189.昔は陸だった
「あなた達は人間? でも……海の中で、喋ってるし、え? あれ?」
目の前の女王様によく似てる人魚はこっちをみて、一方的に独り言をまくし立てながら、頭をかかえて混乱していた。
「マテオ、その者が人魚の女王なのか――マテオ?」
「え?」
今度は背後から、イシュタルのやはり混乱したような声が聞こえてきた。
振り向くとそこにはイシュタルとオノドリムがいて、イシュタルだけでなくオノドリムも驚いた表情をしていた。
「その姿……」
「姿?」
「マテオに戻っちゃってるよ?」
「え?」
俺はべたべたと、自分の顔を触ってみた。
目には見えないが、自分の体だから何となく分かる。
海神ボディではなく本来のマテオの体に戻っているのが分かった。
まわりをキョロキョロと見回したが、海神ボディはどこにもなかった。
「ちょっとまって! イシュタルこそ!」
「え?」
「本当だ! 女にもどってるよ」
俺とオノドリムの指摘で、今度はイシュタルが自分の顔をべたべたと触る事になった。
イシュタル――皇帝陛下。
元々はものすごく美しい女性だが、皇帝陛下という事でその正体を隠していつも男装している。
それを海神ボディの力を使えるようになった俺が、彼女を「青き尊き血の使徒」にした事で、彼女は神の使徒として肉体を変える力を手に入れた。
元の姿から海水をかぶったら男の姿になって、男の姿から真水をかぶったら元の女の姿に戻れる。
だから驚いた。
今は海中にいる。
見知らぬ人魚と一緒の海中にいる。
常に海水に包まれている状態だから、イシュタルは男の姿のままのはずが、女の姿に戻っている。
女の姿、しかし男装の格好。
そんな格好のイシュタルは出会った時と同じようにめちゃくちゃ美人だった。
「これは……マテオのそれと原因が同じなのだろうな」
「そういうことになるね」
俺とイシュタルは頷きあった。
理由はまったくわからない、しかし海神ボディとイシュタルの男女の変化はどっちも海神の力由来という事はわかっている。
俺が海神ボディからマテオに戻ったのと、イシュタルが女の姿に戻ったのと。
同じタイミングなら原因も同じなんだろうと、お互い確信している事を相手の表情から読み取った。
そうなるとたぶん――。
「あ……あなた達は何者、ですか?」
おそるおそると、探り探りって感じで問いかけられた。
振り向くと、さっきの人魚が一段と警戒している様子で、ちょっとだけ俺達から距離をとっていた。
そういえばこれも何も解決してなかったな、と。
俺は何をどう答えればいいのかこまった。
何しろ自分もほとんど何も分かっていないのだから答えに困ってしまう。
「えっと、なんていえばいいのかな」
「人間……なんですか?」
「うん、それはそう」
「あたしはちがうけどね」
オノドリムが俺達――人魚も含めた俺達三人とは違う、迷いのない明るい口調で言い切った。
「え?」
「あたしは人間じゃない、人間のすがたしてるけどね」
「じゃ、じゃあ……?」
「あたし大地の精霊オノドリム、海の民にはもしかしたらなじみの薄い名前かもしれないけどね」
「大地の精霊……様?」
人魚の子は見るからに困惑した。
すぐに馬鹿な話だと笑い飛ばす事をしないところをみると、大地の精霊の存在自体はしっていて、でも「この人が……?」という感じの反応だった。
そうして、オノドリムと俺達を交互に見比べる。
「精霊様と……人……間?」
オノドリムの存在に納得すると、今度はその大地の精霊と一緒にいて、なおかつ海中でも普通に行動してしゃべれる俺達はなにものか、という当たり前の疑問になった。
「……我々は精霊様の従者だ」
俺が答えあぐねていると、イシュタルが代わりにとばかりに説明を買って出た。
しょっぱなからウソの説明に俺はやや驚いた。
「従者、ですか?」
「そうだ。精霊様は調べごとをなさっている。それに随行し、手足となって働くのが我々だ――そうでございますね、精霊様」
「え? あー、うんうん。そうそういうこと」
いきなり話を振られたオノドリムはややあせって見えたが、それでもイシュタルの話に乗っかった。
俺もイシュタルの意図はまだ掴みかねているが、ここは話に乗っかった方がいいと思った。
「……あの、本当に精霊様ですか?」
「もちろん」
「なにか証拠になるものは……?」
「証拠? うーん、海の民にも分かる証拠ね……あっ」
一瞬だけ考えたオノドリムはすぐに何か思い出した感じでポンと手を叩いた。
「ちょっとついてきて」
オノドリムはそういって、先導して飛び出した。
海中だが泳ぐよりも空を飛ぶ感じでうごいた。
俺は力を使って、イシュタルをつれて後を追った。
最初は速度をあげずに人魚をちらちらとみたが、彼女が少し迷いながらも泳いでついてくるのを確認してから俺も速度をあげた。
「精霊様はなにを?」
「さあ……?」
オノドリムの意図を理解しないままついて行く。
やがて、海のすこし浅いところにやってきた。
頭上にある海面がさっきより大分近い、浅い海。
そこにオノドリムがとまって、俺達にふりむいた。
「この真下を掘ってみて。30メートルくらい」
「え?」
「ほ、掘るのですか?」
「そ。真下にまっすぐね」
「私……掘るのは……」
「あっ、それなら僕が」
俺がそういって、代わりを買って出た。
魔力を変換して練り上げて、それをつかってオノドリムの指示通りに真下を掘っていく。
まるで井戸を掘るように掘り進めていく。
掘り進めていくと、オノドリムもイシュタルも、人魚も一緒に穴――井戸の中についてきた。
やがて、オノドリムが指示した30メートル位の所にたどりつくと。
「ストップ。もうそこにあるからあとはあんたが掘り出して」
オノドリムはそういって、俺をとめて人魚にいった。
人魚の子は困惑しつつも、オノドリムに言われたとおり俺の後を引き継ぐ形で穴の底を手でをった。
すぐに何か堅い物をを掘り出した。
「これは……化石……鳥の?」
人魚は掘り出した物を見て、不思議がった。
彼女が発した疑問の言葉通り、それは鳥の化石だった。
俺もイシュタルもびっくりした。
「どうして鳥の化石が海底に? しかも海底の更に下に」
聞くと、オノドリムは「ふふん」と、ここぞとばかりに胸をはった。
「この辺は大昔は陸だったんだよ」
「ええ!? そうなの」
「うん、人間が文字を使いだすよりも大分前のことだけどね。その頃の鳥で、それが化石になって、その後にこの辺が海に沈んだわけ」
「大地だった頃の事をまだ覚えてたってことだね」
「そういうこと。これで信用出来る?」
「は、はい……」
海中から鳥の化石が出土した。
その事に人魚はまだ困惑している様子だが、とりあえず目の前の者はただ者ではないということだけはわかってくれたようだった。




