20.運命の人
「…………」
俺は唖然としていた。
唖然としたまま、横を向く。
横で、じいさんが得意げな顔をして立っていた。
「どうじゃ、マテオのために作らせた学園は」
自慢するときの口調で、じいさんは言った。
「どうもこうも……」
俺は再び前を向いた。
目の前にある、屋敷の数倍はある、ものすごく豪華な校舎をみた。
「聞いてたのよりもすごいよ、おじい様」
「そうじゃろそうじゃろ」
じいさんは満足げに、何度も「うんうん」と頷いた。
学園。
じいさんが俺のために作っていた学び舎。
それが完成するまでは家庭教師が屋敷に通ってきていたけど、いよいよ、この日学園そのものが完成したのだ。
それでじいさんに連れられてきた――のはいいが、聞いてたものよりも豪華で、規模が大きくて俺は戸惑っていた。
「建設開始当初にくらべて、マテオが色々とすごいことをしたのじゃ。じゃから、こわっぱにいって、金を倍ださせたのじゃ」
「倍ぃ!?」
俺が驚愕した。
こわっぱというのは、じいさんが皇帝を呼ぶときに使う言葉だ。
つまり、じいさんは皇帝――つまり地上の最高権力者に言って、金を追加で二倍出されたと言うことだ。
「将来的にマテオがまだまだすごいことをするじゃろう。今までと同じな。じゃから、何があっても対処できるように、学園を拡張できるように、まわりの土地も追加で買い増したのじゃ」
「土地も!?」
「規模は今の三倍じゃ」
「えええ!?」
「むっ、足りぬか? ならば先日のパーティーで、マテオの力をみた連中からも寄付を巻き上げるのじゃ」
「巻き上げるとか言わないでおじい様!」
俺は突っ込んだ。
放っておくと、どんどんどんどんやばい話になっていきそうな気がする。
とりあえずじいさんを止めることにした。
「大丈夫じゃ、マテオの事がすごいと分かった連中にしか金を出させてやらん」
「えー」
なにそれ。
まるで金を出すのも一つの名誉みたいな言い方。
「マテオのすばらしさにも気づかぬボンクラに用はないのじゃ」
……まるで、は要らなかったか。
じいさんは本気でそう思っているっぽいな。
さすが大貴族の大公爵。
孫への溺愛の仕方が桁外れだぜ……。
「このままここにいても仕方ないのじゃ。中もみようかマテオ」
「う、うん……そうだね」
作らせてしまったものはしょうがない。
俺はじいさんと一緒に、まずは校舎の中に入った。
中は、まるで宮殿のようなきらびやかさだ。
こんなにきらびやかな建物、初めてみた。
屋敷の数倍、いや数十倍はすごい。
「お、来てるのじゃ」
「え? あっ」
廊下の先に誰かが立っていた。
じいさんの言葉からして、知りあいだろうか。
じいさんは近づいていった。
俺も一緒に近づいていった。
「来ておったのか」
「うむ?」
じいさんの声に反応して、そのものは振り向いた。
瞬間――。
「綺麗な人……」
俺は思わず感嘆した。
マテオとしての六年、そして前世での数十年。
それを合わせても、経験してきた人生の中でみた、一番綺麗な人だった。
ため息が出るほど美しくて、ついつい、見とれてしまった。
「え?」
その人は驚いた。
「何を言っておるマテオ」
「え?」
「こわっぱじゃぞ」
「ええ?」
驚いて、その人をみる。
皇帝? って事は、男!?
よく見たら、男の人? だった。
顔は確かに端正で綺麗だが。
髪は短く、胸もない。
細身だが、すらっとしているズボンをはいている。
お、男?
俺はますます驚いて、ちょっと恥ずかしくなった。
俺……男に出会い頭で見とれて、「綺麗」って言ってしまったのか?
「ご、ごめんなさい皇帝陛下。僕、失礼な事を」
「ふははは、よい。お前くらいの子になら言われて悪い気はしない。余のこの容姿も、父母より受け継いだ宝物だからな」
「はい……本当にごめんなさい……」
俺はもう一度謝った。
そしてちらっと皇帝をみた。
こうしてみても、男だとしっててもやっぱり綺麗に見えた。
不思議な人だ……。
「それよりロックウェル卿、ハコはこれで良いのか?」
「とりあえずはよいのじゃ。そのうち足りなくなるかもしれんがな」
「たりなくなる?」
「マテオのすごさが広まれば、共に学びたいとのたまう者が殺到するじゃろうからのう」
「孫びいきがすぎるな。卿から色々聞いてはいるが、本当なのか? それは」
「論ずるよりも証拠じゃ。マテオや」
「え? な、なにおじい様」
「まずはそうじゃな、無形剣でも見せるのじゃ」
「あ、うん。わかった」
俺は頷いた。
言うなれば、これはスポンサーへのアピールだ。
金を出してくれた人間にちゃんと見せる義務がある。
俺はそう思って、素直にじいさんの言葉に従って、剣を抜いた。
抜いた剣が光って、刃がオーバードライブで溶けて、形のない刃になった。
さすがに完成したばっかりの建物を斬るわけにはいかないから、俺は髪の毛を一本抜いて、見えない刃の上に置いた。
すると、置いただけで髪の毛が真っ二つに切れた。
「ほう?」
皇帝は感心した様子で、手を伸ばした。
「あぶない! すごく切れるから気をつけて」
「ならばこれでどうかな」
皇帝はそう言って、懐から何かを取り出した。
ペンよりも少し細い、おみくじのような黄金の棒だ。
それを使って、今し方髪の毛を切った部分、見えない刃に叩きつけた。
すると、黄金の棒も切れてしまった。
「たしかに、ここに刃が存在するようだな」
「はい」
「初めて見るが、すごいなこれは」
「オーバードライブ、っていうみたいです」
「歴史上でも、天使連中にしかできなかった芸当じゃ」
じいさんは胸をはって、俺の事を自慢した。
「調べた。確かに現象は一致する。これにも同じことはできるのじゃ?」
皇帝はそう言って、今度はティアラのようなものを取り出した。
「これは聖皇后のティアラ、国宝の一つだ」
「こ、国宝?」
「話を聞いて、オーバードライブに耐えられそうなものを持ってきたのだ。やってみてくれ」
「うんっと、はい」
俺は素直に頷いた。
皇帝の命令なら、逆らえない。
俺は国宝のティアラを受け取って、頭の上にのっけった。
そして、魔力を込める。
オーバードライブする。
すると、ティアラも光を放って、溶けた。
溶けて、俺の全身を包み込んだ。
光は――微妙に収まらなかった。
うっすらと、俺のまわりに残り続けた。
「ほう、これは面白い」
「すごいのじゃマテオ、まるでオーラを放っているように見えるのじゃ」
感心する皇帝、大興奮するじいさん。
「どれどれ……」
皇帝は手を伸ばして、透明のオーラっぽいのに触れようとした――が。
パチッ!
手が弾かれた。
「ーーッ!」
「こ、皇帝陛下!?」
「いや、かまわぬ」
皇帝は手を押さえて、言った。
「見た目だけではなく、ちゃんと弾くようになっているのだな。まるで見えない鎧だ」
「ふははは、それみたか。マテオはすごいと前からいうておったじゃろ」
じいさんは皇帝相手でもまったく萎縮とか恐縮とかする事なく、いつもの調子で俺を自慢した。
「ああ、卿の言うことが今分かったよ。確かに彼――マテオは麒麟児や天才の類だ」
「うむうむ」
「わが帝国の貴重な人材となろう」
「分かればよいのじゃ」
「予算を更に上乗せしよう。明日にもやらせる」
「ふははははは、小童もみどころあるじゃないか。マテオの次くらいじゃがな」
じいさんは思いっきり喜んだ。
えっと……なんだか本人が置き去りにされて話が進んでるけど。
これって……俺を溺愛する人が、また一人増えたって事?
☆
夕暮れの中。
部屋の中で、地上の最高権力者が、服を脱いでいた。
布でつぶしていた胸が膨らんで、カツラで隠していた長く綺麗な髪が瀧のようにこぼれ落ちる。
皇帝が、男装をといた。
最高権力者の皇帝が実は女だった、と知っているものはこの世で五指にもみたない。
皇帝はいつも、男として人前に出ていた。
だから――。
「綺麗なんて……初めて言われた」
――この日、皇帝は初めての体験をした。
今まで一度も言われたことの無い、「綺麗」と言われた。
しかも、そこには追従やおもねりと言ったものはまったく無い。
六歳の子供から、出会い頭に言われた、心からの言葉だ。
だからその言葉は、胸に染みこんだ。
「胸がドキドキする……なんだろう……この気持ち」
初めてだから、彼女には芽生えた気持ちが分からなかった。
分かっているのは――。
「マテオ……」
皇帝が、二重の意味で――二倍の意味で。
マテオを、この先溺愛していく、ということだけだった。
この話で第一章は終わりです、次から第二章です
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