06.名前をつけて、力をつける
「ルースに自慢して悔しがらせないとな」
と言い残して、じいさんは上機嫌に帰って行った。
ちびを孵して、さらに巨大化までさせて――という。
前代未聞の事をやってのけた俺の事は、今までで一番腐れ縁の悪友に自慢できるネタだって言う。
それをウキウキしながら自慢しに行くのを見て、目上の年長者だが――正直可愛いと思った。
なんて、部屋の中で俺がそんな事を思っていると。
「みゅ?」
傍で寝そべっているちびが顔を上げて、首をかしげて見つめてきた。
「なんでもない。そうだ、お前に名前をつけてあげないとな。いつまでもちびとか、レッドドラゴンって訳にもいかないだろ」
「――っ! みゅみゅ、みゅみゅみゅー!」
ちびは飛び上がって、今までで一番嬉しそうにじゃれついてきた。
もはや「狂喜乱舞」と言っていいくらいの喜びようだ。
嬉しくなってもらえるとこっちもなんとなく嬉しくなってくるもので、それで撫でたり、顎の下をこしょこしょしてやったりすると、ちびはさらに嬉しくなってじゃれついてくる――嬉しいの無限機関みたいな感じになった。
十分くらいかけてようやく徐々に収まって、二人とも落ち着いていった。
「さて、どんな名前がいいかな。何かこう、つけてもらいたいものとかある?」
「みゅ!」
「つけてもらえるものなら何でもいい、か?」
「みゅ!!」
なんとなく、ちびが言いたいことが分かった。
音としては相変わらず「みゅっ!」とか「みゅみゅっ!」なんだが、何となく分かる。
言葉としてじゃなく、感情として伝わってきて、それが「こういうことなんだろうな」と頭が理解して、俺自身が分かる言葉に変換されている。
「だったら……というか、まずは確認だな。お前は男の子、それとも女の子?」
「みゅっ!」
「女の子か、だったら――」
俺は考えた。
マテオになってから書斎で読みふけった本の中から、関連していそうな知識をとにかく片っ端から引っ張り出した。
「……エヴァンジェリン、で、どうかな」
「みゅ?」
「史上最強のレッドドラゴン。千年生きて、前半は邪竜王として君臨したけど、後半の人生は人類の守護者として崇められた竜の名前だ。今でも『神竜様』という単語は彼女を差すくらいだ」
「みゅ!」
ちび――エヴァは飛びついてきて、顔をペロペロしてきた。
わかりやすく喜んでくれた。
この瞬間から、ちびの名前はエヴァンジェリン――愛称はエヴァで決まった。
ふと、エヴァは俺の腕の中から飛び降りた。
そのままてくてくとした愛嬌のある足取りで窓際に向かって行って、窓枠の上によじ登ろうとし始めた。
登ろうとしてうまく上れない姿が愛くるしかった。
何をするんだ? と思いつつも俺も立ち上がって窓際まで来て、エヴァを抱き上げて窓枠に置いてあげた。
すると今度は窓を開けようとし始めた。
「何かしたいのか?」
「みゅっ!」
「窓を開けて大きくしてくれ? ……なんだか分からないけど、分かった」
何かがしたいんだろう。
よくは分からないけど、これだけで純粋な好意を向けてくれているんだ、変な事にはならないだろう。
俺はそう思って、まずは窓を開けて、その後エヴァを抱っこした状態で窓の外に出してあげた。
抱っこしたままの手で、さっきと同じように成長するように魔力を注いであげた。
すると、窓の外でエヴァが大きくなった。
本来のレッドドラゴン、成長しきった凜々しい姿になった。
巨大になったエヴァは、窓の高さよりちょっと大きくなった。
それが頭を下げて、窓の高さに合わせてきた。
目と目が合った。
すると、更に頭を下げてきた。
頭頂部を窓枠とほとんど同じ高さにした。
「……乗れ、ってことか?」
エヴァの頭頂部――巨大過ぎて軽く「床」に見える頭を僅かに上下させた。
頷いたんだろうか。
「よし」
俺は窓枠に足をかけて、身を乗り出してエヴァの頭に乗った。
瞬間――体が下に引っ張られる感じがして、景色が急速に下に流れていった。
次の瞬間、俺は空の上に居た。
パッサパッサと、エヴァの翼が羽ばたく音が聞こえる。
俺はエヴァに乗って――いやエヴァが俺を乗せて大空を羽ばたいていた。
「おー、凄いな」
エヴァは飛び出した。
レッドドラゴンはその巨体に見合うほどの速度で、あっという間に街から飛び出した。
「凄い、馬よりもずっと速いな」
「グルルル……」
遠雷の様な唸り声、レッドドラゴン・エヴァンジェリンの声だ。
その声も、やっぱり内容が分かるものだった。
「なになに、『名前をつけてもらったから力が湧いてきた』?」
「グルルル……」
そういうものなのか――と首をかしげかけた瞬間思い出した。
結構古い本で読んだ内容で、「名付けというのはもっとも古くて、もっとも簡単な呪術である」と。
人間でも親の思いが子にのるし、人間以外の超生物はもっとストレートに力になる。
つまり俺が名前をつけたから、より力がついたとエヴァは言っている。
本当にそうならつけて良かったと思う。
俺は改めて周りを見渡した。
空を飛ぶのはもの凄く気持ちが良かった。
空から見下ろす景色もまた、もの凄く感動的なものだ。
貴族の孫になってたくさんの本を読んできたが、人間が空を飛ぶ方法はどんな本にも書かれてなかった。
こんな景色を見ることができたのは、この世で俺だけだ――と思うとますます気持ち良かった。
「ありがとうな、エヴァ」
俺の感謝の言葉に、エヴァは低い唸り声――しかしはっきりと喜びの声に聞こえる唸り声で答えてくれたのだった。
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