35.空輸
海辺はものすごく賑やかだった。
砂浜に豪奢な天幕が張られてて、その天幕の中に皇帝がいる。
皇帝の前には様々なごちそうが並べられてて、皇帝は気が向いたときだけ何切れか摘まむ、という贅の極みを満喫するという感じだ。
その皇帝の天幕の中で、唯一、使用人以外で俺だけが同席を許されていた。
ちなみにエヴァは天幕のすぐ外で、気持ちよさそうに日光浴している。
「どうしたマテオ、食が進んでいないようだが」
「そんな事ないよ、お腹いっぱい」
「遠慮することはないのだぞ?」
「大丈夫、本当に遠慮してない」
「そうか? ……そうか、料理が冷めているからなのだな? 待っていろ、すぐに温め直させる」
「大丈夫だから陛下!」
俺は皇帝を慌てて止めた。
「本当に、本当にお腹いっぱいだから。陛下って、おじいちゃんおばあちゃんと似てるね」
「むっ? ローレンス卿にか?」
「ううん、世の中のおじいちゃんおばあちゃんって意味。お腹いっぱいなのに、どんどん食べてっていうの」
「そういうものなのか? 庶民の祖父母というのは」
不思議がる皇帝。
ああそうか、皇帝ともなれば、そういう「団らん系」の話とは無縁なのか。
よく考えればそうなんだろうな、と俺は納得する。
「うん、おじいちゃんおばあちゃんってみんなそう。その上、お土産とか持たせてくるんだ」
「はは、なるほど。ま、まあ? 余からすれば、マテオも孫の様なものだからな」
「え? どういう事?」
「ローレンス卿の身内なのだろう? ローレンス卿は余の家臣だから地位が一ランク下、その身内なら余から見れば二ランク下ということになる」
「あはは、本当だ。そういう見方をしたら、おじいちゃんから見た孫も二つ下ってなるね」
「うむ。家臣を甘やかす訳にはいかぬが、家臣の子とかならよかろう」
「それも孫と同じだね」
「であろう? だから余がマテオを祖父母と同じレベルで甘やかすのは当然のことよ」
皇帝は満足げに持論を展開した。
俺は突っ込まなかった。
俺も、実際は家臣なんだけどな。
竜の騎士、空の王。
そんな感じで、皇帝から直々に叙勲をしている家臣なのだ。
そうは思ったが、あえて言うこともないだろう。
皇帝といっても、まだ20歳前の若者。
それが夏の避暑地で遊楽を決め込んでいる最中だ。
中身おっさんの俺からすれば、わざわざ水を差すこともない。
そんな中、一人の男が入ってきて、皇帝の傍に跪き、耳打ちした。
「うむ、始めよ」
男が退出していった。
「何が始まるの? 陛下」
「見ていればわかる」
皇帝はふっと笑った。
しばらくして、十人くらいの女が現われた。
女達はみな水着姿だ。
皇帝の妃達か? と思ったが、天幕に入ってくることなく、全員が波打ち際に行って、水かけして遊び始めた。
「あれって何?」
「余が自ら海に入るわけには行かぬからな」
皇帝はふっと笑った。
「ああやって、余の代理として水遊びをしてもらってる。それを見て涼をとるのだ」
「へえ、そういうのもあるんだ?」
「皇帝が自らする事はほとんどない、大抵は名代を立ててやらせるものだ」
「そうなんだね」
それはどういう人生なんだろうな、とちょっと思ったけど、世界が違いすぎて想像してみてもピンとはこなかった。
俺はしばらく皇帝と一緒に水着の女達を眺めた。
女達は様々な水着を纏っている。
健康的な物から、きわどい物まで。
まるで水着の展覧会か、という位多種多様だ。
しかし、水着の種類は多いが。
「女の人達、皆似てるね」
「え? そ、そうか?」
「うん。似てる。誰かに似てるって気がするけど……誰なんだろう」
俺は首をかしげつつ、女達を見た。
喉まで出かかっているのを考える。
すると。
「……あっ」
「な、なんだ?」
「陛下と似てる……のかも」
「――っ!」
「あはは、ごめんなさい陛下。これは失礼だったね」
「い、いや」
皇帝は何故か顔を赤らめて、ごほん、と咳払いをした。
「よくぞ見抜いたな、マテオよ」
「え?」
「余の名代なのだ、当然ある程度『雰囲気』が似ている者を選ぶ」
「そっか、なるほど」
そういうことだったのか。
皇帝はなぜか大声で「雰囲気」って強調したが、俺は顔とかが似ていると思った。
「……自分が着て見せるわけにはいかないじゃない」
「え? 今、何か言った?」
「いや、なんでもない」
「そっか。でもやっぱり、陛下の方が綺麗だね」
「――っ!」
「さすが陛下、女の人達よりも綺麗なんて凄いよ」
俺は素直にそう思った。
会う度に思うこと。
皇帝は美しい。
男にしておくのがもったいない位美しい人だ。
男でこれなら、女に生まれていれば稀世の美女だったろうな、と思う。
「そ、それよりもマテオ。もっと食べろ」
「えええ!? だ、だからもう食べられないよ」
「そ、そうか? だったら何か食べたい物があれば言うといい。目の前のものに固執する必要はないのだぞ」
皇帝はまた俺にメシを勧めてきた。
やっぱり、ジジババの溺愛と似てるな、皇帝。
なんかちょっと話を逸らされた様な気もするけど……気のせいだろ。
そうやって、皇帝と水着の美女を眺めながら納涼した。
マテオは六歳だが、俺の中身はいい大人だ。というかおっさんだ。
水着の美女は普通に眼福。
眺めてるだけでも結構幸せになれる光景だ。
そうして眺めていると、ふと。
「何をする!」
「ここがどこだと心得るか!」
天幕の外がにわかに騒がしくなった。
「どうしたんだろう」
「さあな」
更にしばらくすると、男が二人入ってきた。
一人は帝都からここまでついてきた大臣の男で、もう一人は汗だくで、ぼろぼろな格好をした男だ。
二人は皇帝の前に跪く。
「どうした」
「報告を」
大臣が若者を促す。
「は、はい! ご報告申し上げます! ククル=ルークにて反乱が発生。クラオカ将軍以下2万人が戦死!」
「……」
瞬間、場が静まりかえった。
皇帝や大臣、周りの使用人達。
外で水遊びしてきゃいきゃいしていた水着の美女達までもが、空気を察して静かになった。
「……ベルンハルト」
「はっ」
大臣が応じて、跪いたまま顔を上げた。
「明朝に評定を開く。それまでに対策案を出すように通達せよ」
「ははっ!」
明朝?
「あの……陛下?」
「なんだ」
皇帝がこっちを向いた。
普段とは違う、真面目な顔だ。
「どうして明日の朝なの? 凄い大事だよね、今すぐにした方がいいんじゃないかな」
「よいのだ。ククル=ルークは遠く離れた辺境の地。そこのお前、ここまで来るのに何日かかった」
「も、申し訳ありません。早馬に乗り継いだのですが、四日かかってしまいました」
伝令にきた若者が平伏して答える。
「そういうことだ。敗北は既に四日前の事。伝令も最短で一往復に七日はかかる。現地の敵味方もそれを念頭に動く。もう一度言うが、大事だが、既に緊急ではない。だから余は皆に時間を与えた、より最善の策を出す時間をな」
「……ねえ陛下、これならどうかな」
俺は立ち上がった。
衆目の中、天幕を出て、寝そべっているエヴァに手を触れた。
魔力をそそいで、エヴァを巨大なレッドドラゴンに戻す。
そして、皇帝に振り向く。
「早馬で四日でも、僕なら一時間以内で届ける事ができる」
「――っ! ベルンハルト! 今すぐに皆を集めろ!」
「は、はい!!!」
大臣は慌てて天幕から飛び出した。
俺にできるのはここまでだ。
ここから先は軍事的な、専門的な話になる、俺の出番はない。
俺ができるのは、早馬四日の距離を一時間に縮めることだ。
だから、俺はじっと出番を待つことにした。
「誰か、その若者とマテオ卿に褒美を。若者は金貨10枚、マテオ卿は500枚だ」
「陛下?」
「よくやった、下がって休むといい」
皇帝は真顔で若者にいった、若者はほとんど平伏したままの格好で天幕から出て行った。
そして皇帝は、俺の方を向く。
俺に対しても、普段とは違うものすごい真剣な顔のままだ。
「辞退するな、受け取れ。常識を覆すほどの速さでいってくれるのだ。500枚で安い位だ」
「常識を覆す……」
「ああ」
皇帝は真顔のまま、はっきりと頷いた。
「軍事の常識が覆るぞ」
と、いったのだった。
「面白い!」
「続きが気になる!」
「皇帝かわいい!」
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