22.
「リゼット、上着は持ったか? 薬は?
食料はこれで足りるかい?」
何処までも続く青空の下、お父様はオロオロとしながら私にあれこれと質問する。
私はそんなお父様に向かって安心させるように微笑みながら言った。
「大丈夫よ、十分過ぎるくらい荷物は持っているから」
私が馬上に置かれた、最大限の荷物量を見てそう言うと、お父様の手をリランは軽く引いた。
「お父様、お姉様を困らせては駄目。
お姉様はしっかりしているだもの、何処へ行っても大丈夫」
「! ……リラン」
いつの間に、こんなに大人びたことを言うようになったのだろう。
私はそんな彼女の体をぎゅっと抱き締め、「有難う」と口にした。
「貴女には助けられてばかりだわ」
「! ……お姉様」
そんなことはない、と首を横に振るリランに対して私は微笑むと、今度はその手を握って言った。
「リラン。 必ず、戻ってくるから。
それまで……、お父様とエルマーを宜しくね」
「っ、うん」
リランは約束、と口にする。
その桃色の瞳には少し、涙が溜まっていて。
それを見ていた私まで不意に泣きそうになるのを堪えて、私はリランから背を向けると、馬をあやしているヴィクターに声をかけた。
「ヴィクター、そろそろ行きましょう」
「あぁ」
ヴィクターが頷いたのを見て、私は馬に跨る。
そしてエルマーとお父様、リランの方を向くと、努めて明るい笑みを浮かべて言った。
「行ってきます!」
その言葉に、三人は笑顔で手を振ってくれる。
そしてヴィクターを見ると、頷いてくれた。
私はそんな彼に向けて、「よし!」と気合いを入れると、彼に言葉を発する。
「ヴィクター! 今から競争ね! どっちが早くあの山の麓まで着くか!」
「っ、ちょ、おい! そんなことしてたら体力が持たないぞ……!」
「大丈夫! 私だって、体力に自信があるんだから!」
そう行って先に馬を走り出させた私に対し、彼も馬を走らせて後を追ってくる音が聞こえる。
私が乗っている馬の蹄の音と彼の馬の蹄の音を聞きながら、胸に込み上げてくるものを感じた。
(……私は、泣かない。
これで大切な人達と最後のお別れになんて、絶対にしないから)
私にはまだやるべきことがある。
ウォルター殿下のことだって、彼と……、ヴィクターと歩む未来だって、諦めたりしない。
(大切な人達の為に)
「リゼット」
「!」
そう名を呼ばれ見ればいつの間にか、ヴィクターが私と並んで馬を走らせていた。
そして、「俺も馬術は鍛えているからな」と悪戯っぽく笑ってみせる彼に対し、私はふふっと笑って口にした。
「有難う、ヴィクター」
私の突然のお礼の言葉に、彼は何のことだ、と首を傾げる。
(私の隣には、貴方が居てくれるから)
それがどれだけ心強いか。
貴方は知らないでしょう?
「……ふふっ、内緒」
私がそう言って笑えば、彼は再度首を傾げた。
そんな彼に対し、私は手綱をギュッと持ち直す。
「じゃあ私も、ここから本気を出そうっと!」
「あっ、おい! リゼット……!」
ヴィクターの焦ったような声が聞こえ、私は思わず笑みが溢れる。
(有難う、ヴィクター)
再度、今度はそう心の中で彼に御礼を言いながら、馬を走らせたのだった。
「えーっと……、丁度中間地点、かしら」
私がそう口にすれば、ヴィクターは私が見ていた地図を覗き込み、「そうだな」と頷く。
「しかし一日でこんなに早く着くとは思わなかったな」
「そうね。 きっとお父様も驚くと思うわ。
やっぱり馬車より馬に乗る方を選んで正解だったわね」
「あぁ」
私の言葉にヴィクターは真紅の瞳を細めて言った。
「それにしてもあれだな、リゼットは本当に勇ましいと言うか凄いな」
「!? ちょっと、それはどう言う意味?」
褒め言葉には聞こえない!
と私が怒れば、彼は「今夜はここで寝るか」なんて話題を変えて麓の崖にぽっかりと空いていた穴を指差して先へ歩き出す。
「〜〜〜絶対褒めてない」
私はそうポツリと呟き、彼のその背中を追った。
説明し忘れていたが、私達が目指す“迷いの森”は、私達ラザフォードが東にあるのに対し、森は北西に位置している。
北西、と言ってもこの国の地形上飛び出た部分に位置し、広大である為、西に位置するエルマーの家であるアーノルド邸からでも遠い。
そんな“迷いの森”へは、ラザフォード邸から山を3つ超えなければならない。
山を登らずに迂回することも出来るが、馬でも最低一週間はかかってしまう為、その線は消えた。
だから、馬を使って行ける所までは馬を走らせることにして、山の中を直接突っ切る方法を選んだ私達は今、一日で2つ目の山を越えた所まで移動することが出来た。
暗い洞穴の中に入り、私達は集めて来た木に魔法で火をつけ、その明かりで再度地図を見ながら計画を練る。
「予定より大分早いな。 この調子だと、明日には迷いの森へ着きそうだ」
「そうね。 明日もなるべく早く此処を出て、迷いの森へ向かいましょう。
迷いの森へ着いたとしても、魔女の家を探さなければならないから……」
そう言いながら、私はふと不安にかられる。
(本当に……、魔女はいるのだろうか)
お祖父様は迷いの森へ行き、魔女の声を聞いたが結局会えなかったと言っていた。 しかもその声を聞いた記憶も曖昧だったと言っていたから、本当に魔女が実在するのかすらも分からない。 それにもし会えたとしても私達の願いを……、魔女は聞いてくれるだろうか。
「……リゼット」
「!」
ヴィクターに名を呼ばれ、私はハッと顔を上げる。
その真紅の瞳を木々の間から燃える炎が照らし出す。
心配げに見つめる彼に対し、私は少し笑った。
「……迷いの森へ行くと言っておいて、こんなことを言うのは野暮かもしれないけれど。
本当に、童話の世界の魔女が……、実在しているのか不安になってしまって」
「……この国では子供達が読んでいた本だと言っていたな。 どういう話なのか教えてくれないか」
ヴィクターの言葉に、私は「ええ」と頷き、少し考えてから言葉を発する。
「この本は……、何人かの子供達が章ごとに主人公になっていて、それぞれ魔女を訪ねるというお話なの。
皆心にそれぞれ違う願いを持っていて……、その中には、お金持ちになりたいとか、お姫様になりたいとか、そう言った誰もが夢見るような願い事を持つ子もいるのだけど、違う願いを胸に訪ねる子もいて。
例えば……、亡くなったお友達に会いたいとか、家族に会いたいとか」
「! ……結構、重い話なんだな」
「それは幼いながらに思ったわ。
……だけどね、不思議と読み終わった後幸せな気持ちになれるの」
正直、幼い頃に読んでいた本だから、物語の結末は鮮明には覚えていない。
だけど物語の魔女は、その子達の夢をただ叶えるのではなくて、夢よりもっと大事なことを教えてくれる。
魔法を通して、言葉を通して。
本当に大切なことを……、教えようとしてくれる。
「この本は……、読むのにとても時間がかかるの。
決して難しい言葉で書いているわけではないけれど、深く読み込むことで見えてくるものがあるって、いつか誰かに言われたわ。
だからずっと、マクブライドでは幼い子供達に読み聞かせていたんだと思う」
私はその背表紙をそっとなぞりながら言った。
(……そう、私もこの本をお母様に読み聞かせてもらったもの。
それもあってこの本は、私にとっては特別な本)
「……正に、“魔法の本”なんだな。
昔から、マクブライドの民にそうやって愛されてきたこの本は」
そう言って、ヴィクターも本を見て微笑んだ。
私はその言葉にそっと頷く。
「えぇ。 だからもし、この本を書いたのが魔女で、そう言った子供達の願いを叶えてくれるのだとしたら……、会って私達の話を聞いて欲しい。
魔法でもアドバイスでも。
貴方のお兄様が、助かるのなら」
「! ……そうだな」
私の言葉に、彼はそう口にする。
そして、ギュッと私を抱きしめた。
「!? ヴィクター?」
「……有難う」
私の耳元でそう言った彼に対し、私は思わず笑ってしまう。
「今日は二人で、御礼ばかり言い合ってるね」
「! ……あぁ、そうだな」
私達はそう言って、思わず笑い合ったのだった。
その頃、リゼット達を見送った彼等は。
「……お父様」
小さなリランは、そう呼んだ彼の指先をギュッと握る。
そんなリランに対し、ラザフォード辺境伯は温かな微笑みを浮かべた。
「“リゼなら大丈夫”だろう?」
「! ……うん」
リランは別れ際、大好きな姉であるリゼットに託された言葉を思い浮かべ、更に握る手に力を込めた。
「……行きましょう。 クリフ様」
「あぁ」
リゼのお父様、ではなくエルマーはそう名を呼ぶと、何処か緊張した表情を浮かべて歩き出す。
それに続き足を踏み出した二人の目の前には、月明かりが怪しく照らし出す、イングラム城がそびえ立っていたのだった。




