124.突然変異
昼下がりのリビングの中、俺はやってきたイシュタルと二人で向き合っていた。エヴァは俺の足元で、ちびドラゴンの姿で昼寝って感じで丸まっている。
女バージョンの姿でやってきたイシュタルは背中に日差しを受けて、元から綺麗だったのが、後光差している状態になってますますきれいに見えた。
そんなイシュタルにエヴァの一件を打ち明けた。
「レッドドラゴンの卵……か」
「うん、もうひとつとか……ないかな、って」
「残念ながらそれはないだろう」
イシュタルはほとんど考えずに即答した。
彼女ほどの人間がそう言うのならそうなんだろうと思ったが――。
「えっと、その理由って?」
「結構有名な話で、マテオの屋敷にもそれが記載された本があるとおもうが。レッドドラゴンは一体しか存在しない生き物」
「そうなの?」
「ああ、そして死後、その死体の中からたまごが現われる。一体しかなく交配の様子もそもそもその相手が存在しないこともあって、死に際して転生するタイプの生物、という風に言われてもいる」
「そっか……そういうことなら探すだけむだなんだね」
「そういうことだ」
イシュタルがいい、俺は素直にそれを受け入れた。
エヴァに弟妹を作ってやるという発想から、一番手っ取り早いのはレッドドラゴンをもう一体――って考えたが、そうそう上手くは行かないようだ。
「レッドドラゴンじゃないとダメなのか?」
「そんな事はないよ。ただ、エヴァのためなんだから――」
名前が出たからか、エヴァは丸まったまま顔だけ上げて、「みゅー」と可愛らしく鳴いた。
そんなエヴァを撫でてやりながら、続ける。
「――あと想像したのがそもそも大型犬と小型犬みたいな光景だから。最低でもエヴァ――つまりレッドドラゴンのじゃれ合いにつきあえるような生き物じゃないとっておもったんだ」
「なるほど……その辺の生き物では到底レッドドラゴンの遊び相手にはならない、と」
「うん、そういうこと」
頷き、更にきいてみることにした。
「レッドドラゴンはないけど、他に強い生き物のたまごとかないかな。イシュタルの所に同じように献上されたものの中で」
「ある――」
イシュタルは即答したが、なぜか眉をひそめてしまった。
「――が、どこにあるのかわからん。その詳細も分からん」
「そうなの?」
「献上物が多すぎて、詳細をいちいちおぼえていないのだ」
「あー……」
イシュタルはシュンとなったが、俺は普通に納得した。
献上物が多いと言う話はちょっと前にもイシュタルの口から聞かされた事がある。
その時も同じ感じで、いちいち献上品の事なんて覚えていないといわれてた。
皇帝ともなればそんなもんだろうな、と普通に納得した。
「たが、確実にある」
「そうなんだ」
「ああ、珍しい生き物だ、というカテゴリーの献上品は何度も聞かされた記憶がある。それは間違いない」
「うん」
なるほどとおもった。確かに詳細を覚えてなくても、そういう感じで記憶に引っかかってる事はよくある。
「じゃあ……探すのをお願いできるかな」
「任せろ、マテオのためなら――」
「ふははははは」
イシュタルの返事に割り込んでくるかのように、ドアの方から笑い声が聞こえてきた。
振り向くとそこに爺さんの姿があった。
「おじい様!? いつ来たの?」
「ふふふ、話は聞かせてもらったのじゃ」
爺さんは「いつ来たの」に答えているようなしないような、そんな台詞とともに近づいてきて、イシュタルとむきあった。
イシュタルはといえば、爺さんが現われた事にはまったく驚きもしていなくて、逆に抵抗心を露わにした感じで向き合っていた。
「どういう事だロックウェル卿」
「こんな事もあろうかと、その手のものはあらかじめ集めさせておいたのじゃ」
「本当なのおじい様」
「うむ。グレードとしては小童に献上するレベルのものだったが、わしの手元にのこしてあるのじゃ」
「なっ――それはずるいぞロックウェル卿!」
「えぇ……」
俺は苦笑いした。
爺さんが献上品を取っておいたことを皇帝のイシュタルはとがめたが、その言葉が「ずるい」だった。
普通に考えればとても「ずるい」ですむような話ではないが。
「余がマテオにプレゼントできる物を横取りしていたというのか」
「ふふっ、これがわしとお前さんとの違い。より民と近い距離にいるわしならではのアドバンテージじゃ」
「ぐぬぬぬぬ……」
まるで爺さんにやり込められたような形で、ものすごく悔しそうにするイシュタル。
いや……その反応もちょっとおかしいよな。
「だ、だが。それをマテオの屋敷に運んでくるまでに――」
「心配ご無用じゃ。マテオに上げるつもりでいるものは全部あらかじめ地下の宝物庫にはこびこませている」
「――なにっ!」
「っておじい様!? 地下に宝物庫? そんなのがあったの?」
「うむ! こんなこともあろうかと作らせておいたのじゃ♪」
爺さんは若々しい語尾に、最後はウインクまでして見せた。
もはや大貴族の面影はどこへやら――という感じの孫を可愛がるデレデレ爺さんそのものになっていた。
そんな爺さんはイシュタルに向かって。
「というわけで、今回はわしの勝ちじゃな」
「ま、まだだ。マテオが満足しなければ負けではない」
イシュタルもイシュタルで、皇帝の威厳が微塵もないような、ひどく低次元の負け惜しみをいっていたのだった。
☆
五分くらいして、ノワールが部屋に入ってきた。
台車を押してやってきて、その台車の上にたまごのようなものがのせられていた。
「こちらでよろしいでしょうか、大旦那様」
「うむ、ご苦労なのじゃノワールよ。さがっているがいい」
「かしこまりました」
ノワールは慇懃に一礼して、爺さんの命令通りに部屋をでていった。
部屋に居着いたノワール、ちょっと前まではいなかったはずの執事の存在を、爺さんは何も疑問に思わずに普通に接していた。
その辺突っ込むべきなのかと迷っている所に。
「待たせたなマテオ」
「あ、うん」
爺さんが話しかけてきて突っ込むタイミングをそもそも失ってしまった。
ちなみにイシュタルは少し離れた所で悔しそうにそのたまごをにらむように見つめている。
そんなイシュタルを尻目にどや顔しながら、爺さんは俺に言ってきた。
「これがそのたまごじゃ」
「うん。えっと……なんのたまごなの?」
「ゴブリンじゃ」
「ゴブリン?」
イシュタルが声をあげた。
「何をいってるロックウェル卿、ゴブリンは人と同じ腹から生まれる生き物だぞ」
「ふっふっふ。甘いなこわっぱよ。マテオに贈るものじゃ、ただのゴブリンを大事にかかえて持っているわけがなかろう?」
「ぐぬぬ……」
イシュタルは一瞬で言い負かされて、一段と悔しそうにした。
いやそれで納得するのもどうよ? と思った。
爺さんは更に続けた。
「これはブルーゴブリンという特殊なゴブリンのたまごじゃ」
「ブルーゴブリン……レッドドラゴンとなにか関係があるの?」
「直接はないのじゃ。起源を辿れば普通のゴブリンに行き着くのじゃが、ある日『ザ・ワン』という特殊変異のゴブリンが生まれて、そこからブルーゴブリンという存在ができたのじゃ」
「へえ、そうなんだ。その『ザ・ワン』ってどういう存在なの?」
「そこまではわからなんだ。どの書物にも名前はのこっているが詳細がのう……」
「へえ……」
俺はたまごを改めて見た。
ブルーゴブリンか……。
「でもおじい様。これ、たまごというより岩みたいだよ?」
俺は爺さんにきいた。
疑問に思ってだした言葉通り、台車の上にのっているのはたまごっぽい形をしているが、見た目とか質感とかはどっちかと言えば岩だった。
「そ、そうだ。早まったなロックウェル卿、偽物を掴まされたにちがいない。待っていろマテオ、余がもっとすごい物を――」
「偽物かどうかはマテオが触れてみれば分かる事じゃ」
「え?」
「さあマテオ、レッドドラゴンの時と同じようにまずはふれてみるといい」
「あ、うん」
なるほどとおもった。
それが爺さんの狙いか。
これが本当のたまごかどうかは、エヴァのとき、レッドドラゴンの時と同じようにすればいいということか。
もし本物なら、俺の魔力をすって急成長する――と爺さんはふんだんだろう。
必ずしもそうなるとは限らないが、あの時とちがって、オーバードライブというのを当たり前のようにできるようにもなった。
それもあって、まずはたまごにふれてみようとおもった。
近づいて、たまごにそっと手を当てるように触れてみる。
すると――変化がおきた。
レッドドラゴンの時と同じように、岩のような見た目をしたたまごが俺の魔力を吸い込んでいて、光を放ち始めた。
「こ、これは――!?」
「あの時はいなかったが、同じじゃ。レッドドラゴンの時と同じじゃよ」
爺さんが更に勝ち誇ったようにいい、イシュタルはその場で両手両膝つくほどがっくりとなった。
皇帝と大公爵の意地の張り合い――は。
イシュタルのこういうオーバーなリアクションもあって、めちゃくちゃコミカルにみえる。
そして、光が収まったあと、岩のようなたまごがぱかっと割れて――。




