30.
陛下との話し合いを終えた私達が部屋から出ると、そこに居たのは。
「っ、お姉様!」
「! リラン!」
リランが瞳を潤ませ、小さな体で私に抱き付いてきた。
「お帰り、リゼット」
「体は大丈夫なのか?」
そう言って微笑むエルマーに対し、お父様は心配気に私に問う。
リランの頭をそっと撫でながら、二人に向かって「えぇ、何とか」と苦笑いを浮かべて言うと、エルマーは今度は怒ったような表情を浮かべた。
「全く、本当リゼットは、僕達をヒヤヒヤさせてくれるよね。
心臓がいくらあっても足りないっての」
「それはお互い様よ! ……フェリーシナ様の魔法で此処に三人が来ていることを知った時、生きた心地がしなかったんだから」
私もエルマーにそう言い返すと、彼は私の後ろにいたフェリーシナ様を見て言った。
「この方が……、あの本の中に出てくる“古の魔女”?」
随分小さいよね、と言う言葉にリランが反応する。
「フェリーシナ、様は、私と同じ年なの……?」
そう尋ねたリランに対し、フェリーシナ様は口を開いた。
「いいえ、違うわよ。
本当はリゼットちゃんやヴィクターよりも少し年上なの。 まあ、この見た目をしていれば分からないわよね。
……えーっと、この子がリゼットちゃんの妹のリランちゃん、そして辺境伯家の三男のエルマー・アーノルド、隣に居るのが……、クリフ・ラザフォード辺境伯ね」
「「「!」」」
三人は驚いたように目を見開き、顔を合わせた。
「本当に……、古の魔女、なんだね」
エルマーの呟きに対し、彼女はあら、と笑って言った。
「そうよ。 ……でもまあ、これくらいのことは魔法を使わなくても分かることだわ。
貴方方のことは私、昔からよく知っていたし」
「? それはどうして」
お父様がその言葉に反応したのに対し、彼女は微かに笑う。
「貴方のお父様が幼い頃、魔の森を訪れたと師匠様から伺って、気になっていたものだから。
……ちなみにその本を書いたのも、師匠様なのよ」
そう付け足してにこりと笑い、「さて」と口を開いた。
「お話は此処までにして、早く行かなければね」
「! やはり……、見つけ出せたのか」
その言葉を噛みしめるように言ったのは、お父様だった。
私はそのお父様に向かって「うん」と頷いてみせる。
「フェリーシナ様が、これから解いて下さるって」
「! ……そうか」
お父様は心から安堵したように息を吐き、私の頭を撫でた。
「!」
「……よく頑張ったな、リゼット」
そうお父様に言われ、私の目から思わず涙が零れ落ちる。
「……本当、リゼットちゃんとヴィクターは頑張ったものね」
そうフェリーシナ様は言い、「行きましょうか」と私とヴィクターの背中をそっと押す。
するとヴィクターは、先程と同じように私をお姫様抱っこした。
「!? ゔぃ、ヴィクター!? だ、大丈夫だから……っ」
「駄目だ。 絶対安静」
「うっ……」
(さ、流石に家族にこんなに密着してる姿を見られるのは恥ずかしい……)
ヴィクターとフェリーシナ様は、そのまま三人に見送られ後にする。
……三人の姿が曲がり角に差し掛かって見えなくなったところで、私はヴィクターの胸にそっと身を預けたのだった。
「此処に……、ウォルター殿下が眠っていらっしゃるのね」
私がそう問えば、ヴィクターが「あぁ」と頷いた。
そこは東の主塔の“秘密基地”の部屋だった。
「……俺達がフェリーシナ様を連れて来たのを知って、此処に移したそうだ。
ずっと眠り続けているらしい」
そう言って、ヴィクターはガチャっと鍵を開け、その部屋の扉を開ける。
キィッと開いた部屋のベッドの上に、ウォルター殿下は生きているのか疑ってしまうほど、穏やかな顔をして眠っていた。
「……綺麗ね」
ポツリと、フェリーシナ様が言葉を発する。
本当にその通りだった。
淡い金色の髪が窓から差し込む陽の光に反射し、キラキラと輝いて見える。
肌も透けるように白く、シャツ姿で眠っている彼の姿は、とても幻想的だった。
(本当に生きているのか……、心配になるくらい)
ヴィクターは私達より先に進み出ると、そっとウォルター殿下の口元に耳を寄せた。
「……ほんの僅かだが、息をしている」
ほんの僅か、という言葉に私は思わずすっと背筋が凍る。
(それは……、命が短いという証拠、よね……?)
穏やかに、静かに横たわるその姿は、美しくも儚い印象を与える。
でも確かに、その肌に血の気はなかった。
「……フェリーシナ様。
ウォルター殿下を……、お救いすることは、出来ますか?」
怖くなって再度私が尋ねると、彼女は少し沈黙した後答えた。
「確率は……五分五分ね」
「「!」」
その言葉に驚き固まる私に対し、彼女は口を開いた。
「何処まで私の魔力と……、その方の生命力が持つかどうか。 それにかかっているわ。
私自身もこの魔法は使ったことがないから、どれだけ体力を消費するかも分からない。
……けど」
「!」
フェリーシナ様は私の手をギュッと握った。
……その手が微かに震えていることに私は気付く。
(……フェリーシナ様)
「信じて欲しい。
リゼットちゃんのように強い気持ちがあれば必ず、成功すると。
……祈っていて欲しいの」
「! 勿論です!」
フェリーシナ様の手を、逆に私はそっと包み込んだ。 驚いたような表情を浮かべるフェリーシナ様に対し、私は口を開いた。
「フェリーシナ様なら、必ず出来ると信じています。 お世辞ではなく……、フェリーシナ様には、魔法だけではなく特別な力がある、そんな気がするのです」
「!……リゼットちゃん」
「私、無事に成功することを祈っています。
それから……、ウォルター殿下を、宜しくお願い致します」
「俺からも宜しくお願い致します」
そう言って、ヴィクターは私が握った手の上からそっと握り、頭を下げた。
それを見たフェリーシナ様は、「有難う」と朗らかな笑みを浮かべると、そっと私達の背中を押した。
「本当は此処に居て欲しいのだけど……、リゼットちゃんに術が万が一かかってしまってはいけないし、ヴィクター、貴方にリゼットちゃんをお任せするわ」
「「!」」
(そうか、“解呪”魔法を使うから……)
その言葉に、ヴィクターは「分かりました」と言うと、当たり前のようにヒョイっと私を抱き上げる。
いつものことながら驚く私を見向きもせず、彼はフェリーシナ様に聞いた。
「フェリーシナ様、彼女を部屋で休ませてもよろしいですか?」
「えぇ、少し時間もかかると思うし、その方が良いわ」
「!? わ、私は大丈夫だからっ!」
(だってそれでは、ヴィクターがウォルター殿下の側に居られなくなってしまうわ)
ウォルター殿下のことが心配なのに、と私は思い、彼の手から降りようとしたが、ヴィクターが「落ち着け」と耳元で囁くものだから、思わず違う意味で気が抜けてしまう。
そんな私に対し彼はふっと笑うと、「おやすみ」と言って私の瞼にそっと口付けた。
「……っ」
その感触にドキッとしたものの、私は瞼を開ける力もなく、そのまま深い眠りへと落ちてしまうのだった。




