6.
……本日二度目の彼のこの体勢に、今度こそ背筋が凍る。
「あ、あの、ヴィクター殿下、落ち着いて」
「落ち着いてなどいられるかっ! さっきあれほど言っただろう!? あの人と関わり合いになるなと!」
「だから、あれはただウォルター殿下が突然現れて」
「何を話していた!? 言え!!」
言いたい放題のヴィクター殿下に対し、大人しく、理性を保てと命令していた私の頭は……、簡単に切れた。
「……さっきから黙って聞いていれば何なのよ!?」
「!?」
突然の私の怒鳴り声に、ヴィクターの肩がビクッと揺れる。
(……あれ、これはまずい?)
なんて思う私とは裏腹に、私の口は止まらない。
「仕方がないじゃない!彼の方から私に、“ヴィクターと向き合って欲しい”とお願いしてきたんだから!! 私から近付いたわけではないし、第一彼方から近づいて来た時に、私がどうして避けられると思う!?
相手は貴方のお兄様で、第一王子なのよ!? それに対して私は、隣国の辺境伯の娘! 無理に決まってるじゃない!」
「ちょ、ちょっと待て、リゼット、話を……」
「それを私のせいだなんて……!
後言っておくけど、別に貴方のお兄様に取り入ろうとか思っていないから!
それに、むしろ貴方の方から私に歩み寄ってくれないと、お兄様とどうして会ってはいけないのかとかその他諸々含めて、どうしようもないんだからぁ!!」
ぜぇー、はぁー……、あぁすっきりした。
23年生きてきた中での貴方に関しての苦労は、こんなものじゃないけどね!
そうしてハッとした。
(……あれ、私……)
……スッキリはしたけど、大分上から目線で物を言っていた気がするような……!
「えと、その……」
何とか言葉を紡ごうとしたが、上手く言葉が出てこない。
(というか、何とか言って!!)
まだ罵倒されるくらいの方がマシよ!!
なんて思った私に、彼は一言、口を開いた。
「悪かった」
「……へ?」
思わず私の口から間抜けな返事が出る。
それに対し、ヴィクターはイライラとしたように少し声を大きくして言った。
「だから! 悪かったと言っている!!」
「! ……」
私は何も言わなかった。
その代わり、ヴィクターから少し逃れると、近くにあったランプ……を見つけ、それに魔法で火をつける。
それを見たヴィクターが、焦ったように口を開く。
「お、おい、何を……」
「! ……ふふっ」
蝋燭の光に照らし出されたヴィクターの表情。
それは、今までに見たことのないような、赤い顔をしていて。
思わず笑ってしまう私に、ヴィクターは「おい、ふざけるな」と言葉を発すると、私からランプを奪い返そうとする。
「! ちょっと、危ないからその手をどけて」
「お前がそこにランプを置けばいいだけの話だろう」
「貴方が乗っているせいで、下手に身動きが取れないんでしょーが!」
「っ!?」
思わずツッコミを入れた私に対し、ヴィクターはハッと我に返ったように慌てて私の上から退く。
(な、なんなんだ、この人……)
前世でこんな人だったっけ、と思うくらい突っ込みたくなるその行動に、私が気後れしていれば、ヴィクターはベッドの端に座り、私に背中を向けて聞いてきた。
「……さっきの話は全部、本当なのか?」
「え?」
何のことだ、そう疑問符を打った私に、ヴィクターは少しイラっとしたように答える。
「ウォルターとの話だ」
「? ……あぁ、“ヴィクターと仲良く”って言ったことですか?」
「あぁ」
(……そんなこと気にしてどうするのよ)
今更、と思いつつ私は「そう」と頷いた。
(まあ大体そんな感じの話だったから良いよね)
と余計なことは言わずに言うと、ヴィクターは少し言葉を選ぶように慎重に言った。
「……ウォルターは、その……、あーやって分かりづらいところがあるんだ。 わざと手玉に取るような物言いをしたり、そうして人を混乱させたりする」
(……まあ確かに。 ……でも、それは……)
私の心の内は知らずに、ヴィクターは言葉を続ける。
「だから、あまり近付いて欲しくはなかった。
……余計なことを吹き込まれることも、目に見えているし」
「? 余計なこと、ですか?」
私が首を傾げたのに対し、私をちらりと振り返ったヴィクターは……、「余計なことは余計なことだ!」と言い張って何故かまた前を向いてしまった。
(……今日、情緒不安定すぎない?)
悪いものでも食べたのだろうか、と前世の彼を知っている私はそんなことを考えてしまう。
ヴィクターはそんな私の気など知らずに、「だから!」と口を開いた。
「……話すなとは言わない。 ただ、ウォルターの言葉をまともに聞くな。
あいつは何を考えているのか、よく分からん男だから」
「ヴィクター殿下は……、」
「?」
どうしてそんなに、ウォルター殿下のことを嫌っているの?
そう聞こうと思ったが聞けなかった。
(……そこまで彼に踏み込んでは嫌がられる)
「……いえ、何でもありません」
私はギュッと拳を握りしめた。
(結局、私は何がしたいの)
“俺に関わるな”
“君なら、あの子を救える”
“お前に、何が分かる”
今日言われた、ヴィクターとそのお兄様の真逆の言葉が、私の頭の中を反芻する。
「……そろそろ、部屋に戻るか」
ヴィクターがそう言って立ち上がる。
私もそれに続き立ち上がると、ヴィクターが部屋の扉を開けてくれた。
私はお礼を言いつつ、その場で別れることにする。
「こちらで大丈夫です。
……御迷惑をおかけしました」
きっとヴィクターは仕事で忙しかったはず。 それを、ウォルター殿下と会っていると聞きつけ、切り上げて来てくれただろうから、一応謝っておこう。
そう思った私が頭を下げれば、ヴィクターは驚いたように言う。
「何故君が謝る?」
「え? だって、私がウォルター殿下とお話をしていたから……」
「……それはウォルターが悪いと、先程は言っていなかったか?」
「まあ、それもそうですが」
一応? と首を傾げた私に対し、ヴィクターは一瞬言葉を失い……、次の瞬間、クッと声を押し殺して笑い始めた。
「!? ちょっと、ヴィクター殿下!! 何で笑っているんですか!?」
「くくっ、あぁ、いや、君が面白くて、つい」
「〜〜〜面白いって何です!」
私は怒ってその場を去ろうとしたが、不意に名前を呼ばれる。
「……リゼット」
「!? 今度は何ですか!」
私がむくれてそう振り返り……、思わず息を呑む。
それは、今まで見たことのないような柔らかい表情を浮かべて……、ヴィクターが立っていたから。
「おやすみ」
「!?」
私は咄嗟にその場を走り去ろうとしたが……、そこを何とか踏み留めて、小さく、「おやすみなさいませ」と呟くように言うと、今度こそその場から走り出し……、自室のベッドへ直行した。
『おやすみ』
(〜〜な、何なの、あれ! 前世でも、言われたことなんてなかったわよ……!!)
しかも、あんな表情で……。
(……貴方のせいで……)
「……今日のこと、何も考えられなくなっちゃったじゃない……」
(本当、貴方は)
「……何処までも、ずるい人……」
こうして、波乱の許嫁生活1日目は、幕を閉じたのである。




