239.ヘカテーの説得
こっちがそんな事を思っているなど知るよしもなく――って感じでヘカテーが聞いてきた。
「本日はどのようなご用で?」
「うん、あのね。ウォルフ侯爵のお孫さんのことは知ってる?」
「はい。確か双子で、名前はナナとカナ。年齢の割には魔法の扱いに長けており、とは言え魔法に傾倒してはおらず、普段はもっぱら片割れのためにお互い何かを作る事に没頭しているようです」
「ええっ!? く、くわしいね」
俺は正直驚いた。
ヘカテーからは「名前くらいは……」程度の答えが返ってくるものだと思っていた、魔法は侯爵があっちこっち言いふらしているだろうからまあ知っていてもおかしくないけど、普段の事まで知っているのはちょっと驚いた。
「どうしてそんなに詳しいの?」
「ご老人のお二方が常に張り合っていらっしゃいます。その神と張り合う相手の事ですので、調べました」
「ええ? 本人が張り合ってるわけでもないのに?」
「はい、ですので情報までです」
ヘカテーはしれっと言い放った。
それってなんか、俺に張り合ってきたのが本人だったら何かしてたとか言い出しそうな、そんな感じの返事だった。
なんだって俺の事は「神」だ。
神に逆らうとはなんたる不届きもの――とか、言い出したとしても何の驚きもない。
そこを必要以上に突っつくと怖いからスルーすることにした。
「そうなんだね、うん、そこまで知ってたら話が早い」
「あの娘達が何かしたのでしょうか」
「僕のせいで過去が一部、僕の認識とは変わっちゃったのはしってるよね」
何かした? ――という質問も黙殺して、こっちの話を進めることにした。
その話は俺が過去から戻ってきて、フレンとともに六人の使徒が集まった段階で一通り話した。
フレン以外の五人からすれば証拠もなにもない話だが、全員がそれを信じてくれた。
だからヘカテーはその事自体は知っていて。
「はい」
今も、「歴史が変わったのをしってる?」という質問に何のためらいもなく返事した。
「それでね、僕が知っているウォルフ侯爵のお孫さんって、本来その二人じゃないんだ」
「そのようなことが」
「それで二人のことをもっと知りたいって思うようになって、だからね――」
「承知致しました」
ヘカテーは真顔で頷いた。
「え?」
「姉妹の事を調べさせます。趣味嗜好から全身のほくろの数まで丸裸にいたします」
「ううん、そんな事までしなくていいんだよ」
全身のほくろの数までってのは教会とか貴族とか、知識人の間で使われる言い回しで、俺が村人だった時はもっと下品にケツがどうこうという言い回しをしてた。
言い回しが違うが言いたい事は一緒。
何から何まで調べ上げて俺に知らせるって話だ。
それはそれで一つの手かもしれないが、今回は目的が違う。
だから俺はヘカテーを止めて、出鼻をくじかれたヘカテーは不思議そうな顔で俺をみた。
「どういう事でしょうか」
「実はね――」
俺はノワールと話し合って、思いついてやろうとしたことをヘカテーにはなした。
信者達を集めて、その祈りから記憶を組み上げて、神の力で整理して纏める。
それをヘカテーに説明した。
俺に制止された直後は戸惑いと、そしてほんのりとした不安が表情に出ていたが、説明を聞いて行くにつれてその表情が徐々に、いや加速度に明るくなっていった。
「というわけなんだけど、頼めるかな」
「もちろんでございます!!」
ヘカテーは身を乗り出すほどの勢いでいってきた。
「へ、ヘカテー?」
「神に御力添えできるなんて、皆は今日この日のために生まれてきたといっても過言ではありません!」
「大げさだよ、ちょっと手伝いをしてもらうだけだから」
「では信徒を集め――なくてもよろしいかと思いますが」
「うん」
俺は微笑んだまま頷いた。
「僕が受け取るための力を広げるから、信徒のみんなには各地の教会で祈ってもらえればいいかなって」
「各地の教会……で、よろしいのでしょうか」
「ノワールと相談して、せっかくの偶像、それを利用した方が確実かなって」
「かしこまりました」
「問題は、どういう建前で祈ってもらうかなんだけどね」
「……神に捧げる、という意識をお持ちであればよろしいのでしょか?」
「うん、そうだね」
「であれば造作もありません」
ヘカテーは自信たっぷりな笑顔を見せる。
「自らの人生を神に言上する形をとれば、いかようにも」
「そんなに簡単にいくの?」
「はい」
ヘカテーは物静かに、しかし確固たる意思で頷いた。
「それじゃあお願い。ちょっと大仕事になるから、その間ヘカテーにすぐに相談できるようにこの屋敷にいてもいい?」
「神のご逗留などこの上ない誉れ!」
「ありがとう。助かったよ、ヘカテーがいてくれて本当に良かった」
「――っ!」
ヘカテーは目をみはるほど驚き、嬉しさに体がプルプルと震えだした。
これで話がついた。
末端の信徒まで通達が行き届くまでに時間が必要だから、今日はまず来たるべき大仕事のためにしっかり体を休めようと思った。




