154.半日はほしい
「動いてたって、どういう事なの?」
慌ててサラにその時の事を聞いた。
直前に起きた出来事だったからか、サラは淀みなく答えた。
「同じことをしてた、手の平をこう――、マリンスノーをキャッチし続けながら」
サラはそういって、自分の手の平を上向きにして、今も降り続けているマリンスノーをキャッチし続けた。
「それって、キャッチが出来てたの?」
「うん、ちゃんと追っかけてキャッチ出来てた。すごかった!」
「そうなんだ……今はもう動いてないみたいだね」
そういって、海草のようにうかんでいる皮に視線をむけた。
「うん、途中で急に糸が切れた人形みたいになっちゃって」
「そうなんだ」
俺は一度皮にエクリプスの力を通した。
皮はそれで骨が通ったかのよう感じで起き上がった。
すぐにエクリプスの力を切った、一瞬でまた動かなくなった。
「だめみたいだね」
「やっぱりマリンスノーのおかげかな」
「やってみようよ」
「うん」
頷き、更にエクリプスの力を通した。
動き出した皮を操作して、手の平でマリンスノーをキャッチした。
キャッチされたマリンスノーはさっきと同じようにボワッと光っている。
「とりあえず十粒。またやめるね」
「うん――あ、動いてる!」
「うごいてるね」
「いまってやめてるよね――ああっ! とまっちゃった」
サラのテンションはあがったり落ちたりとめまぐるしく変化していった。
が、気持ちはわかる。
それだけの変化が目の前で起きたからだ。
「十粒だとほんの一瞬しか持たなかったね」
「ということは量の問題かな?」
「それもやってみよう」
三度、皮をエクリプスの力で操作する。
今度は両手を使って次から次へとキャッチした。
「ごー、ろーく、しーち、はーち――」
俺の横でさらがキャッチしたマリンスノーの数を数えた。
雪のように、というのが今はすごく助かった。
雨くらいの速度だと数えるの追いつかなかっただろうけど、しんしんと降りしきる雪――そんな感じだからマリンスノーと名付けられたそれは、サラがしているように間延びした数え方でも間に合った。
「九十九ーー百」
「ありがとうサラ」
お礼を言いつつ、皮の手を下ろした。
これ以上キャッチしないようにと手を下ろした。
「じゃあ、また止めるね」
「うん」
「わかりやすいようにその場で足踏みさせてみるね――せーの」
俺はかけ声とともにエクリプスの力を止めた。
止める直前に足踏みをさせた。
力を止めても、皮はしばらく足踏みを続けた。
「動いてるね!」
「うん」
「10倍くらいだと、そろそろかな……あっ、とまった」
「とまったね。大体10倍くらいだね」
「キャッチしたマリンスノーの量がそのまま動ける長さだね」
「うん」
簡単なテストだけど、俺もサラもマリンスノーの量が、俺の力が途切れた後も動ける長さと比例していると確信した。
多少の誤差はあるだろうけど、もうちょっと詳しく検証した方が細かいところが分かるだろうけど、たぶんそれで間違いないだろう。
「あっ、そうだ」
「どうしたの?」
「こっちの事をすっかり忘れてた」
俺はそういって、持って帰ってきたもう一枚の皮を掲げて見せた。
サラは一瞬ぽかーんとなったが。
「あっ、大地の精霊の」
「うん、僕もすっかり忘れてた」
そういって苦笑いをした。
オノドリムの加護でどうなるのか? も気になる所だったけど、俺が離れてもマリンスノーの力で動き続ける事の方が衝撃的だったからそれで頭がいっぱいになった。
思い出したから、こっちも試してみた。
エクリプスの力を通して、同じように操作して手の平でマリンスノーをキャッチしてみる――が。
「吸収してないね」
「そうだね。こっちは――普通にするね」
海神コーティングの皮を操作して、キャッチする。
オノドリムコーディングとちがってこっちは普通にマリンスノーを取り込めた。
いろいろ条件を変えてやってみた。
立ち位置とか、動き方とか、エクリプスの力を切った後動かす順番とか。
それを色々と変えてやってみたけど。
「これもダメみたい。やっぱり海神様の血だからだよね!」
何度目かのテストのあと、サラは目を輝かせながら、俺にテストの結論を求めてきた。
目を輝かせているのはやっぱり、「海神様だから!」なんだろう。
人形として、海の民として。
海神だからすごい事ができている事が嬉しいんだろう。
実際、色々やって俺もそうだとしか思えなかったから。
「うん、僕もそう思う」
そうこたえた。
するとサラは更に嬉しくなった。
手を胸元のあたりでくんで、人間なら飛び跳ねているような感じで、海中を器用に泳いで回った。
「すごいすごいすごーい! 海神様すごい! マテオすごい!!」
「ぼくも?」
「うん! だってマテオじゃなかったらそれも分からなかったでじゃない」
「あはは、ちょっとてれちゃうな」
「照れることないよ、本当にすごいんだから」
そう言われてしまうと余計に照れてしまう物だ。
俺はその照れをごまかすかのように、海神コーディングの皮でマリンスノーをキャッチしつつ、つぶやくようにいった。
「あとはどれくらい溜められるかだけど……半日くらい溜められるといいな」
「半日? なんで半日なの? 一日の方がもっといいじゃない」
「もちろんそうだけど、半日分溜められるかどうかで一個、使い道があるから、半日はできれば――ううん」
言いかけて、クビを振って、上を見あげた。
海底だから上は海面だが、その更に上。
ここからでは見えない、空にいる夜の太陽。
エクリプスのために、半日分は持ってほしいなと心の底から思った。




