50.奇跡の結末
「なあ、あれはレッドドラゴンじゃないのか?」
俺にひれ伏していない、帝国正規軍からそんな声があがった。
「神」に少し遅れて、気づかれる「レッドドラゴン」。
さっきのに比べて控えめだが、それも同じように水を打ったかのように広がっていく。
「本当だ、レッドドラゴンだ」
「神がレッドドラゴンを従えているのか」
「だとしたらやっぱり本物?」
違うベクトルで、兵士達は俺を神だと信じていく。
「そういう事もあるんだな」
『人間って自分が分かることしか分からないし、信じたいことしか信じないからねパパ』
俺にだけ聞こえる程度の小声でエヴァが言った。
「そういうものなんだね」
『そういうものだよー』
さて、ここからどうするか。
戦いは治まった。
このまま帰っても――おそらくは大丈夫だろう。
でも、念の為にもう一押ししときたい。
このままだと、何かのきっかけで戦いが再開するかもしれない。
どうしたもんかな……。
『ダメ押ししときたいの? パパ』
「うん、このままだとちょっと不安だからね」
『だったらあたしに任せて』
「何かいい方法があるの?」
『もちろん。こういう民衆相手はお手の物だよ』
俺を背中に乗せたまま、首だけ振り向いて、ウインクしてくる。
威厳たっぷりの巨大なレッドドラゴンの姿で、そうやってウインクしてくるのは諧謔味たっぷりでおかしかった。
見た目はおかしかったが、エヴァは自信満々だ。
それなら――。
「じゃあ、お願いしてもいいかな」
『任せてよ! パパの声を借りるね』
「僕の声?」
『うん』
なんだかよく分からないが、俺は「分かったお願い」といった。
エヴァは前を向き直って、地上に視線を向けた。
すぅ(というかサイズ的にゴォォォォ)と息を吸い込んだ。
そして、口を動かさないまま、声をだす。
『人間よ、愛する我が子らよ』
「「「――っっ!!」」」
民衆と正規軍、両方から息を飲む音の大合唱が聞こえてくる。
エヴァが出したのは、遠雷のように響いて、威厳を感じさせる声。
そして――俺の物に聞こえる声だった。
俺の声に威厳を上乗せして、エヴァの口調で語られる。
『我が子同士で、なぜ争いあう』
そういった直後、両陣営が静まりかえった。
どっちも――特にルイザン教側の信徒が複雑な顔をした。
「そういえば……そうなんだよな」
「なんで争ってるんだ?」
「なんでもいいんだよ、神様が嘆くのならやる意味はねえ!」
「そうだそうだ!」
「これ以上は意味ねえ!」
「ってか最初から意味ねえぇ!!」
声と、勢い。
それは坂道を転がり出した雪玉のように、うねりをあげて大きくなっていった。
信徒側がそんな声をあげると、正規軍側は目に見えてほっとしだした。
誰の目にもはっきりと分かる、戦いは回避されたも同然だ。
しかし――。
「みんな騙されるな!」
その流れに抗うものがいた。
ルイザン教側から上がった声は、他の信徒とは違って、立派な法衣を纏った初老の男だ。
そのまわりに何人か似たような格好の男がいて、全員が見るからにこの流れに反対しているって感じだ。
『あれが扇動者、首謀者だね』
「そっか、なるほど」
エヴァの言葉に俺は頷いた。
扇動した人間なら、この流れは不本意だと思うのは当然だな。
その男は更に言った。
「あんなのに騙されるな! あれは偽物だ! 邪神の類だ!」
むむむ。
これはまずいかも。
偽物と言われると、俺に反論のしようが無い。
なぜなら、本当に偽物だからだ。
俺はただの人間。
良くて海神の肉体を動かせる人間だ。
今この瞬間も、扇動者の言うとおり神の偽物に過ぎない。
だから反論のしようが無い。
これはまずい、流れ変わっちゃうか?
『大丈夫だと思うよパパ』
「そうなの?」
『うん――ほら』
エヴァに促されて、地上を再び見た。
すると――。
「何を言ってるんだ! 俺の弟を生き返らせてくれたんだぞ! そんなの神様以外誰ができる!」
「うっ!」
「邪神なんかいないっていつも司祭様言ってるじゃないか。例え邪神に見えてもそれは神が試練を与えるために姿を変えたものだって」
「ううっ!!」
「そもそも人間同士で争うなっていう神様の慈悲をなんで否定するんだよ!」
「うぬぬぬぬ……」
ルイザン教側の高位な神職者が、次々と一般信徒に論破されていく。
『ほらね』
「そうみたいだね。そっか……そうだったよねルイザンの教えって」
前にニコから聞かされたルイザン教の教えを思い出した。
神は唯一にして絶対。
例え邪神であっても、それは神が化けた姿でなんらかの意味がある。
その教義が、一般信徒レベルまで浸透してるみたいだ。
盛大にブーメランが突き刺さった高位神官たちは、なすすべもなく追い込まれ、発言力がほぼゼロに等しくなるくらい低下していた。
☆
「レイズデッド・コンティジョン」
三日目の戦場、三つ目の戦場。
俺は今までと同じように、エヴァで駆けつけてから。
その後止まった戦闘に、更に「神の言葉」を打ち込んでから、エヴァを駆って立ち去った。
レイズデッドは一日一回しか使えない。
だから帝国空軍に情報を集めさせて、戦闘が始まる順番を予想させて、一日に一カ所それを回った。
そうして止めた後、海の離宮に戻ってきて、庭で待つ皇帝の前に降り立った。
着地するなりちびドラゴンの姿に戻るエヴァとともに、皇帝と向き合う。
「ただいま、陛下」
「おお、戻ったか。首尾はどうだ」
「うん、今日も止めた」
「そうだろう、そうだろう。うむ、余は信じていたよ。さすがマテオだ」
俺から「成功」の報告を受けて、皇帝はますます上機嫌になった。
「そもそも失敗のしようが無いのだ、それをマテオがやるのだから万に一つも失敗する事はありえん」
「そうなの?」
「『命の恩人』というのは最大級の恩義だ。それに勝るものは存在しない。命の恩人がじつは我々が信仰をささげる神だった。信徒はますます信心を深め、神であるマテオの言葉に耳を傾けるだろう」
「そっか、それもそうだね」
皇帝にそう言われて、俺は納得した。
命の恩人と神のダブルコンボ……うん、確かにそれは強い。
「次、というか明日はどこかな」
「うむ、それなんだが――もう大丈夫だと思う」
「え? どうして?」
「マテオがでた後に次々と空軍の亜竜隊の知らせが戻ってきててな。神が実際に降臨した、というのが各地で広まっているらしい。なぜ争う? と嘆いているのも含めてな」
「広まってるんだ」
「それでどこも動きが鈍くなっている。こっちからしかけない限りはもう戦闘が起こらないだろう、という判断が各所から上がってきた」
「すんなりと止まったね」
「もともと神が降臨するから、という理由で始まった乱だ。神が実際に降臨した、といえば受け入れるものだろうさ」
「なるほど」
「……マテオよ」
皇帝はまわりを一度見回した。
まわりに人がいないのを確認して、それでも小声で言った。
「本音をいうとな、余はほっとしている」
そんな弱音を吐く皇帝は、何故かか弱い少女に見えた。
「あのまま行けば、数百万人規模の乱、そして数十万人規模の死傷者が出ただろう」
「そんなに!?」
「ルイザン教とはそういうものだ。神の御旗の下に、奴らはどこまでも突き進む」
「……そうなんだ」
今更ながら、俺はぞっとした。
数百万人規模の乱で……数十万人規模の死傷者……。
その数字に戦慄した。
「それが、マテオのおかげで、おそらくは数百人程度に収まるだろう」
「うん」
「助かったよ……マテオ」
皇帝は今までで一番。
真剣な目で、俺を見つめたのだった。
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