01.貴族の孫になりました
気がついたら俺は橋の下に捨てられていた。
原因は分からない。
ついでに何故か赤ん坊になっていた。
原因はやっぱり分からない。
ここはどこ、私はだれ? な状態から早くも半日が経過した。
最初の頃は声を上げようとしたら赤ん坊の泣き声しか出なかったもんだから思いっきり泣いてたら声が枯れてしまった。
腕を、足を、どうにか動かしてみる。
こっちはほとんど動かなかった。
ぷにっとした短い手足じゃ、立ち上がるどころか寝返りさえもうてない。
このまま誰にも見つからなかったらどうなるんだ?
橋の下に捨てられた赤ん坊。
餓死するのと、野犬に食われて死ぬの、どっちのがつらくないんだろうか――なんて。
そんな感じで、現実逃避してみたりもした。
太陽が東から昇って、橋の真上を通って、西に落ちていく。
じっとしてたらちょっとは体力が戻ってきたから、ちょっとだけあがいて泣いてみた。
おぎゃー、おぎゃー――と、やっぱり赤ん坊の泣き声しか出なかった。
「むぅ、やはり赤子か」
おっ、って思った。
俺の泣き声に反応して、しわがれた声が上から聞こえてきた。
老人の様な声だ。
直後、体の下に腕が差しこまれて、抱き上げられた。
そして目の前に老人のしわくちゃの顔がドアップで映った。
老人は俺を抱き起こして、俺を包んでいるボロ布をまさぐる。
「身元が分かるものは……ないか」
ないのか、と思った。
まあ、ないんだろうな。
橋の下に捨てていくくらいだ、身元が分かる様なものなんて残していないだろう。
あってもせいぜい「拾って下さい」とか、「名前は○○です」とか、そんなもんだろう。
「名前がわかるものもないようじゃな」
それもないのか。
完全に捨て子だな。
なんで捨てられたのか――そもそもなんで赤ん坊になってるのかはやっぱり分からないままだが。
でもまあ、これなら最悪の結果は避けられそうだ。
老人の口ぶりからして、このまま俺を置いていくということはなさそうだ。
餓死したり、野犬のおやつになることは避けられそうだ。
老人は俺を見つめた。
俺も老人を見つめ返した。
喋ることはできない、声を出そうとしても泣き声だけ。
だから、見つめた。
目で訴えかけた――拾ってくれ、と。
「不思議な赤子じゃな」
しばらく見つめ合ったあと、老人は独りごちた。
むむ? 俺自身には見えないなにか不思議なものでもあるのか?
「赤子らしからぬ落ち着いた目をしておる。まるで大人のような目じゃ」
……。
それ、大正解。
だって、俺は本当は赤ん坊じゃなくて大人なんだから。
それが目に表れているのか……目は自分じゃ分からないからな。
「ますます不思議じゃ、まるでわしの言葉を理解しているようじゃ」
それも、大正解。
「賢い子じゃ。うむ、これも何かの縁じゃ。わしが引き取ってやろう」
老人はそう言った。
俺はちょっとほっとした。
これで、最悪の事態は避けられたか。
「おるか、サイモンよ」
「はっ、ここに」
別の男の声がした。
ちょっと離れた所に「ざっ」っていう、砂利石をふんだ靴の音がした。
こっちは中年くらいの男の声だ。
とても落ち着いた、老人に対する恭しさを含んだ声だ。
「お主は一足先に戻って、赤子用のミルクやおむつ。それ以外も赤子に必要なものを一式そろえておくのじゃ」
「かしこまりました。屋敷の使用人に先日出産したものがおりますが、乳母にさせますか」
「ほう、それは都合がよいの。うむ、赤子は母乳で育てるべきじゃな、その方が健やかに育ちそうじゃ。それも用意させろ」
「かしこまりました」
「後はすべてお主に任せる。よきに計らえ」
「はっ」
短く応じて、頭を下げたっぽい感じがした後、砂利を踏む足音が徐々に遠くなって、その場から立ち去った。
俺は考えた。
男の姿は見えなかった。
赤ん坊の俺では首を回してそっちを振り向くことすらままならなかったからだ。
でも声と言葉使い、それに老人とのやり取りからして、どうやら老人はどこぞの家の主で、男はその上級使用人みたいだ。
執事……とかなのかもしれない。
執事を持てるってことは、このじいさんは……結構な資産家か?
「よし、わしらもゆるゆると行くかの」
老人は俺を抱いたまま歩き出す。
橋の下を出て、見たこともない街並みを歩く。
なんであれ、俺はほっとした。
とりあえず拾われて当面の心配はせずにすみそうだ。
――と、思ったのだが。
この時の俺はまだ知らなかった。
俺を拾ってくれたこのじいさんの名前はローレンス。
フルネームは「ローレンス・グラハム・ロックウェル」という。
大仰な名前に相応しい地位――帝国の公爵という、ものすごく偉い人間だった。
ただの庶民だった俺は何故か捨て子になって拾われて。
貴族の孫、になったのだった。
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