7.
次の日。
「お嬢様、次はこちらです」
朝食後、ヴィクターがアリーに城を案内するよう言ったらしく、私はアリーと共に城内を歩いていた。
(……と言っても、前世と何ら変わりはないから分かるのだけど)
なんて苦笑いしながら分からないふりをして話を聞いていると、アリーは「あ、忘れておりました」と口を開く。
「城の中で唯一、立ち入り禁止の場所があるのです」
「……? それは何処?」
「城の東側に位置する主塔です」
「あぁ、あの大きな塔のことね 」
私の呟きにアリーが頷く。
(……確かあそこは、戦争がある時に見張りで使うと、ヴィクターが昔言っていた気がするけど……)
立ち入り禁止とは知らなかった。
今思い返してみれば、行く機会もなかったとは思う。
(でももしかしたら、そこに何か秘密があったりして……)
それは考え過ぎかな、なんて考えていると、不意にわーっと歓声が上がる。
「……ねえ、今騎士は訓練場で訓練しているの?」
「? はい、そうだと思いますが……」
「それに私も交ぜてもらうことって可能かしら?」
「……はい??」
私の言葉にアリーはポカンとし……、次の瞬間、「えーっ!!」と悲鳴に近い声を上げたのだった。
……カキンッ
鋭く短い剣戟の音が小気味よく耳に響く。
(……あー、やっぱり私にはこちらの方が落ち着くわ)
私が何をしているかと言うと、侍女であるアリーの反対を押し切って、騎士団の訓練試合に軽く交じろう、そう思ってこの国の騎士服に着替えて申し出たら、私と手合わせしたいと何人も押し寄せ、今はその方々の相手をしているところだ。
まあ私自身、体力にも自信があるし、良い機会だと思って快く試合を受け入れたのだが。
(……久しぶりね、この感覚)
しかも15歳の私は、まだ無駄な肉がついていない身軽な体。
今は未だ、染み込んでいる訓練の動きは衰えてはいなかった。 だが、それも何もしなければ時間が経てば成長と共に衰えていく。
(もしもの時のために、しっかりと体力を維持していないと)
まだ15のこの体で、他の騎士との剣戟の力は劣るけど、躱すのには有利ね、なんて考えていると、相手の騎士は不意をついたように私の脇腹目掛けて剣先が近づいてきて……。
「甘いわ!!」
「!」
私はその剣を薙ぎ払うと、逆にその騎士の脇腹にピタリと剣を突きつける。
「……っ」
「……勝負あり!!」
審判の声と共に、おーっと歓声が上がる。
私はピタリとその剣を鞘に収めると一礼する。
すると戦っていた騎士に声をかけられる。
「っ、どうすれば、そんなに強く、剣を自由に使えるようになりますか……っ!?」
見たところ、その騎士はまだ若く、私と同じくらいかそれより下の年に見える。
私は今戦った中で見えたその騎士に足りないものを教えていると、ひそひそと声が聞こえてきた。
「おい、どうして女なのにあんなに強いんだ?」
「流石はマクブライドの番人、ラザフォード家だな」
「でもあの一族は火の魔法しか使わないのではないのか? どうしてこんなに剣に強いんだ?」
そんな声が聞こえてきて、私は少し息を吸うと……、ダンッと鞘に収めた剣を床に振り下ろす。
そしてピタリと静まったその場で、笑ってみせる。
「“無駄な血を流さない”。 そして、魔力を武力行使に使わない。
それがマクブライドの番人、ラザフォードに伝わる代々の家訓よ」
皆、勘違いしている。
どうして最大の武器である火の魔力を持ちながら、マクブライドに忠誠を誓っているのかと。
答えは簡単だ。
この魔力は簡単に人を殺してしまう。
その力を悪用しない、させないように、そしてこの血を巡って争わないようにするためだ。
だから、本来なら隣国の王家のヴィクターとの婚姻なんて許されない。 だが、表向きは政略結婚、戦争の終わりを告げる証としてマクブライドは受け入れた。
私は人差し指にほんの少し魔力を込めてみせる。
赤く色付いた炎が、指先から小さく揺らめいた。
それに周囲がどよめくが、私はその火を見て呟くように言う。
「……この魔力に、私は頼らない。
だからこの手で剣術を習得したの。
これは、私の努力の“証”だから」
「っ、ここにいたのか、リゼット!」
「!」
私は慌てて魔力を消し、後ろを振り返れば、そこには怖い顔をしたヴィクターがいた。
「……あ、はは……」
ヴィクターは私の訓練用の騎士服を目に留めると、近くにいたアリーを見て睨んだ。
「……何故貸した」
「わ、私も止めたんですけど……っ」
「あ、アリーは悪くないのよ! ちょっと、体が鈍ってたから、少し、訓練しようかと思って……」
てへ、と笑ってみせたが、ヴィクターの眉はより一層釣り上がる。
(……ひぃぃ)
怒っている。
そう思ったのも束の間、ヴィクターが不意にばさっと上着を脱ぎ捨てた。
「!?」
驚く私に、ヴィクターは近くにいた騎士の手から剣を奪い取ると……、不敵に笑った。
「リゼット・ラザフォード、私のお相手を願おう」
「!? しょ、正気!?」
「当たり前だ」
ヴィクターは平然と言ってのけるが、私は内心焦っていた。
(いやいやいやちょっと待って! 一国の王子、しかも婚約者と私がやり合う!?
練習といえど、あっちもマクブライドと最前線で戦っていた軍人でっ……!)
「……ふっ、なんだ怖いのか?」
「!?」
ヴィクターの笑いに、私はカチンと頭の中で何かが切れる。
「……こちらこそ、お相手願いますわ。
ヴィクター・イングラム殿下」
挑戦的にそう言って見せれば、ヴィクターは声を震わせて笑い……、「その意気だ」と楽しそうに笑ったのだった。
その笑顔は何故か、挑戦的と言うよりは、いたずらが成功した、そういう風に見えたのはきっと、私の疲れのせいだろう。
「両者、位置へ」
私とヴィクターは、軽く会釈をして構える。
私は剣を、ヴィクターは剣を鞘に入れたままだ。
(……人のことを舐めてるのかしら)
その態度にカチンときたものの、私は冷静さを欠かないように努めながら、剣を構えた。
そして、合図が鳴る。
「……始めっ」
私はそれと同時に地を蹴り、一瞬でヴィクターの目の前に体を滑り込ませる。
私の作戦では、体格差でも技術面でも、全てにおいてヴィクターとまともにやり合えば負ける、そう思い、一気に片をつけようとしたのだ。
ただ、ヴィクターはそれを見破っていたらしい。
ヴィクターは一瞬で鞘から剣を抜くと、キンッと私の剣を払い、後ろに退く。
「っ、ちょっと、逃げないで下さいませ!」
「逃げてなどいない。
……お手並みを拝見しているところだ」
「〜〜〜馬鹿にしているのですかっ」
私はカキンッ、カキンッと短い剣戟でヴィクターの肩や脇、腹などを突こうとするが、全て受け止めるか流される。
「……くっ」
(これでは体力がもたない! どうすれば……)
「……そうだ、この勝負で賭けをしよう」
「……は!? 賭け!?」
私が剣戟を繰り返している間、余裕そうにそう言い始めたヴィクター様に腹が立ち、苛立ちながらその言葉を聞く。
「あぁ。 ……もし君がこの勝負で俺の体に剣を突き付けることができたら……、そうだな、何か望みを叶えてやろう」
「!? それは本当!?」
願っても見ないチャンスだ。
そんなこと、許されるのだうか。
ヴィクターは「あぁ」と頷くと、「ただし」と言葉を付け足した。
「……俺が君の剣をその手から落としたら、逆に君に私の願いを聞いてもらおう」
「っ、貴方の願いなんて、絶対に無茶振りしてくるに決まってるわっ!!」
「ははっ、そうか?
……なら、是が非でも勝たないとな」
まあ、手加減するつもりはないけど、なんて息一つ乱さず笑う彼に、私は腹が立って「上等よ!」と声を張り上げる。
「その約束、絶対だから!!」
私の言葉に、彼は不敵に笑ってみせたのだった。
その戦闘を見ていた騎士達は、口々に言葉を口にする。
「……身のこなしの次元が違いすぎて、気後れしているんだが」
「それにあのお二方を見ていると、戦闘と言うよりまるで踊っているかのようですね」
「……何より、あんなに楽しそうな殿下を見たことがあるか?」
ポツリとそんなことを呟いた騎士の言葉に、皆が改めてヴィクターを注視する。
「……確かに、いつも気難しい顔をしている殿下が、あんなに楽しそうだなんて……」
「リゼット様は……、ヴィクター様を笑顔にする不思議な力も、持ち合わせていらっしゃるのかもしれませんね」
その言葉はアリーから発せられた言葉で。 その場にいた騎士達は皆、無言で頷いたのだった。




