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20.

 エルマーはどちらかというと、魔法や武器を使う戦争を避けていた。

 それは、元々彼自身が剣を振るうことを嫌っていたからである。

 多分それは、彼の性格上の問題だと思う。

 体を動かすより、本を読むことが好き。

 その為に知識が豊富なエルマーは、敵の情報収集をしたり、作戦会議にはいつも参加したりと、裏方に回っていた。

 だからといって、剣術が苦手というわけではない。

 彼は頭脳戦タイプで、剣のコントロールはピカイチである。

 だから動作に無駄がない。


 それに対してヴィクターは、体格に優れ、体力は人並み外れているという印象だった。

 一つ一つの太刀筋が重く、剣を振り下ろす度に、此方にまで風の音が聞こえてくる。

 私は前世でも、彼が剣を振るっている所を間近で見たことがなかったから、度肝を抜かれた、というのが一番適切な表現だと思う。

 余裕さえも感じさせるような、息一つ乱れない攻撃。

 エルマーはそれに一歩及ばず、防戦一方といった印象だ。


(……凄い)


 女の私には扱えない戦法を二人は軽々とやってみせる。

 その試合を見ているだけで、彼等がどれだけ強いかを証明していた。


(……並みの努力では、こんなことは出来ない)


 重心を剣に込め、ヴィクターがエルマーの剣を薙払おうとするのを、エルマーは歯を食い縛り受け止め、横に受け流す。

 そんな攻防戦が長く繰り広げられていた。

 互角の争いに固唾を飲んで見守っていたが、次第に息の上がってきたエルマーの表情が、前世の記憶と重なる……―――






「っ! 正気か、リゼット!!」


 私と同じ、当時23歳だった彼は、強い力で私の両肩を掴んだ。

 私はその肩に置かれた彼の手をそっと下ろし、「えぇ」と彼の紺青の瞳を真っ直ぐと見つめて言った。


「これは、私が決めたこと。

 ……この戦争を終わらせるには、私がイングラム王国へ行くしか他ないの」


 蝋燭を一つ立てただけの暗がりの中。

 私とエルマー、それからこの国の王・サイラスの三人だけで今後……、騎士団の団長である私のお父様が亡くなった今、大きな戦力を失ったこの国の未来についての話し合いをする為に集まった。

 そこで私は、8年前のあの日断りを入れた縁談……、自身がイングラムに嫁ぐという苦渋の決断をする。


「っ、そんなの、納得出来るわけがないだろっ!

 ……亡くなったリゼの父親が、それを知ったらどれだけ悲しむかっ……!!」

「分かってるっ!

 ……そんなこと、言われなくても分かってるわよ……」


 私の言葉に、エルマーもサイラスも黙ってしまう。

 私は二人を諭すように、ギュッと拳を握りしめて言った。


「でも……、お父様がいなくなった今、これ以上争うのは危険すぎる。

 魔力を使った武力行使は……、一番私達が望まないことでしょう?

 これ以上の犠牲を食い止める方法は、私がイングラムに嫁ぐのが一番」

「それではリゼが幸せにはなれない!」


 震える声で言ったエルマーの言葉が、胸に突き刺さる。

 それでも……、私は。


「……私一人で多くの民の命が救われるのだとしたら、私は迷わず一人でイングラムへ行くわ。

 それにイングラム側も、この国が魔法を司る者達が他にもいることを知っているのだから、私のことを酷い扱いはしない筈よ。

 ……ね? 私は大丈夫だから。

 そんな顔をしないで」

「「……っ」」


 二人の顔が、苦痛に歪む。


(……私は、幸せ者ね)


 戦火の中でも私の身を案じてくれる人達がいて。

 お父様が亡くなっても、一人ではなかった。

 それがどれだけ救われたか。


「……リランを、宜しくね」


 私はそう言うと、二人に背を向け足早に去ろうとする。

 しかしその手を、強い力で掴まれた。


「!」


 驚いて振り返れば……、今迄に見たことがない、暗く憎しみを宿した、限りなく黒に近い青の瞳が私の目を見つめて言った。


「……君を……、あんな奴の手に渡すものか」

「っ!」


 私は今迄に聞いたことがないエルマーの、地を這うような声と形相に、思わずその場で立ち尽くしてしまうのだった……―――






(……っ)


 そんな前世を思い出した瞬間、ふっと意識が遠のきかける。

 それを引き止めてくれたのは、力強くて温かい腕で。


「っ、大丈夫か、リゼット」

「!!」


 そう名前を呼ばれ、意識が引き戻された私の目の前には、額から滴り落ちる汗を気にも止めず、心配そうに見つめる二つの真紅の瞳で。


「……っ、ヴィクター」


 私は思わず、ギュッと彼の着ているシャツの胸元を、震える手で握りしめた。


「……大丈夫、側に居るから」

「!」


 そう彼が私を安心させるように、そっと優しく、大好きな温かくて大きな手で私の頭を撫でてくれる。


「……勝負はついたようだな」


 お父様はそう呟いて、この試合の勝者の名を口にした……。





「……い"っ!」

「あっ、ヴィクター動かないでじっとしてて!」


 今私は、試合で負ったヴィクターの傷の手当てをしている。

 そっとやっているつもりなんだけど、消毒がしみるようで彼は顔を歪ませた。


「分かってはいたが……、あいつ容赦なく切り込んできやがって……」

「エルマーは手を抜いたりはしないわ。

 彼、強かったでしょう?」


 私の言葉に、ヴィクターは「あぁ」と頷いた。


「……リゼットの言う通り、魔法に頼らずとも十分強いんだな」

「ふふ、それがマクブライドを守る私達のプライドだから」


 私がそう言って見せると、彼は「格好良いな」と笑った。

 そしてふっと息を吐くと、「危うく、」と私の髪を撫でながら言葉を発した。


「……リゼットと、ウォルターを守ると言う約束を果たせないかと思った」

「!」


 そう真剣な顔をして言うヴィクターに対し、私は思わず息を飲んでしまう。

 彼はそんな私を見てふっと笑った。


「まあ、結果的に勝てたから良かったが」

「……そうね」


 私は彼の言葉に頷いた。

 そう、お父様の口から発せられた勝者の名前は、“ヴィクター”だった。

 剣の腕前は勿論、私が倒れそうになったところを受け止めてくれたヴィクター殿下にリゼを任せる。

 そうお父様が告げたのだ。


「エルマーは……、どうしているかな」

「もしかしたらまだここに居るかもしれないから、探して来てみたらどうだ。

 ……あ、でももう体調は平気か?」


 私が立ちくらみを起こしたことを心配してくれているんだろう。

 心配気に瞳を揺らしてそう問う彼に対し、「大丈夫よ、有難う」と口にして微笑む。


「そうね、エルマーを探してみるわ。

 まだ情報を集めてくれたことに対してのお礼も言えていないし、少し話をしてくる」

「あぁ、それが良い」

 

 ヴィクターが頷いたのをみて、私は立ち上がって部屋を後にしようとしたが……、そうだ、と思いつき、もう一度彼の側に寄る。

 私の行動に驚いた彼が口を開いた。


「? リゼット? どうし……っ」


 私はそっと、そんな彼の顔に自身の顔を近付け……その唇に、触れるだけのキスをした。

 驚き目を見開く彼に対し、にっこりと笑みを浮かべて言う。


「私の為に、沢山鍛錬を積んでくれて有難う。

 貴方に、勝利の祝福を」


 そう言って今度こそ立ち去る私に、彼が「いつから気付いていたんだ!?」と叫んでいることに対し、きっと顔を真っ赤にさせているんだろうなと思いつつ、逃げるようにその場を後にしたのだった。


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