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28.

 両国の間に出現させた炎は、ゴォォと激しく燃え盛る。


「……くっ」


 一気に大量の魔力を使うこの魔法は、私もあまり使うことはない魔法。

 それでも、いざという時……、兵を守る為、一時的に使えるようにと私が考えて幼い頃から訓練を積んだものだった。

 昔はこの魔法を使うのに5分と持たずに気を失っていたけど……、今はどれだけ持つだろうか。


(……っ、あまり持たないかも)


 馬に乗っている為、体にかかる負担も普通に使う時よりかなりかかっている。

 肌から玉のような汗が出て、滴り落ちるのが分かって。


(お願いだから、兵を引いて)


 私がそう願っても、両国は未だ尚睨み合いを続けていた。

 多分、先に兵を引くことで敗戦を認めたことになると思っているのだろう。

 その上、両国は私の言葉を信じてはいない。

 敵国側は兵を引いた瞬間、私が寝返って攻撃することを恐れて。

 イングラム側は元敵国であるマクブライドから来た私の言葉を信じるか否か。


(っ、分かってはいたけど……、此処まで信用ならないなんて)


 私は唇を噛み締めた。

 その間にも、体力はじりじりと奪われていく。


(やっぱり、ヴィクターとフェリーシナ様が来るまでは、この魔法を持たせなければ……っ)


 その時、「リゼット!!!」と大声で私を叫ぶ方の声が聞こえた。

 ハッとしてその声を辿れば、此方を見上げるお父様の姿があった。


「っ、お父……」


 お父様の無事な姿を確認して、私は思わず名を呼びそうになったが、その口を慌てて閉じた。


(ここで私が名を呼んでしまえば、中立の立場を貫いているという私の言葉は信じてもらえなくなる。

 もしこの魔法が消えてしまったら……、敵国が攻撃してくるかもしれない)


「っ」


 私は視線を逸らし、意識を魔力を使うことだけに集中させる。


(大丈夫、もう少し……、もう少しの辛抱よ)


 二人が来てくれれば、全てが上手くいく筈、なのだから……。






 ……あれから何十分、いや何時間が経過しただろうか。

 私の意識は霞みがかっていた。


(……せめて、もう少し……)


 だけど、幾ら待っても二人が来る気配はない。

 底知れぬ疲労から、私の頭を“最悪”が過り始める……。


(もし……、このまま、二人が来なかったら?)


 背中を流れる汗が、冷たく感じ始める。

 一度考え出したら、悪い考えは止まらない。


(フェリーシナ様の言った魔術書が見つからなかったら?

 ヴィクターが、陛下の説得に失敗していたら……)


 ……駄目、私が信じなければ。

 彼等は、絶対に来る。

 来てくれる……。


 その時、突如突風に煽られた。

 片手で手綱を持っていた私の体は宙に投げ出され……


(あ……)


 視界がぼやける。

 尽きかけていた魔力もふっと消え、炎の壁は呆気なく跡形もなく消えるのが視界の端に映る。


(守れ、なかった……)


 重力に逆らうことはなく、気を失い落ちていく……その時、ふわっと体が浮いた。


「え……」


 驚き目を見開いた視界いっぱいに広がる、大好きな、私が待ち望んでいた人の顔が、私を見下ろしていた。


「っ……」


 私の目から、とめどなく涙が零れ落ちる。

 そんな私の涙をそっと拭ってくれながら、真紅の瞳を持つその方は、酷く掠れた声で口を開いた。


「……来るのが、遅くなってしまった。 すまない」

「っ、ううん、そんなこと……っ」


 私は小さく首を横に振る。

 彼はそれでも、傷付いたような表情を浮かべ、「もう少し早く来ていれば」と口にする。

 そしてそっと私の瞼に口付けた。


「!」


 驚く私に対し、彼は私にそっと触れるだけのキスを、頭に、頰に、手の甲に落とす。


「っ、ヴィクター……っ」


 恥ずかしくなってそう彼の名を口にすれば、私を安心させるように、最後はそっと耳に口付けてから言った。


「……もう、大丈夫だから」


 そう言って彼が上を見上げる。

 その先にいた人物に、私はあっと声を上げた。

 私達の少し上で、自在に羽根の生えた白馬を操るその姿は。


「! フェリーシナ様……っ!」


 私の声に、彼女は「遅くなってごめんなさいね」と言いながら口を開いた。


「本を探すのに手間取ってしまって。

 ……長く貴女を一人にさせてしまったこと、申し訳ないと思っているわ」

「! そんな、そんなこと……」


(貴女がこうして来てくれただけで、私はそれで)


 ……二人がこうして来てくれて、本当に良かった……。

 そう私が心の底から思っていると、彼女は「後のことは私に任せて」と笑うと……、すっと大きく息を吸う。

 そして……。


「ちょっとあんた達!!! こんな若い子達を虐めてどうするつもりっ!?」

「「「!?」」」


 フェリーシナ様の小さな体からは考えられないほどのどすの利いた声が、下にいる兵士達に向かって発せられ、その声は私とヴィクターの耳までつんざいた。

 軽く耳鳴りがする状況の中、彼女は立て続けに言葉を発する。


「ほんっと、大人気ないわねっ!

 こんなに体をボロボロにして、身を呈してこの戦争を止めようとしているのよ!?

 犠牲を出さないようにと……、貴方達を思ってやっていることだと何故分からないの!?」


 次々と発せられる、見た目は幼い女の子である彼女の罵声の数々に、口を挟むことも出来ず、ただぽかんとする両国の兵士達。

 一頻り彼女は罵声を浴びせ続けたが……、ふと我に帰り、あぁ、忘れていたわと口を開いた。


「たかが子供かと思っている方も多いかもしれないけど……、私、こう見えて古の魔女なの」


 そうフェリーシナ様が口にした瞬間、皆が口々と声を上げだす。


「古の魔女……? あれは伝説ではないのか」

「そんな戯言、信じるとでも思っているのか」

「でも空を飛んでいるのは、魔法でなくてはなんだ……?」

「だとしたら、彼の方の言っていることは本当なのか?」


 その声を聞いたフェリーシナ様は口元だけ笑みを浮かべて言った。


「えぇ、本当よ。

 私は魔術書を操る、れっきとした古の魔女よ。

 それに、私もリゼットちゃんと同じでこの場では中立、つまり貴方方のどちらの味方でもないわ。

 ただし」


 彼女はふふっと意味ありげに笑い……、そして口を開いた。


「私、リゼットちゃんとは違って気が短いの。

 だから、生ぬるいことなんてしてられないわ。

 今すぐこの場から両軍とも撤退しないとどうなるか……、分かるわよね?」

「「「っ」」」


 味方のはずである私達でさえも、凄まじいフェリーシナ様の……、迫力にこの場にいる誰もが背筋が凍ったと思う。


「……古の魔女がいるだなんて聞いていないぞっ」


 そう口を開いたのは、私につっかかってきた先程の兵士……、多分、敵兵の司令官らしき人だった。

 そして悔しそうに唇を噛み締めると、彼はイングラム兵から背中を向け、「撤退だ」と口を開く。

 その言葉に、次々と「撤退しろ」という声を上げ、敵兵がぞろぞろとその場を後にしていく……。


「……さて」


 フェリーシナ様はそう切り出すと、私を見てにっこりと笑って言った。


「これで無駄な戦争はおしまい。

 後のことは……、まあ陛下にお任せしましょう」

「「!?」」


 そんな軽い口調で言うフェリーシナ様に、私達は開いた口が塞がらなかった。

 ……ただ、確信したことがある。

 それは。


(……フェリーシナ様は、怒らせてはいけない人だ)


 そんなことを考えている私達には気にも止めず、彼女は口を開いた。


「さあ、城へ行きましょう?」


 本来の目的はそこでしょ。

 そう言って、彼女はにっこりと笑みを浮かべたのだった。




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