17.自爆
俺は二人のじいさんに連れ回された。
公爵と侯爵の二人。
パーティーに参加した者達は、次々と二人に挨拶に来た。
しかもかなり、恭しい感じで。
貴族とか、騎士とか、商人とか。
いろんな人がいたが、彼らには一つの共通点があった。
それは、まずじいさん達に恭しく挨拶をしてから、わざとらしく俺に気づいて、俺の事を紹介してもらうように「お願い」した。
それでじいさんが俺の事を紹介すると。
「いやあ、利発そうな子だ」
とか。
「礼儀正しくて賢い子だ」
とか。
褒めすぎない様に俺を褒めていた。
すると、それで気をよくしたじいさんが俺の事を自慢し始める。
「利発どころではないのじゃ、もう既にいくつもの魔法を覚え、さらには余人には使えぬ古代魔法まで扱えるのじゃ」
そんな風に、堂々と俺の事を自慢した。
「なんと、古代魔法ですか?」
「うむ。マテオや、今ここで見せてやることは出来るか?」
「うん、大丈夫だよ」
「よし。誰か、怪我をしている者はおらんか。出来ればわかりやすい外傷がよい」
じいさんはまわりを見回した。
みんながためらっていた。
そんなことを言われても、素直に「はいケガしてまーす」とは言えないって感じの顔だ。
そんな顔で互いの顔を見比べては、目をそらしている。
……ああ、そうか。
みんな空気を読んでるんだ。
何しろ「古代魔法」だ。
普通に考えて、それを六歳の子供が使えるわけがない。
じいさんの行きすぎた孫びいきだと思うのが普通。
そうなると、ここで名乗り出たら、じいさんが溺愛している孫の嘘――とまでは行かないにしても、実はダメだったという事を暴く事になる。
公爵様の不興を買う、その矢面に立つなど出来ない。
って、所だな。
そうなると、この場を納めるには、俺が子供として、空気を読めないわがままで話を逸らした方が一番すんなり収まる。
なら――。
「私、膝をすりむいてるけど、それでいいかな」
と、幼い女の子の声が聞こえた。
全員の視線が一斉に集まる。
今の俺と同じ六歳くらいの女の子、可愛らしいドレスを着ている。
ドレスの生地とかアクセサリーとか、仕立てそのものから見て、結構な家柄の子のようだ。
それでも、子供だった。
俺よりも先に、天然の、子供の空気読まない感じが炸裂した。
「うむ、丁度よいのじゃ」
じいさんがいうと、まわりの大半が「あっちゃー」って顔をした。
やっぱり、俺に失敗をさせたくないんだな。
「さあ、こっちに来なさい」
子供相手だからか、じいさんは優しげな声で呼びかけた。
ドレスの女の子は近づいてきた。
「膝をすりむいたのじゃな、見せておくれ」
「うん」
女の子はスカートを摘まんで、持ち上げた。
フワフワのスカートを膝上まで上げると、確かに、右膝がすりむけていた。
まだ真新しい傷は、かさぶたにもまだなっていなかった。
「うむ、やはり丁度よい。マテオや」
「うん、わかった」
話がここまで来ると、俺が固辞する理由はどこにもなかった。
俺は女の子に近づき、しゃがんで膝小僧の前に手をかざした。
ああ、もうちょっと手を離して、見えやすくした方が良いな。
まわりのみんなに見えやすくするように少し手を離した。
そして――回復魔法を使う。
魔力を体の中で変換、そして術式に沿って発動。
手の平からあふれる癒やしの光が、女の子の膝を照らす。
そして――傷が消える。
「わあ、治った。ありがとう!」
女の子は無邪気に、素直に俺にお礼を言った。
子供の反応はこの程度だった。
しかし――。
「な、なんだ今のは」
「傷が消えたぞ? まさか……本当に古代魔法?」
「信じられない……」
知識のある大人連中は一斉に驚愕した。
「うむ、よくやった。さすがマテオじゃ」
大人達が驚けば驚くほど、俺を自慢したい病のじいさんはご満悦になる。
「ふん、リンもいつかそれくらい出来るようになる」
ウォルフ侯爵が強がって張り合おうとしているのは、まあご愛敬って感じだ。
皆の俺を見る目が変わった。
じいさんのオプションのついで、から。
もしかしてすごいかもしれない一個人、という風に、変わっていったのだった。
こうして、俺はじいさんの誘導のもとで、華々しいデビューを飾った。
☆
パーティー会場中俺の話題で持ちきりになった頃、俺はマルチンに呼び出された。
屋敷の裏、会場の喧噪も遠く聞こえる林の前。
メイドを使って俺を呼び出したマルチンが待ち構えていた。
「えっと、どうかしたのマルチン兄さ――」
「お前、今すぐ帰れ」
マルチンはまるで、親の敵を見るような目で俺を睨み、言い放った。
「えっと……」
いやまあ、そうなるよな。
元はといえば、今日はマルチンの誕生日のパーティーだ。
それを俺が話題を丸ごとかっさらっていった。
怒るのは……しょうがない。
「わかった、じゃあおじい様に一言挨拶してから――」
「んなのいいから今すぐ帰れ!」
マルチンはつかつかと俺に近づき、手をつかんできた。
「痛ッ――」
二十歳の男と六歳の少年。
肉体的な差は歴然で、遠慮無しにつかまれた手首はものすごく痛かった。
声を上げた俺は、同時に体が反応した。
――パチッ!
「いてええ!」
宵闇の中、つかまれた手首の辺りから火花が飛び散った。
マルチンは声を上げて、つかんだ俺の手首を離した。
「あっ……」
つい、やってしまった。
危険を感じてしまって、雷の魔法を無意識で使ってしまった。
それではじかれたマルチン、おそらくはしびれているであろう自分の手をつかんで、見つめて――ますます目が血走って、怒りを露わにした。
「こいつっ!」
そして手を振り上げて、俺に殴り掛かろうとした。
「やめぬか!」
「えっ!」
マルチンの手が止まった。
俺とマルチン、同時に声の方に振り向いた。
じいさんが、険しい顔で現われた。
「おじい様」
「じ、じいさん……これは違うんだ、こいつが――」
「一部始終見ておったのじゃ」
「なっ――」
「情けない、六歳児に嫉妬したあげく、手まであげるとは」
「うっ……」
「元から度量無しとは分かっておったが、そこまで小さい男だとは思わなかったのじゃ」
さっきのマルチンとは対極的な、じいさんの冷たい目。
失望、という額縁に飾ったらこれ以上ないくらい相応しい、冷たい目。
「失望したのじゃ」
「……っ」
マルチンは、まるで死刑判決を言い渡された囚人のような、絶望的な表情になってしまうのだった。
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