135.雌雄同体
少し悩んだけど、好奇心の方が上回ってしまった。
俺はノワールに言った。
「そのやり方、教えてくれるかな」
「かしこまりました」
「……いいの? そんなにあっさりと」
「はい。ご主人様の要望に異論を唱える理由が私にはありませんので」
「それは……そっかー」
言われて妙に納得してしまった。
俺の立場からすれば迷いがあって当然だが、確かにノワールにしてみれば迷いもためらいもまったくする必要はない。
そうする理由が一つも存在しないのだ。
自分の感覚をそのまま投影してしまったが故に間違いだ。
「じゃあ、おしえて」
「はい。まずは材料集めでございますが、これがもっとも困難と言っていいでしょう」
「どういう材料なの?」
「雌雄同体の生物の、成長を続けている部位を持ちいります」
「雌雄同体……どうしてなの?」
「その技法は、最初に編み出した人間の妄執の産物、ともいうべきものだからでございます」
「妄執って、なんかおだやかじゃないね」
「いえいえ、実に穏やかでございます」
ノワールはそういい、今日イチの「いい笑顔」を浮かべた。
「どういうこと?」
「妄執の内容、それは『究極の女装がしたい』というものでございましたので」
「……はい?」
俺はきょとんとなった。
ノワールの口から出てくる言葉、その理由が想像の遙か斜めしただったからだ。
「女装? 究極の?」
「はい」
「どういうこと?」
「そのままの意味でございます。娼婦が美女の皮をではなく、中年男性が女性の皮をかぶりたい、そのために編み出した技法でございます」
「あっ、そっか」
俺は納得した。
ものすごく納得した。
最初はピンとこなかったけど、ノワールの説明を受けてめちゃくちゃ納得した。
今までの話をもう一度思い出す。
確かに女の皮をかぶってしまえばそれは女装で、「究極の女装」という表現は何となく理解できる。
女装趣味が一部の人間にある事は本を読んで知っているので、一度点と点がつながると芋づる式に理解した。
「その人は技法を完成させたの?」
「はい」
「じゃあ満足したんだね、きっと」
「いいえ、実はそうでもありませんでした」
「え? どうしてなの?」
「皮を作って、それを着て見た目は完璧になりました。しかし」
「しかし?」
「人間は欲深い生き物でございました。見た目が完璧になれば、今度は声も女性のものを出せるようにしたくなったのです」
「わー……」
「そしてそれを実現させるには、その方の寿命がたりませんでした」
「そうなんだ……」
新しく目標が生まれて、それは死ぬまでに完成しなかったって事か。
それはなんというか、ご愁傷様だな、とおもった。
「うん、でもそれって」
「はい、ご主人様の目的には何ら影響はございません」
「だよね」
俺は頷き、ホッとした。
否定的な話が一瞬はさまれたけど、それは俺の目的には影響しない話だ。
俺の目的は自分の皮を作って、それをエクリプスから授かった力で操作する事。
声が再現できないなんて話はこの際どうでもいい話だ。
「えっと……じゃあ雌雄同体の生き物をまず探すところからだね」
「おっしゃるとおりでございます」
「なにがあったかな……かたつむりでしょ、ミミズでしょ、あっ、おしべとめしべが同じはなのなかにある植物はどうかな」
俺は頭のなかから知識を引っ張り出してみた。
爺さんたちが揃えてくれた本をたくさん読んだことで、そのあたりの知識は割とある。
「さすがご主人様、博識さに感服いたしました」
ノワールは慇懃に一礼してから、さらにつづけた。
「そのものはかたつむりの殻をつかっていました。また植物では上手くはいきませんでした」
「そうなんだ、じゃあかたつむりを大量に集めないとね」
俺は頷き、集め方を考えた。
メイドに頼むか、あるいは爺さんにたのむか。
爺さんに頼んでもいいけど――。
「やまほどあつめちゃうよね……」
そうつぶやき、爺さんはやめようと思った。
なんというか、かたつむりはそんなにみていて気持ちのいい生き物じゃなかった。
そして爺さんは俺の頼みごとだと加減なしにやるだろう。
屋敷いっぱいの、最低でもこの部屋ぎっしりはいるだけのかたつむりが集まりそうだとよそうした。
その光景を想像すると――ちょっとげんなりした。
さすがにそれはちょっと嫌で、メイド達にお願いしたり、あるいは自分であつめたり。
そうしようと俺は思った。
「お手伝いいたします」
「うん、おねがい」
ノワールの申し出にうなずいてやった。
何となくだけど、これは大丈夫だと思った。
本当に何となくだけど、今までのノワールとのやり取りを振り返れば、執事の領分内の事はいくら頼んでも大丈夫、そんな気がした。
そうでなくてもかたつむりをちょっと集めるくらいで見返りを要求されはしないだろうとおもった。
だから頼んだ。
「それで、どれくらいあつめればいいの?」
「その方は――」
ノワールが答えた瞬間、ドアが開いた。
開いたドアからイシュタルがやってきた。
イシュタルはここに来る時のいつもの格好、女の体に女装すがた、そんな格好で現われた。
彼女はスタスタと部屋の中に入って、俺に向かって歩いてきた。
「ここにいたのかマテオ」
「いらっしゃい、どうしたの?」
唐突に現われたイシュタルだが、それはもういつもの事で、俺はまったく驚くことなく聞き返した。
「うむ、マテオの顔が見たくなったのだ」
「あはは」
「それよりもマテオ、何か困ったことはないか? ……ロックウェル卿はいないな? なんでもいっていいぞ」
イシュタルはそういい、爺さんを出し抜ける状況かもしれないと確認してから、更に言ってきた。
相変わらずだな、と俺はおもいつつ。
「ううん、大丈夫だよ。いつもありがとうね――」
言いかけ、俺は固まった。
イシュタルを見つめ、固まった。
「マテオ?」
「……」
「ま、マテオ? どうしたのだ? わ、私の顔になにかついているのか?」
俺が余りにも見つめるもんだから、それまで余裕たっぷりで、爺さんを出し抜けるかもと意気込んでいたイシュタルが急に赤面して、慌てだした。
「雌雄……同体」
「え?」
「あのね! 力をかしてほしいの!」
「え? ええ?」
俺はイシュタルに迫って、手をとった。
いきなり手を取られて、顔を迫られたイシュタルはますます赤面して慌てた。
「イシュタルにしかできないことなの」
「えええええ!?」
君にしか出来ない――そう言われた瞬間、イシュタルは知り合ってからで一番、真っ赤っかになるくらい赤面してしまったのだった。




