4.
―――
「俺に関わるな」
「どうして」
私の問いに対して、彼の真紅の瞳が一瞬戸惑ったように揺れた…ように見えたが、またいつもの冷たい表情に戻ると口を開いた。
「……お前には、関係のないことだから」
(関係ないって……)
いつも、そうだった。
貴方は最初からそう言って、ずっと私を避け続けた。
真紅の瞳……まるでその瞳には何も映していないように。
ただ私には、その表情もその背中を見て、心の中で引っかかっているものがあった。
だけど聞けない。 聞きようがない。
貴方が私を拒むから。
(今更、貴方のことなんて)
……私には関係ない、はずなのだから―――
「……ん」
パチッと目を開ければ、見慣れないシャンデリアのついた白い天井。
(あれ……)
ここどこだっけ、そう思ったのも束の間、不意に影が差した。
条件反射に手が出そうになった私のその手を逆に強い力で掴まれる。 驚いてみれば、そこには真紅の2つの目。
「……ゔぃ、ヴィクター殿下か……」
「……驚かせたのは悪いが、流石は貴女だな」
「はい?」
ヴィクターはククッと笑いながら見下ろした。
「世の女性で、先に手が出る者はいないだろうな」
「〜〜〜! 悪かったですね!!」
私は武術鍛錬を受けていて、普通の女性ではありませんから!!
そう怒って見せれば、ヴィクターは「はいはい」と手を放し、その場を立つ。
(……前世で、あんなに柔らかい表情をすることがあったかしら)
そんなことを夢の延長でふと考え、いや、心を許してはいけないと自分を叱咤している間に、ヴィクターは、ベッドの近くに椅子を持ってきて座った。
そして私の方を向くと、話を切り出した。
「君が起きたところで、今後のことについて言っておきたいことがある」
「? 何ですか?」
どうせ“俺に関わるな”あたりが来るだろう。
そう突っ込みながら聞いていると……、思いもかけない言葉が彼の口から飛び出した。
「ウォルターにはあまり関わるな」
「……は?」
一拍置いて私の口からは不躾にも、素で飛び出てしまった。
(? ウォルター殿下? 何故そこで第一王子の名を? 自分のことではなくて?)
前世とは違う出来事に、私は目をパチクリとさせれば、ヴィクターは「そういうことだ」と何故か言い張り、その場を立とうとする。
「え、ちょっと待って下さい! 話はそれだけですか?
でもどうしてそこでウォルター殿下が? あの方は第一王子で、貴方のお兄様で……」
「……確かに兄だが、あの人とは別に、近しい間柄でもない」
「??」
そんな言葉がヴィクターから出たことに首を傾げた私に、彼はハッとしたような顔をして「とにかく」と口を開いた。
「俺がいるときならまだ良いが、ウォルターと二人きりにはなるな。 それから陛下にも。
……良いな」
「……っ」
そう言った彼の瞳は、冷たかった。
……まるで、“前世”の夢と同じ。
ただ、あの時とは違って見えた。
それは……。
「……寂しいの?」
「!?」
ハッとした時には遅かった。
ヴィクターは私に歩み寄ってくると……、バンッとベッドに肩を押し付けられる。
幸いベッドが柔らかくて助かったが、至近距離に来たヴィクターの瞳の奥は、怒りと悲しみが渦巻いていて……。
「っ、お前に、何が分かる!!」
「っ」
想像していた以上に面と向かって言われた彼の言葉が、私の胸に突き刺さる。
掴まれた肩以上に、心が痛い。
私まで顔が歪んでいたのか、ヴィクターは我に返ると踵を返して行ってしまう。
「ヴィ……」
私が名前を呼ぶより前に、ヴィクターはパタンと部屋の扉を閉じて行ってしまう。
(……前と、同じ……?)
彼の言葉も、表情も。
前世で結婚した時と少し違うような、でも表情はなんとなく、似ている気がして。
(考えれば考えるほど、分からない)
何の為に彼は、“ウォルターには関わるな”と言ったのか。
そもそも前世で、“ウォルター殿下”なんていたっけ……?
(……あっ)
そういえば、聞いたことがある。
結婚した後、ヴィクターは私との婚姻を結んだことによってこの国の王となった。
その時、ヴィクターが珍しく口を開いた。
“本来は、今は亡き兄が継ぐはずだった”と。
(それを聞いた後、彼はすぐに口を噤んで“忘れろ”の一点張りだったっけ)
『今は亡き兄』……お兄様はこの先、私が辿る二度目の未来……、8年の間に亡くなってしまうことになるのか。
(ヴィクターはそれを、知っているの……?)
ヴィクターとウォルター殿下の間に何があるのかは知らない。
けれど、何故か放っておいてはいけない、そんな気がした。
(許嫁の兄弟、しかも王家のことなんて関わらない方が良いのかもしれないけど)
もしかしたら、ヴィクターがウォルター殿下と私を近付かせたくない訳が、私の家族を守ることのヒントに繋がるかもしれない。
(下手に調べても怖いけれど、調べてみる価値はありそう)
ヴィクターやウォルター殿下に関わりたいわけではない。 ただ、私には守りたいものがあるだけ。
(……ここにいる間にやるべきことは決まったわ。
とにかく、一刻も早く情報を得なければ)
私が選んだ、“前世”より早い、この城での暮らし。
それがこの先の未来で、前世とは違う運命を導いていけるのか。
……いや、必ず導いてみせる。
お父様と妹に、私の所為であんな死に方をさせるだなんて二度とごめんだから……
その後すぐに、食事に呼ばれた。
食事は大抵、部屋のすぐ隣部屋の広い一室で摂るようになるそうだ。
白を基調とし、レース生地のテーブルクロスがかけられた部屋。 清潔感のあるその部屋も、私好みだった。
(凄いわ……、前世とは大違い。
まあ前世では嫌々嫁ぐ感じになってしまったから仕方がないけれど)
でもこれ、誰がカスタマイズしているのかしら?
ヴィクターがやってるとは到底思えないのだけれど……。
何て疑問に思いつつ、美味しい食事に舌鼓を打つ。
(……それにしても)
私はチラッと給仕の方を見れば、「如何なさいましたか?」と尋ねられる。
「一人で食事は、少し味気ない気がするのだけど……」
暗に誰かと一緒に食事をしたかったと。
一人で、広い部屋で静かに食事をしなければならないなんて、折角の美味しい食事もあまり美味しく感じられない。
それより、何となく緊張してしまう。
(前世で嫁ぐ以前は、お父様と妹と三人で、楽しく食事をしていたのに……)
戦場にいた時だって、周りの兵士と一緒にご飯を食べていたくらいなのに。
「……ヴィクター殿下は、お食事はどうされているの?」
聞くまでもないが、一応尋ねておく。
すると、私の身の回りの世話をしてくれている若い侍女のアリーが口を開いた。
「ヴィクター殿下は、御公務でお忙しいので、普段より自室でお食事を摂っていらっしゃいます」
「……そう」
(やはりまだ殿下といえど、仕事が忙しいのね……それでは、情報収集も彼に干渉され難くはあるかしら?)
私はヴィクターの行動をさりげなく伺いつつ、「そういえば」と口を開こうとしたその時、急に扉が開いた。
「!? ウォルター殿下!?」
「えっ?」
思いがけないアリーの悲鳴に似た声に反応し、私が扉を向けば……、笑顔で手を振るウォルター殿下の姿があった。




