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229.猫と竜

 とある昼下がり、庭で本を読んでいた。

 今朝から屋敷をたずねる人がいなくて、久しぶりに起きてからずっとのんびりできていた。


 それに加えて天気も良かったから、メイドにたのんで庭にテーブルセットを設置してもらって、お茶と果物をつまみながらひなたぼっこしながら本を読んでいた。


「にゃー」

「うん?」


 猫の鳴き声が聞こえた。

 視線を向けると、可愛らしい猫が前足と上体を立てた座り方でこっちをじっと見つめていた。


「どこから入ってきたの? 首輪がついてるみたいだけど……」


 屋敷で猫を狩っていると言う話を聞いた事は無いが、どこかの飼い猫が迷い込んできたんだろうか。


「……」


 猫は座ったまま、じっと上を向いて俺を見つめてきた。


 なにを見てるのかな、そう思って視線を追いかけると、その視線がテーブルの上の果物にそそがれている事にきづいた。


「もしかして……食べたいの?」

「……にゃー」


 一呼吸の間を空けてから、猫は気だるげに一鳴きした。

 なんとなくそれが「……別に」って感じに聞こえた。


「そっか」


 俺はにこりと微笑み、テーブルの上、皿にあるフルーツの盛り合わせをみた。

 カットされた新鮮なフルーツが4~5種類あって、それを本で得た知識と照らし合わせる。


「猫だと……種はよくないよね」


 つぶやきつつ、カットされたスイカを更にフォークで小さくわって、種もとった。

 小さくカットされたスイカを手の平に載せて、身を乗り出して猫の目の前にさしだしてやった。


 猫はスタスタと近づき、一度俺の顔とスイカを見比べたあと、器用に俺のてからスイカを食べた。


「おいしかった?」

「……」


 聞いてみるが、猫からの返事はなかった。

 つまらなさそうにしているが、顔を上げてテーブルの上を見ている。


「お代わり?」

「……にゃー」

「あはは、『しょうがないから食べてやる』かな」


 今度は梨をとって、同じように小さく切り分けて、猫に出す。

 猫はまたそれをペロりと平らげた。


 何切れか食べたあと、猫は満足した顔で、スタスタと立ち去って、茂みの中に飛び込んでいき、姿がみえなくなった。


 食べるだけ食べて、ようがすんだらいなくなる。

 実に猫っぽい振る舞いで、それが嫌いではない俺は、口角が緩んでいるのが自分でもわかった。


 猫がいなくなった事で、俺は再び読書にもどった。

 しばらくの間、本を読んでのんびりとした時間を過ごした。


 ふと、ガサガサ、という音がする。

 音の方を見ると、猫が茂みから飛び出して、ゆっくりと歩いてきた。


 またフルーツか? と思ったがそうじゃなかった。

 猫は口に何かをくわえていた。

 何かとおもって目を凝らすと、それはどうやらネズミのようだった。


 ぐったりとしていて、たぶんもう死んでるネズミを口にくわえて、ゆっくりスタスタと近づいてきて、おれの前にポトッ、とネズミをおいた。


「……」

「僕に?」

「……にゃー」


 鳴いて、またスタスタとさっていく。

 猫の恩返しでもらったネズミの死体をみつめる。

 さてどうするか、と思っていると。


「みゅー!」

「うっうっ!!」


 今度はエヴァとオフィーリアのコンビが現われた。

 子供のような見た目のブルーゴブリンのオフィーリア、子犬のような見た目のレッドドラゴンのエヴァ。


 オフィーリアがエヴァの背中にのって、エヴァが猛スピードでこっちにむかって駆けてくる。


 可愛らしい「竜騎士」が俺の前にやってきて、二人同時に不思議そうな顔で転がってるネズミの死体を見つめた。

 見つめたあと、不思議そうな顔で俺を見あげてきた。


「それが気になるの?」

「みゅっ」

「うっ!」

「さっき猫ちゃんが来ててね、フルーツをごちそうしたらお礼にくれたんだ」

「みゅー!?」

「うっうっうっ!」

「あたしもパパにお礼したい?」


 エヴァは俺が卵からかえしたレッドドラゴンかつ、今は神の力で「使徒」にしている相手だ。

 だから猫とちがって、普通の鳴き声のように聞こえるが、俺にははっきりとした意味のある言葉に聞こえた。


 その内容に俺はクスッとなった。

 猫に対抗心を抱くなんて可愛らしいなと思った。


「ありがとう、無理はしないでね」

「みゅ! みゅみゅみゅ!」

「うっ!」


 エヴァが首だけ振り向いてオフィーリアに何か言って、オフィーリアはエヴァにのったままガッツポーズした。

 やがて二人は鞍上鞍下の姿勢のまま、来た時よりちょっとだけ早いスピードでどこかに駆け去って行った。


「ふふっ」


 やっぱり可愛いな、と思った。

 エヴァは人間の姿にも成れるし、建物と同じくらいのサイズの巨大なドラゴンの姿にも成れるが、オフィーリアと一緒にいるときは子犬みたいな姿でいる事がほとんどだ。

 その二人の可愛らしい姿に俺はいつも癒やされている。


 何を持ってくるかな、と。

 そう思い、エクリプスの力でネズミの死体をどかした。

 力が通じる、やっぱり死体だったと思いつつ、見えない所までネズミを「自分の足」で歩かせた。


 中身が大人の男である俺は別にネズミの死体くらいどうってことはないんだが、そろそろメイドの誰かが「お代わりはいかがですか?」とか聞きに来るだろうから、そうなる前にどかしておいた。


 ネズミをどかしてすぐ、またガサガサと茂みから物音がした。

 みると、また猫がやってきた。

 猫はさっきより一回り大きい何かを口にくわえている。

 今度はどうやらハトのようだ。


 自分の体とそうう変わらないサイズのハトを加えてやってきた。


「すごいね、ハトもかれるんだ」


 俺はそういい、本気で感心した。

 猫が虫とかネズミとかを器用に狩る事はよくしっているが、ハトのような鳥もいけるのはしらなかった。

 だから感心した。


 そして俺がそういうと、猫は今までとちょっと違う、自慢げな表情を浮かべた。


 それも可愛いな――と思っていると。


『グォオオオオオン!!』


 大気が震えるほどの咆吼が空から聞こえてきた。

 びっくりしてパッとたちあがって空を見る――がすぐにほっとした。

 それはエヴァだった。


 レッドドラゴン・エヴァンジェリン。

 本来の姿とも言うべき巨大なドラゴンの姿になっていた。


 さっきどこかに行ったときは子犬の姿だったのになんで――と不思議がった。


 エヴァはゆっくりと着地した。

 巨大なドラゴンの姿になっても、背中にはしっかりオフィーリアを乗せていた。


「お帰りエヴァ、早かったね」

『偉大なる父マテオよ、運良く獲物にすぐに出会えたのだ』

「獲物」

『うむ――これよ』


 エヴァはそういって、前足のようであり手のようでもあるかぎ爪を伸ばして、俺の前にそれを突きつけてきた。


「これは……マグロ?」

『そうだ』

「なんで?」

『猫はネズミ、熊は鮭――と来れば()ならば最低でもマグロよ』

「あはは、そうなんだ」


 張り合うために一瞬で海までとんでいってマグロを捕まえてきたのか。

 そう思うとちょっとおかしくて、また巨躯の姿なのに愛らしく見えてきた。


『オフィーリアよもう一狩りだ。偉大なる父マテオよ、今しばし待っているが良い』

「うっうっうっ!」


 エヴァとオフィーリアは再び空に消えていった。


 残されたマグロをみて、俺はメイドを呼ぼうと思って――そこで猫のことを思い出した。


 猫は茂みからでた所にいたままだった。

 心なしかさっきよりも、さいしょにみてからで一番つまらなさそうな顔をした。


 そして、ハトをその場に投げすてる勢いで放り出して、ぐるり、と身を翻してまた茂みの中に消えていった。


「……あれ? なんだろう、なんか見覚えがあるんだけど」


 なんだろう、と俺は首をかしげた。

 猫は間違いなく初めて会う猫、だけどなぜか既視感を覚えた。

 しばらく考えた。既視感の正体が分かりそうで分からなかった――が。


 猫が三度戻ってくる。

 今度は体よりも大きい、蛇を加えて戻ってきた。


 その蛇をくわえたままやってきて、マグロのそばにおいた。


「あっ」


 この瞬間、既視感の正体がわかった。


 猫はエヴァ達と張り合っていた。

 それはまるで爺さんと皇帝陛下の関係のようで、既視感はそれだった。


 それに気づいた俺は、立ち上がって猫の前にしゃがんで、撫でてあげた。


「ありがとう、嬉しいけどむりはしないでね」

「……にゃー」


 エヴァと違って猫の言葉は分からないけど。

 何となくそれが「無理なんてしてないんだからね」ときこえて、それはたぶんあっているんだろうとおもってちょっとおかしく感じたのだった。

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