105.不死の夜
ノワールが去っていった後、エヴァはしゅるるる――と、レッドドラゴンから人間の女の子の姿に戻って、俺の前にやってきた。
シュン、とうなだれていて、ばつが悪そうにもじもじしている。
「どうしたのエヴァ?」
「ごめんなさいパパ……あいつ、やっつけられなかった」
「それは気にしなくていいんだよエヴァ」
「でも――」
「それよりもエヴァ、どこかケガしてない? 大丈夫?」
俺が逆に、という感じで聞き返すと、エヴァは一瞬だけ虚を突かれたかのようにきょとんとした。
「う、うん。大丈夫、ちょっとかすり傷を負ったけど、寝て起きたら治る程度だから」
「そっか、それなら良かった」
「本当にごめんパパ。でもっ! 次は大丈夫!!」
エヴァはぱっ! って感じでうつむきかけた顔を上げて、俺に迫ってくるほどの勢いで次は大丈夫だと主張した。
「絶対やっつけるから。頑張ってやっつけるから」
「うん。でも無理はしないで」
「大丈夫!!」
エヴァはそう主張した。
かなりの意気込みで、それだけノワールにいいようにあしらわれたことでリベンジに燃えているようだ。
その意気込みがかえって不安でもあったけど、このテンションだ、言葉でいってすんなり聞き入れられるとは思えない。
日を改めてやんわりと説得した方がいいと思った。
そう思って「無理しないで頑張って」とだけいって、エクリプスの方を向いた。
エクリプスの方はエヴァとちがって、いまいちどういう感情なのか読めない。
使徒化したことで「顔」は出来たが、その顔も逆さまになっていて、材質がそもそも「岩」のままだ。
傍から見れば石像が逆さまになった顔だから、表情がまったく読めない。
「エクリプスは大丈夫?」
『だいじょうぶ』
「そっか」
俺は頷いた。
エヴァとは違って、エクリプスのそれは実にあっさりとした物だった。
もとよりエクリプスはノワールと直接事を構えていないからそんなもんだろうなと思う。
エクリプスもそれでいったん横に置いて、俺は真横にたっているマテオボディの方を向いた。
なんというか、めちゃくちゃ不思議な感覚だった。
始めて海神ボディに乗り移ったときもマテオボディをみて不思議な感覚だったけど、今はあの時以上だ。
あの時はマテオボディが言葉通り「魂の抜けた体」で、目も閉じていて寝てるか死んでるか見たいなかんじだった。
だからまだよかった。
でも今は、マテオボディは立って、目も開いてこっちを見ている。
それを俺が操縦しているけど、めちゃくちゃ不思議なきぶんだった。
「パパ?」
「ああいや、不思議な感じだなって。自分の体が目の前で動いているのって」
「そっか、うん、そうかも」
「とりあえずそれはいいや。夜も遅いし、マテオの方の体に戻って、海神ボディは海の方に返しとこう」
「お手伝いいる?」
「大丈夫、ちゃちゃっとやっちゃうから」
俺はそう言い、いつもの流れで海神ボディからマテオボディに乗りうつった。
渾身の魔力で魔法をつかって、それで起きた現象に乗っかって魂を写した。
マテオのボディに乗り移って、目を開けた瞬間だった。
「エクリプス!」
エクリプスの体が大きく欠けた。
逆さまになっている顔の下の方、目の片方がビシッ! と深い傷がはいった。
またノワールか!? と思ったけどそうではなかった。
「パパ! これって!?」
「ああっ。エクリプス! それをやめて!」
目の前の光景を見て、俺とエヴァは一瞬で理解した。攻撃されたのではなく、エクリプスが自分から何かをしているんだって。
なぜなら、エクリプスの目に裂け目が入った瞬間、そこから高濃度の力が流れ出して、海神ボディに吸い込まれていった。
それから更に一呼吸の後――。
「えっ!?」
目の前の光景が一瞬にしてかわった。
それまで海神ボディがみえていたのが、マテオボディが見えている光景になった。
自分の手をみる、海神ボディに戻っていた。
「これって――エクリプス!?」
『ごしゅじんさま、だいじょうぶ?』
「エクリプスがやったのか、これ」
『そう。ごしゅじんさまはしなな、まもるから』
「どういう事なのパパ?」
横からエヴァが困惑顔で聞いてきた。
俺は情報を頭の中で一度まとめてから、改めてエクリプスにきいた。
「エクリプスって、もしかして死んだ人を生き返らせる事ができるの?」
『できる、しんですぐなら』
「そっか……ぼくが死んだっておもっちゃったの?」
『ごしゅじんさま、たましいがぬけてた』
「そっか…………そういうことだったんだ」
「えっと……ぱぱ?」
「説明するとね、ほら、ボディの乗り換えってレイズデッドをかけた副作用みたいなのを利用したじゃない」
「あ、うん。そうだったね」
「それって、たぶんエクリプスには僕が死んでしまったように見えたんだよ」
「あ、だから今のやりとり……」
「そういうことだね」
俺は眉をぎゅっと寄せて、苦笑いをした。
死者を操る能力と、死んで間もない状態なら蘇生できる。
エクリプスの能力はまったく矛盾のない、同じ様なものだった。
だからすぐに納得出来たんだけど――これ以上やらせるわけにはいかなかった。
エクリプスの目の裂け目をのぞきこんだ。
それは欠損でいえば、さっきの黄金に変換した時の倍くらいの欠損だった。
つまり、さっきの倍は身を削っている。
それが見えてしまった以上、やらせるわけにはいかなかった。
「ありがとうエクリプス。でも違うんだ」
俺はそういって、エクリプスに海神ボディとマテオボディ、その関係性と現象を説明した。
ボディの乗り換えにレイズデッドを使い、死亡したようにみえるけど実際は死んでない。
だからここは蘇生はしなくていい、といった。
『わかった。たましいのいどうはなにもしない』
「うん、出来ればどんな状況だろうとやめてね」
『それはやだ』
「やだって……」
『ごしゅじんさましぬ、またひとり』
「あっ……」
『よるはしなない、まもるから』
「……うん」
俺は困ってしまって、頷くしか出来なかった。
エクリプスはただ身を削ってるだけじゃない、切実なんだ。
俺がいなくなればまた一人ぼっちに戻ってしまう、だから身を削ろうがまもらなきゃいけない。
ただの自己犠牲じゃなく、切実な理由からの行動だった。
それが分かってしまうと、止める分けにはいかなかった。
「うん、わかった。でも出来るだけ無理はしないでね」
『わかった』
エクリプスはそう返事してくれたが、何かあった時は絶対に身を削って俺を蘇生させようとするだろうと思った。
エクリプス、夜の太陽。
その関係で夜は死なないというすごい状況になったけど、手放しには喜べないという複雑な心境になってしまうのだった。
☆
夜が明けて、俺はまどろみの中目を覚ます。
マテオボディで屋敷のベッドの上。
人間としての感覚、慣れた感覚がそうだと告げていた。
人間ボディだからまたちょっと眠いけど、二度寝する前に起きようと思った。
今日はイシュタルの所に行かなきゃならない。
夜の太陽の一件はとりあえず解決したと、イシュタル――皇帝の所に報告しに行かなきゃだからだ。
だから起きた。
目がまだしょぼしょぼするので、いつも通り俺の寝起きを察したメイド達が身支度のためにやってくるのをまった。
しばらくして気配が伝わってきた。
そういえばドアって開いたっけ? と、まだ半分ぼうっとしながらそんな事を考えていると、何かが差し出されてきた。
「どうぞ、お使いください」
「ありがとう――ってえええええ!?」
差し出されたのはタオル、ほどよく絞られたぬれタオル。
それを受け取って顔を拭こうとしたが――気付いた。
「の、ノワール!? なんでここに!?」
そこにいたのはノワール。
昨夜と同じで、執事の格好をしたノワールだった。




