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159/246

159.2倍と3倍

 夜、屋敷の庭園の中。

 俺はイシュタルと二人で花壇の前に立っていた。


 月明かり頼りだけど、それだけでも分かる位、花壇の花たちはこれでもかってくらい咲き誇っていた。


「夜なのにすごく咲いてる。こんなの今までなかった……」

「やはりそうなのだな? 余は今まで夜間の植物はほとんど気にも留めていないから、報告で受けてそうだとしか知らぬのだが……」

「うん、すごいよ。普通こんな風に咲いてない」


 俺はそういい、花の一輪をたぐり寄せた。

 何かの間違いかも知れなくて、それでもろくなってるかもしれないから、出来るだけ優しくするように心がけながら、その花をたぐり寄せた。


「花だと、普通は夜になると咲いたのがまた閉じる事が多いんだ」

「ふむ」

「葉っぱだけの作物でも、昼間は日差しを受けるために葉っぱがぴんと太陽の方を向くけど、夜になると垂れちゃうことが多いんだ」

「植物も夜は眠るのだな?」

「うん、僕もそういう感覚だよ」


 イシュタルの言葉に頷き、同調した。


 この事に関しては転生してから得た知識じゃなくて、転生前の村人として、日々の生活の中で自然とみについた知識だ。


 俺の中でも古い知識なだけに、それが今覆されている事の衝撃がかなり大きかった。


「これがイシュタルの所に報告がきたの?」

「そうだ」


 イシュタルは皇帝の顔で、深く頷いた。


「昼夜のバランスが崩れた直後だったのでな、それに関わる事象に各地の領主が過敏になっているのだ」

「あっ、そっか」

「だから余も真っ先にマテオの所に来たのだ」

「うん」


 イシュタルの説明に納得した。


 夜の太陽、エクリプスが原因になった「よるがこなくなった」一件は未だ記憶に新しい。

 あれこれやってなるべく大衆には気づかれない様にして、パニックになるのを抑える事に成功したけど、事が事なだけにやはり領主クラスの人間は知っている者も多い。


 そこでまた似たような事が起きれば当然皇帝であるイシュタルにも報告がいき、イシュタルは俺に話を聞きにくる――という訳だ。


「マテオが何かしたのか?」

「ううん、僕は何もしてないよ」

「じゃあ夜の太陽――エクリプスの仕業か?」

「それも聞いたみたんだ、空の上に戻ってるときに何かしてるのか? って。でもエクリプスは『ごしゅじんさまとあそんれいるらけ』っていってるんだ」

「マテオと?」

「うん、えっと――」


 俺は皮の自動操作のことをイシュタルに説明した。

 エクリプスが動かすんじゃなく、俺が動かした皮をエクリプスに持って行かせるようにした、そうなるまでの事を一通り説明した。


 最後まで黙って聞いたイシュタルは。


「直接な関係はないだろうが、無関係だとも思えないな」

「うん、僕もそう思う。もともと『夜がなくなった』のはエクリプスが寂しいって感じたからで、その皮を持たせたことで、話を聞く限りさみしさから完全に脱却出来ているみたいだから」

「つまりこれもマテオの功績なのだな」

「え? いや功績っていわれる――」

「さすがだぞマテオ! この事は満天下に知らしめねばならん」

「ええっ!? ちょ、ちょっと待って!」

「止めるなマテオ。作物が昼夜問わず成長するのなら収穫量が二倍に跳ね上がる。この歴史的な偉業を埋もれさせるわけにはいかん!」


 力説するイシュタルは「いつもの」モードにはいった。

 ほとんどの場合が爺さんとはりあっているが、たまにこうして単独でやることもある。

 暴走気味に俺を溺愛するモードだ。


 この状態に入ってしまうともはや止められない。


「安心するがいい、マテオ。事が事だ、余は軽挙妄動を慎むつもりだ」

「よかった、じゃあ僕の事は――」

「まずは事実確認だ。確定で作物が昼夜問わず育つのを確認してから大体的に喧伝するつもりだ」

「あ、うん」


 イシュタルの言葉に俺は苦笑いするしかなかった。


 軽はずみな事はしないといったけど、やらないとはいっていない。

 むしろちゃんと確認をとって、確認が取れれば大々的にやる。


 なんだろう……慎重にやるっていった分、溺愛度がより上がったと感じるのは気のせいだろうか。


「待っていろマテオ、すぐに帝国全土に確かめさせるぞ!」


 イシュタルは興奮に気味にいい、意気揚々と立ち去ってしまった。


 あまり俺の功績だって広められるのは困るけど、イシュタルが興奮するのはわかる。

 むしろ村人だった俺の方が、実はこっそりと興奮しているのかもしれない。


「本当に収穫量が二倍になるのなら――」


 村人達の生活が、今よりもっと良くなるはずだと、俺はひっそりと興奮していた。


     ☆


 翌朝、朝食を取り終えたくらいのタイミングで、メイドのローラが来客を告げてきた。


「ダガー先生?」

「はい、そのように名乗っておりますが……お会いに成られますか?」

「ダガー先生がなんのご用なんだろ……とにかく通して」


 そういうと、ローラは一礼して部屋からでていった。

 俺は不思議がった。


 イシュタルの一件で知り合ったダガー先生、俺がその時にもったイメージだと俺に訪ねてくるような人じゃないはずだ。

 何かあったのかな? と思っていると、部屋の中にも響くほどの足音の後、ダガー先生が部屋に入ってきた。


「お久しぶりです、ダガー先生・何かあったんですか――」

「あの話は本当なのか?」


 ダガー先生は前置きとか挨拶とか世間話とか、そういった物を一切合切すっ飛ばして本題にはいった。


 すっ飛ばしすぎたせいで、本題がなんなのか俺にはまったく分からなかった。


「待って待って、どうしたのダガー先生。なんの話なの?」

「とぼけないで。夜でも植物が継続的に生育するという話だ」

「えっと、それをどこから?」


 即答をさけ、まずはダガー先生の表情をうかがい見た。

 昨日のイシュタルの話だと、今はまだ領主クラスかそれに近しい人間だけが知っている、気づいている事のはずだ。


 ダガー先生は医者、しかも権力者に一切おもねることのないタイプの、一匹狼的な医者。


 彼女がこの事を知っているのは何でだろうと不思議がった。


「答えろ、本当なのか?」

「えっと……それは」

「本当なんだな? だったら頼みがある」

「えっと、ちょっとまって。まだ本当かどうか――」

「貴重な薬剤になる植物がある。夜間でも継続して生育するのなら2倍――いや3倍以上の速さで育つんだ」

「え? 3倍!?」


 それはどういう理屈なんだ? と。

 ダガー先生の剣幕以上に、俺はその話にひきこまれたのだった。

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