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03.成長促進

「そうじゃ、この前ルースのヤツにあったぞ」

「ルース……さん? あっ、おじい様のお友達の」

「腐れ縁じゃ」


 じいさんはニカッと笑った。


 ルース・ベル・ウォルフ。


 ウォルフ侯爵家の前当主で、じいさんと同年代の老人だ。

 じいさんの口からよくルース老人の話が出る。


 たぶんじいさんが自分で言ってるように、二人は長年の腐れ縁な付き合いなんだろうな。


「ルースさんがどうしたの?」

「うむ。ヤツにあってな、マテオの自慢をしてやったのじゃ」

「僕の自慢?」

「そうじゃ。わしの孫はのう、二歳でもう文字が読める賢い子じゃ。今は屋敷中の本を読破する勢いじゃとな」


 ああ……と思った。

 これもやっぱり、祖父がする孫自慢そのものだ。


 微笑ましいけど、自分の事を自慢されるとちょっとこそばゆい。


「それははずかしいよおじい様」

「何を恥ずかしがることがあるか。二歳で文字を読めるのは天才の証じゃぞ」


 二歳どころかゼロ歳――捨てられたあの時から普通に読めてたんだけどな。


「マテオは紛れもなく天才じゃ――事実を言ってやったら彼奴め、顔を茹で蛸のようにして、死ぬほど悔しがっておったわい」

「そんなにくやしがったんだ」

「うむ。彼奴の――いや、貴族の小せがれは大抵本など読まぬからのう」


 そりゃ、なんとまあもったいないことだ。

 こんなに本があるのに、知識がそこにあって、いくらでも自分の努力次第で自分の武器として吸収できる宝の山がそこにあるのに、読まないなんてのはもったいなさ過ぎる。


 不思議だ、貴族って人種は。


「そうじゃ、今日はマテオに土産があるのじゃった」


 じいさんはポン、と手を叩き、思い出したようにいった。

 俺は心の中で苦笑した。


 今日「は」、じゃなくて、今日「も」のまちがいなんじゃないのかな。って突っ込みだ。


 じいさんは、この屋敷に来る度に、色々俺にお土産を持ってくる。

 大抵が本だけど、たまに甘いお菓子とか、ガチで高価そうなお宝をもってきたこともある。


 俺は期待するような表情を作って。


「本当? お土産って何?」


 と、年相応の子供のような表情を作りながら言った。


 子供になった俺の、処世術の一つ。

 じいさんから物をもらうとき、「嬉しい」をちゃんと嬉しいと表にだすとじいさんは喜ぶ。


 うれしさはちゃんと態度にする、出さなくても察してもらえるなんて考えない。

 嬉しいときはちゃんと嬉しいというのが、俺の――たぶん究極の処世術だ。


 案の定、また本をもらえるかもしれないと想像して普通に嬉しくなった俺を見て、じいさんも嬉しそうに破顔した。


「うむ、ここにはないのじゃ。ちょっと一緒にくるのじゃ」

「一緒に?」

「うむ」

「わかった」

 俺は読みかけの本を閉じて、近くの本棚にさしこんだ。

 そのままじいさんについて行き、書庫をでる。


 じいさんと一緒に廊下を歩いて、先導されて屋敷から庭に出た。

 そこに十数人、じいさん直属の衛士達がいた。


 衛士達は武装してて、大事そうに箱を守っている。


 宝箱のような、衣装箱のような――六歳児の俺が丸ごと中に入ってかくれんぼの隠れ場所に使えるくらい、大きな箱だ。


 どうやら、これが俺へのお土産みたいだ。


「これがお土産なの?」

「うむそうじゃ。おい」


 じいさんは衛士達に合図を送った。

 すると、箱の両隣にいる二人の衛視が箱のふたを開けた。


 ……やたらと、慎重な手つきで。

 まるで壊れやすいガラス細工を扱うような、ものすごい慎重な手つきだ。


 箱の蓋が開かれて、中から卵が見えた。

 箱のサイズにぴったり合うような、六歳児の俺と同じくらいのサイズの卵だ。


「卵? なあにあれ」

「うむ、レッドドラゴンの卵じゃ」


 じいさんは得意げな顔で、自慢するように言った。


「レッドドラゴンって……あの?」

「知っているのかマテオ」

「うん」


 俺ははっきりと頷いた。

 普通の六歳児には知らないことだが、俺は大量の本を読んでいる。

 本で得た知識は、「知っているのかマテオ」という質問に答えるために使うとじいさんがものすごく喜ぶことを経験している。


 今も、俺はレッドドラゴンと聞いて、記憶の中からそれを引っ張り出した。


「たしか伝説の竜だよね。竜種の中でも最上位種で、力と魔力が絶大で、一体が一軍に匹敵するほどの力をもっているって」

「うむ」

「それと……深い知恵と知性ももっているって」

「おおっ!」


 じいさんは何故か急に声をあげた。


「ど、どうしたの?」

「その通りじゃ。やはりマテオは賢いのう」


 何事かと思ったら単に俺を褒めた、いつもの()馬鹿なだけだった。


「これがその、レッドドラゴンの卵じゃ」

「本物なの?」


 今度は俺が驚いた。

 最初にレッドドラゴンの卵って聞いたときはピンとこなかったが、自分でレッドドラゴンの事を思い出して口にしたから、そのすごさが遅れてやってきた。


「間違いなかろう。某所から皇帝へ上呈するものを、わしが横取りしたのじゃ」

「ええ!? 大丈夫なのそれ」


 さらっとすごい事言ってるけど。


「かまわんのじゃ。あの小童がレッドドラゴンの卵を持っていたとしても宝の持ち腐れじゃ。そうなるよりはわしが横取りして活用した方がよいのじゃ」


 さらにとんでもないことをさらっと言ったぞじいさん。

 いや、活用とかうんぬんじゃなくて、皇帝に上呈するのを横取りしたらまずいんじゃないかってはなしなんだけど……。

 それに皇帝を「こわっぱ」呼ばわり……下手したら大不敬罪でしょっ引かれるくらいまずいことなんだが。


 ……なんだが、じいさんはまったく気にも止めていないようだ。

 だったら、俺も気にしない方がいいかもしれないな。

 気にしすぎてハゲたらやだし。


「おじい様は、これをどう活用するの?」

「うむ、マテオにプレゼントじゃ」

「……えええええ!?」


 たっぷり三秒間きょとんとした後、俺は盛大に声を上げるほど驚いた。


「ぼ、僕にプレゼント?」

「うむ、そうじゃ」

「なんで?」

「活用するといったじゃろ? マテオにプレゼントする以上の活用法はないのじゃ。どうじゃ、うれしいじゃろ?」

「えっと、うん……はい?」


 まだ驚きの方が大きくて、どう反応していいのかが分からなくて、頷いたものの疑問形になってしまった。


「このまま孵化するまで持っているのじゃ」

「孵化するまで……あっ」


 俺はハッとした。

 レッドドラゴン――というかドラゴン全般に関する知識を思い出した。


「たしかドラゴン種って、卵から孵ったとき、最初に見た相手を親だって思うんだったよね」

「そういうことじゃ」


 じいさんはにやり、と口角をゆがめて得意げな笑みを作った。


「このまま孵化するまでマテオが持っておれば、孵化したレッドドラゴンはマテオの事を親だと思う。共に成長するレッドドラゴンは最大の()になるじゃろう」


 俺は色々と理解した。

 子供が生まれたときに犬を飼い始めて、子供と一緒に成長させると情操教育にいいと本で見たことがある。


 幼児の頃はいい遊び相手になる。

 少年の頃はいい理解者になる。

 青年の頃は死を以て命の尊さを伝える――だっけ。


 それに似たような事を、じいさんはドラゴンを使って俺にやろうとしてるんだ。


「そっか……」

「それを考えると、ますますあの小童に渡すのもったいないじゃろ? 皇帝なぞ、まわりにいくらでも腰巾着は湧いてくるわい」


 じいさんの意図を今更になって理解したけど、物言いはやっぱりちょっとは気をつけた方がいいなと微苦笑した。


 俺は気を取り直して、じいさんにお礼を言うことにした。


「ありがとうおじい様」

「なんのなんの、喜んでくれてわしもうれしいわい」

「この卵をどれくらいもっていればいいの? 鳥の卵みたいにもったままあたためておけばいいのかな」


 読んだ本の知識の中をさぐるが、それにかんする物はなかった。

 ドラゴンの卵を孵す方法とか、うん、やっぱりないな。


「そんな必要はないのじゃ。というか、つきっきりで見ている必要もないのじゃ」

「そうなの?」

「うむ。宮廷魔術師の連中に調べさせた。魔力の波動から見て、七日後に孵化すると言っておったわい」

「そんなのが分かるの?」

「ドラゴンは魔力が強いからのう。人間で言うと腹の中にいる胎児の心音が聞こえるもんじゃと言っておった」

「へえ、そういうものなんだ」


 それは面白い、勉強になった。

 そういうことなら、とりあえず六日間は卵をどこかに慎重に保管しとけばいいか。


 にしても……レッドドラゴンの卵か。


 俺はなんとなく卵に近づいた。


「あっ――」


 それを守っている衛士が反応した。

 俺を止めるべきか止めざるべきか――一瞬反応して、しかし判断つかなくてじいさんに視線で問いかけた。


「かまわぬ、マテオへの土産じゃ。好きにさせい」


 じいさんがいうと、衛士はちょっとだけほっとした感じで俺を止めるのをやめた。


 気持ちはわかる。

 命令されてないことを、改めて上の人間からお墨付きをもらうとほっとするよな。


 働いてると、そういうのがよくある。


 そんな事を思いながら、俺はなんとなく卵に触れてみた。

 じいさんのいう「心音」というたとえが気になったからだ。


 それで触れてみたが、もちろん心音なんて聞こえはしなかった。


 代わりに――卵が光り出した。


「え?」

「な、なんじゃ?」


 焦る俺、驚くじいさん。


 そうしている間にも光はますます強くなっていった。


 俺は手を引っ込めようとした――が。

 手が卵の表面にひっついて、離れなかった。


「大丈夫かマテオ!」

「う、うん。手がくっついて離れないけど」

「なんじゃと? おい! 卵を割るのじゃ」


 じいさんは一秒にも満たない思考のあと、そばにいる衛士に命令した。

 俺はそれに驚いた。


「えええええ!? ちょっと待っておじい様、これは貴重な卵だよね」

「かまわん、マテオの安否には替えられぬ!」


 じいさんはきっぱりと言い切った。


「やれ!」

「はっ!」


 じいさん――上の人間の迷いのなさに勇気づけられて、衛士達は一斉に持っている槍を構えた。

 そのまま――卵を突いた。


 槍の先端はしかし卵に届かなかった。

 光がまるで見えない壁になって、全員の槍を防いだ。


 衛士達は「えいっ!」「やっ!」と何回も突いたが、卵にその攻撃が届く気配がまるでない。


「むぅ。よこせ、わしが――」


 じいさんは衛士の一人から槍を奪い取って、自ら卵を割ろうと構えた。

 次の瞬間、状況は更に一転する。


 それまで卵だけが光を放っていた。

 俺の体まで光り出した。


「マテオ!?」


 驚くじいさん。


「大丈夫かマテオ!」

「う、うん。とくに……なんでもない」


 俺は自分の手を見た。

 卵にひっつかれてない方の手を見つめた。


 光っているが、特に何かがあるわけじゃない。


 ただ、俺の手が――体が光を放っているだけだ。


 その光が徐々に、俺の体から卵に移っていった。


 まるで吸い込まれていくかのようだ。


 ――ドックン。


「え?」

「どうした!?」

「いま、音が」

「音?」


 ――ドックン。


「また聞こえた――心臓の音?」


 俺はそうつぶやき、卵の方をみた。


 光が吸い込まれていった後に聞こえるようになった心音。


 落ち着いて耳を澄ませる。

 すると、音は耳じゃなくて、手の平を伝って聞こえてくるのが分かった。

 不思議な感覚だ。

 どういう風に聞こえるのかって聞かれるとすごく説明が難しいが、それでもはっきりと、手の平伝いで聞こえてくるのだと分かる。

 確信している。


 次の瞬間、卵がパアァ――と光った。


 それまでぼんやりと光っていたのが、爆発的に光が拡散した。


「くっ!」


 俺はくっついていないもう片方の手で目を覆って、顔を背けた。


「マテオ!!」


 じいさんの叫び声が聞こえる中、徐々に徐々に光が収まっていく。

 やがて、光が完全に落ち着いた――その直後に。


「みゅー!」


 何かが俺に飛びついてきた。

 タックル気味の飛びつきを受けて、俺は後ろ向きに倒れて、その場で尻餅をついてしまった、


 タックルしてきたその何かは、俺の腹の上に乗っかってきた。

 そして――顔を舐めてきた!


「みゅー、みゅー!」


 目を開けると、小さな生物が俺に乗っかっていて、顔をペロペロしてくるのが見えた。


 これが、俺と伝説のレッドドラゴンとの出会いになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] オーッとドラゴン登場。
[良い点] 真面目ないいこやな。 [気になる点] 血縁の孫は本喜んでくれないのかな? [一言] 転生要素いらないという方よ。 ゼロ歳から本読める(持てないから実際には二歳から)って十分凄いよね。 本…
[一言] 二歳? 六歳? どっちだろか
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