると宣言して。
……え?
これ以上、溺愛するっていうの?
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