04.ドラゴンの親
「お前何者――って、卵が割れてる!」
小さな生き物の正体を考えるよりも先に、直前まで目の前にあったレッドドラゴンの卵が割れていることに気づいた。
結構な大きさだから、割れてしまうとすぐに目に入ってくる。
割れた卵の殻、中は空っぽだった。
代わりに、小さな生き物が現われた。
普通に考えると、卵の中から出てきたのは間違いない。
ということは……こいつがレッドドラゴンの子供?
小さな生き物は俺にじゃれついたままだ。
まるで子犬の様にじゃれついてきて、つぶらな瞳のまま見つめて、顔をペロペロなめてきた。
「ああ、なるほど。俺を親だと思ってるんだな」
「みゅー!」
小さな生き物――ちびのレッドドラゴンは俺の言葉に反応した。
言葉ももう分かってるのかな、もしかして。
「俺の言ってることがわかるのか?」
「みゅ!」
「じゃあそのまま寝そべってみて」
「みゅみゅ!」
ちびドラゴンは俺に言われたとおり、腹の上に丸まってねっころんだ。
やっぱり、言葉は分かるんだな。
俺はさほど驚かなかった。
というのも、生まれた直後でも人間の言葉を理解できる存在を知っているからだ。
俺自身のことだ。
俺がそうなんだから、他にもそれが出来る存在がいてもおかしくはない――って事ですぐに納得した。
丸まってるちびドラゴンの頭を撫でた。
すると向こうは「もっともっと」と言わんばかりに頭を押し当ててきた。
可愛いなと思って、もっともっと撫でてやった。
そうやって、俺とちびドラゴンの、ある種の二人っきりの世界をつくってしまったがために、気づくのがちょっと遅れてしまった。
「どういう事じゃ……?」
じいさんと、衛士達が。
皆、驚愕した顔で俺を見つめていたのだった。
☆
ちびが孵ってからしばらくたったあと、じいさんが急遽呼びつけた魔法使いが、庭に置いたままのレッドドラゴンの卵の殻を検分していた。
中年の男で、装飾がたっぷりとついている法衣をまとった魔法使いだ。
その検分を、俺とじいさんが見守っていた。
ちなみにちびは俺の足元で丸まって寝ている。
魔法使いの彼は卵を眺め、手に取ったり魔法にかけたりして、色々しらべた。
しばらくして、まるで苦虫をかみつぶした様な顔で、俺とじいさんの方をむいた。
「どうじゃ?」
「信じられませんが、考えられる可能性は一つ」
「なんじゃ」
「マテオ様の魔力で、卵の孵化を早めた……としか」
「卵の孵化を早めた? そんな事ができるのか?」
じいさんは驚き、魔法使いに聞き返した。
「通常ではあり得ません、信じられない事です。しかし……状況証拠からはそうだとしか判断できません」
魔法使いはますます苦い顔になった。
なるほど、だからそういう顔になってるのか。
そりゃ……自分の常識を覆すような出来事に出会ったらそういう顔にもなるか。
「なるほど。通常ではあり得んというのはどういう意味じゃ?」
「マテオ様が、ものすごく強大な魔力を持っていなければ不可能、と」
「ものすごく強大な魔力じゃと?」
「はい……それこそ、帝国屈指の魔力量がなければ……」
男の口が重かった。
なるほど、そういう判断になるんなら、そりゃ信じられないよな。
というか、俺も信じられない。
自分にそんな強い魔力があるって言われてもなあ。
「他に可能性はないの?」
俺は男に聞いたが、男は苦い顔のまま、しかし静かに首を横に振った。
「ありません」
「ふむ……では、本当にそうなのじゃと、わしらにも納得できる根拠はあるか」
「根拠、でございますか」
「うむ。今のままではお主が、魔法使いが一方的に『感じたもの』を話しているだけじゃ。それを魔法使いではない者にも納得できる根拠じゃ」
俺はちょっと驚いた。
男のその話をきいたじいさんが、大いに興奮するだろうと思っていたのだ。
それがそうじゃなくて、まず根拠を求めたのは意外だった。
じいさんに聞かれた男は、あごを摘まんで、うつむき加減に考える。
「――あっ」
「何かあったか」
「血、でございます」
「血?」
「はい、図らずも人間とドラゴンでございますので。双方の血は本来交わらないはず」
「……うむ、それは聞いたことあるのじゃ」
「ぼくも。たしか――ドラゴンの血はマグマのように燃えたぎっているんだっけ」
じいさんと俺が立て続けに言うと、男は小さく頷いた。
「厳密には少し違います。ドラゴンの血はあらゆる物を排斥する。場合によっては排斥した結果相手を燃やしてしまうことから、血の色合いもあってマグマのように燃え盛っている、というイメージがついただけのことでございます」
「なるほどのう、で?」
それがどう根拠につながるんだ? って顔で先を促すじいさん。
「この排斥が肝なのですが。もしこのレッドドラゴンの子がマテオ様の魔力を受け継いで生まれたのなら、その血はマテオ様の血を拒まず溶け合うことでしょう」
「なるほど、そうではなければマテオの血が排斥されて燃える、か」
「その通りでございます」
「うむ、早速やってみよう。マテオよ、よいか?」
「うん。血って、どれくらいいるの?」
「数滴で結構でございます。それと、水を張った器を用意して下さい」
「わかった」
じいさんは頷き、使用人をよんだ。
かけてきた使用人に命じて、洗面器程度の器に水を張って持ってこさせた。
「マテオ様、この水の中にまずはレッドドラゴンの血を垂らして下さい」
「わかった。いいかな?」
「みゅっ」
ちびは小さくながらも、キビキビとした動きで頷いた。
俺はちびを抱き上げて、使用人が同時に持ってきた針を受け取って、ちびの前足だか腕だかの皮膚をプスッと刺して、数滴の血を搾り出して洗面器の水の中にたらした。
血が水の中に広がる、同時にもうもうと蒸気が立ちこめる。
「このように、レッドドラゴンの血が水を既に排斥し始めています」
「なるほどのう。では、つぎはマテオじゃな」
「うん」
ちびを地面に下ろして、今度は自分の指の腹を針で刺して、同じように数滴の血を洗面器の中にたらした。
瞬間、蒸気がとまる。
水が気化するのがとまった。
俺の血が水の中に入った瞬間それが止まって、そして、俺の血とちびの血が溶け合った。
「本当に……溶けおうた……」
「信じられない……こんなことがありえるのか……」
大人の二人は驚き、感嘆したのだった。
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