5.
「ど、どうしてここへ?」
ヴィクターの“関わるな”という言葉が脳裏で蘇る。
(流石にこんなに堂々と、彼方から現れるなんて思わなかったわよ……! というかヴィクターに伝わったらまた面倒なことに……)
思わず頭を抱え込みたくなるこの状況に反し、ウォルター殿下はさらりと言ってのける。
「こうでもしないと、あのやきもちやきのヴィクターが君を私から引き剥がそうとするからね」
「や、やきもち……?」
ウォルター殿下はヴィクターが、そんなに私に執着しているとでも思っているのか。
それは大きな勘違いだ、と心の中で呟きながら私は至って冷静に言葉をかける。
「では、どのような御用件で?」
「おっと、冷たいね。 用がなければ来てはいけないのかい?」
「いえ、そういうわけでは……」
私は第一王子を怒らせてはいけないと思い口を閉ざせば、ウォルターは「あぁ、大丈夫怒ってないから」と笑って言い、私の向かいの席に座った。
「えっと……」
その状況がよく分かっていない私に対し、ウォルター殿下はチラリとアリーを見て言った。
「ごめんね、少し席を外してもらえるかな?
すぐ終わる話だから」
「! は、はい!」
(ゔぃ、ヴィクターから“ウォルターを近付けるな”とは言われていないのかしら……?)
そんな心配をよそに、アリーはすぐにその場を退出し、私とウォルター殿下の二人きりになってしまった。
(……うっ、何この状況)
ウォルター殿下とこうして面と向かって話すだなんて、ありえないと思っていた。
しかも、こんなに早く……。
「……手短に。 単刀直入に聞いて良いかな?」
「……え?」
ウォルター殿下の青い瞳に見つめられ、私は思わず返しが遅くなってしまう。 それに気付き、慌てて「はい」と返事をすると、ウォルター殿下は微笑みながら言った。
「そんなに緊張しなくて良い。
……ヴィクターに“関わるな”くらい言われているだろうけど、別に私は君を敵視していたりなんてしないから。 むしろその逆」
「そう、ですか……」
私の曖昧な返事に、ウォルター殿下は苦笑いしたものの、話を切り出す。
「さて。 ……そうだな。
君は、ヴィクターのことをどう思っている?」
「!? ヴィクター、殿下のことをですか?」
「うん」
(急に聞かれても……、どう答えたら良いのか)
私は一瞬逡巡したが、少し考えてから言葉を紡いだ。
「……掴めない、方」
「! ……ぷっ、掴めない人ね」
私の言葉に吹き出して笑うウォルター殿下に対し、私は慌てて謝罪する。
「申し訳ございません、ウォルター殿下」
「いや、何も謝る必要はないよ。
確かに、側から見たらその通りだからね」
まあ、私もだけど。
そう言ってふっと笑うウォルター殿下には、自嘲が込められている気がした。
私が何か言おうと口を開きかけた時、殿下が先に口を開いた。
「“掴めない人”……、確かに、今はそうかもしれない。
ただもしかしたら、この先……、君の言動一つで、大きく彼が、未来が変わるかもしれない。
それを願って私は、君に頼みたいことがある」
「?」
疑問を浮かべる私に対し、彼は……、頭を下げた。
「!? で、殿下!?」
頭をお上げください!
慌ててそう言った私に対し、ウォルター殿下は頭を下げたまま、口を開いた。
「……ヴィクターと、正面から向き合ってやってほしい」
「……え」
私は思いがけない言葉に驚く。
ウォルター殿下は頭を上げて、こちらを見たその表情は真剣だった。
「君なら、ヴィクターを……、あの子を救ってあげられる」
「す、救うって、何を……」
私の問いに対し、ウォルター殿下はじっと私を見て言った。
「君なら、分かるはずだ。 あの子の抱えているものが。
……私にはもう、救えないから。
君の力が、必要なんだ」
「……!」
“私にはもう救えない”。
その言葉とその表情で思った。
ウォルター殿下は、ヴィクターのことを心から思っている。 だからこうして、あの人の目を盗んで私に会いに来ているんだと。
(だからって……)
「……私には、何も出来ません」
私は膝の上で拳を握った。
(だって、それがもし前世で出来ていたら、私が今ここにいる意味だって)
「それは、一体誰が決めたの?」
「え?」
ウォルター殿下に尋ねられ、私は口を閉ざす。
だがウォルター殿下は、その後すぐに耳を疑う言葉を私に投げかけた。
「……君は、“未来”を変える為にここへ来たのではないの?」
「!?」
(……ど、どうしてそれを……)
ウォルター殿下が知っているの……?
その時。
「っ、ウォルター!!」
バンッと、その声と共に扉が開いた。
私は入ってきた人物を見て固まった。
「あーあ、時間切れ」
もう少し遅いかなと思ったんだけど、と呑気に笑うウォルター殿下に対し、ヴィクターは鬼のような形相で彼に歩み寄ると……、彼の襟元を強い力で掴んだ。
「……何の話をしていた」
そう地を這うような声に、思わず私は背筋が凍る。
ウォルター殿下はそれでも、余裕たっぷりの表情で、まるで挑発するかのように軽口を叩く。
「相変わらず怖いね、ヴィクターは。
ただ彼女に、少し興味があっただけだよ。
あ、恋愛対象とかそんなんではないから安心して。 ね、リゼット」
「「!!」」
(ちょ、ちょっと!! どうしてそこでいきなり呼び捨てなのよ!?)
ヴィクターもヴィクターなら、ウォルター殿下の本心も分からない。
よく分からない状況下で、ただ、ヴィクターとウォルター殿下の温度差が凄すぎて、私は全身血の気が失せる。
(ど、どうしよう……!)
「っ、てめぇっ……!!」
ヴィクターがウォルター殿下に向かって拳を振り上げる。
「!! ちょ、ちょっと待って下さいヴィクター殿下!!!」
「「!」」
兄弟同士で喧嘩をするのは仕方がないかもしれないが、彼らは王族。 話は別である。
(しかも戦場を駆け回るヴィクターの拳なんてまともに食らったら、大怪我だわ!)
なんて思った私は、咄嗟に間に割って入り、ヴィクターの拳を止めた。
ヴィクターは私が掴んだ手を見ながら、氷点下を下回る目で私を見て言った。
「……どうしてこの男を庇う」
「あ、貴方が喧嘩で手を出そうとしたから止めただけです。
……それに、ただ私はウォルター殿下と他愛もない話をしていただけで、大丈夫ですから」
「それの何が大丈夫なんだ」
そんな押し問答を繰り広げる私達に対し、ウォルター殿下は突然、あははと大きい声で笑い出した。
「……何がおかしい」
ヴィクターは私と口喧嘩をするより大分低い声で、そう口にすると、ウォルター殿下は笑いながら言った。
「いや、気を悪くしたなら謝るよ。
だけど……、そうだね、君は良いお嫁さんをもらったね」
「……許嫁なんだが」
「行く行くは君と結婚するってことでしょ。
……まあ、その手を離されないように頑張ってね」
「!!」
ヴィクターの拳がもう少しで上がりそうになったのを、私は慌てて押さえると、ウォルター殿下はククッと笑いながら去って行った。
(……まるで嵐のようだった……)
そんなウォルター殿下を見送った後、どっと疲れが出た私は席に座ろうとしたが……、その私の手を強引に引っ張り、ヴィクターは再度席に着くことを許さなかった。
「!? ヴィクター殿下?」
「……来い」
(ひぃぃぃ怒ってる……!)
私は何となく身の危険を感じ、何も言わずにただされるがまま、大人しくその言葉に従う。
私達が部屋から出た時、待機していたアリー達が驚いているのが見えて、私は手で「ごめんなさい」の意味をこめて掴まれていない方の手を縦にして顔の前に置いた。
(あぁ、折角の美味しい料理が台無しに……)
そんなことよりこの後、私は無事に解放されるかが心配で、ただただ自分の無事だけを祈ることに集中することにした。
ヴィクターに連れて行かれた場所は、薄暗い部屋だった。
(……って、ここは)
私は見覚えのある部屋に、再度頭を抱えこみそうになった。
(ヴィクターの自室……!)
わざわざこんな場所に連れてきて、ヴィクターは一体何がしたいのか。
もうよく分からない、どうにでもなれと思っていた私に対し、ヴィクターは私を寝室まで連れて行き……、って寝室!?
「ちょ、まっ……!?」
嫌な予感は的中する。
反転した視界。 そしてその視界には冷たい表情のヴィクターの顔が広がったのだった。




