15.
天窓から差し込む陽の光が、温かく部屋に降り注ぎ、パラパラと本をめくる音と、時を刻む時計の音だけが耳に心地よく響く。
そんな部屋の中、私はそっと、真紅の瞳を本に向ける彼の姿を伺い見た。
(……あれから、彼と言葉を交わしたのは、此処に来た時、“大丈夫か”と心配してくれた彼に“大丈夫”と伝えただけ……)
窓から見える青空とは打って変わり、私の心は冴えない。
無心で本を調べ漁っていたけれど、やはり彼が近くにいると思うと、どうしても意識してしまう。
(碌に会話も出来ないし、これでは調べるのに支障が出そう……)
なんて思わず漏れ出そうになった溜息を慌てて引っ込め、手に取った本の表紙を見る。
すると、そこに書かれていたのは。
「! ……これって……、ヴィクター!」
「!」
私の呼びかけに、彼はハッと顔を上げた。
そして、私に歩み寄って来た彼にその本を見せる。
「これって、もしかしなくても……」
「……あぁ、間違いない。
この本は間違いなく、ウォルターと……、レベッカの、“透視魔法”に関する本だ」
そう頷いた彼に対し、私は「やったー!」と、思わず彼の背中に手を回す。
彼も抱きしめ返してくれたが、次の瞬間、べりっとまるで効果音でもつきそうな勢いで剥がされる。
(え……)
思わぬヴィクターの行動に、私は驚いて彼を見上げれば、ふいっと顔を逸らされる。
そして、「読んでみよう」と告げた彼は、その本を持って椅子に座る。
(……どうして、目を合わせてくれないの?)
何となく、彼に避けられたような気がして。
胸の奥がチクッと、針を刺したような感覚に襲われる。
(気の所為、だよね……)
私はギュッと気が付かれないように拳を握り、彼から少し距離を取りつつ、隣の席に座る。 そして、ポケットから手帳を取り出した。
「……これと、照らし合わせながら読んでみましょう」
そう言った私に対し、彼は頷き、手帳と本の中身を照らし合わせながら読み進めていく。
その本に書かれていた、“透視魔法”の説明は、メアリー様が調べた情報と一致していた。
それに加え、彼等が何処に生まれ育った地の方々かも記されていた。
簡単に説明すると、“透視魔法”は、この大陸より西方に位置する島国の人々が司る魔法だった。
希少な魔法であり、その島民の数も少なかったが、“透視魔法”を司る者達によってその島の安寧は保たれていた。
しかし、その秩序を乱す者達が現れる。
それが大陸から来た者達だった。
その大陸から来た人々は、希少な魔力持ちに目を付ける。
その結果、島民を含め、“透視魔法”を持つ者達は、彼等の武力行使により奴隷にされてしまい、家族諸共その島にいた者達は皆、離れ離れとなり、現在では何処にいるのかは把握されていない……。
「……っ、なんて酷いことを」
「大陸は……、俺達の大陸のことなんだろうか」
そんな酷いことをする奴等がいるなんて。
そう言ってヴィクターは眉を顰めた。
「ということは、レベッカ様も同じ境遇だった、ということ?」
「……恐らく。
もしかしたら、この話はもっと昔のことなのかもしれないが、どちらにしろ、イングラムに連れて来られた“透視魔法”を持つ血縁者から生まれ、その人達に捨てられたか何かで身寄りがない子供として施設に入れられたのは事実だろう」
「……っ」
(なんてことを)
もしかしたら、裏にはそういう理由で都合が悪かったから、彼等の魔法に関する文献が少ないのかもしれない。
この本にだって、あまり多くは書かれていない。 まるで、存在そのものを否定するかのように。
「……取り敢えず、この本を部屋の外に持ち出しても良いか、ラザフォード辺境伯に聞いてくる」
「! お願い」
彼は頷き、その本の題名を改めて見てから部屋を後にする。
その後ろ姿を見て、私は思わず息を吐いた。
(……彼はやはり、私を避けている気がする……)
そんなことを考えた私だったが、慌てて首を横に降る。
(いいえ、今はそんなことを気にしている場合ではないわ。
こうして透視魔法に関する本が見つかったんだもの、何としてでも方法を、見つけ出さないと)
私は両頬をパチンッと叩くと、もう一度読みかけていた本を読み進めていく。
“透視魔法”には、術者の体力によって魔力量が異なるらしい。
その例に、生まれつき体の弱かったレベッカ様は、勝手に魔力が使用されることで人前に出ると、直ぐに倒れてしまうことがあった。
その為に、表舞台にはあまり姿を現さない方法を取るしかなかった、と手帳には書かれている。
一方、ウォルター殿下は健康体であり、レベッカ様より格段に魔力が強かった。
一気に魔力を使うことがない限り、倒れたりはしないという。
ただ、体に影響が出ていない分、どれだけ魔力を消耗し、寿命を削っているかは分からない。
(……そんな、ことがあるだなんて)
私は思わず、自分の手を見た。
私達ラザフォードの火の魔力には、限度を超えて大量に使用しない限り寿命を削られたりはしない、そう伝えられている。
又、一人当たりの魔力量は決まっている為、一気に放出出来る量には制限や個人差がある。
だから、魔力によって命を削られることは、コントロールすることによって防げる。
(だけど、彼等は……、コントロールが出来ない)
他者を見ただけで、その人の心の中が読めてしまう。
それだけではなく、触れただけでその人の夢を見ることや、考えを共有してしまうことも可能だ。
それから、他者の夢の中に入り、語りかけることも。
(……その魔力を使ってウォルター殿下は、お父様である陛下の戦争に、加担していた)
どれだけ多くの人の心を、読んだのだろうか。
悪事を企てる者達の心や汚れた心を、どれだけあの澄んだ瞳で、見てきたことだろう。
……だから、ウォルター殿下は、レベッカ様が亡くなった年より若い筈なのに、その命は、もう……。
「……ト、リゼット!」
「っ」
そう名を呼ばれ、ハッと顔を上げた。
そこには、心配そうに私を見つめる、真紅の瞳が近くにあって。
「あ……」
私は言葉を紡ごうとしたが、いつの間にか泣いてしまっていたのだろうか、止め処なく涙が溢れて止まらない。
ヴィクターはそんな私に手を伸ばしてきて……、ギュッと抱き締められた。
「ぇ……」
小さくそう発した言葉に、ヴィクターは再度ギュッと私を抱き締め、私の髪をそっと撫でてくれながら囁くように言った。
「大丈夫、大丈夫だから。
ウォルターは、必ず助ける。
……今はきっと疲れているだろうから、ゆっくり休め」
「っ」
休んでいる暇はない。
そう言おうとしたが、ギュッと抱き締めるヴィクターの温もりに包まれたことで安心したのか、今迄にない眠気が私を襲う。
(……温かい……)
そんな心地の良い眠気に抗えず、重い瞼を閉じた私は、意識を手放したのだった。
その頃、丁度城の庭では、リランが木の下で本を読んでいた。
「なーに読んでいるの?」
「! エルマーお兄様!」
そう屈託のない笑みを浮かべる彼女に、エルマーは破顔する。
そして彼女はそんなエルマーに、「この御本だよ!」と茶色い表紙の古めかしい本を差し出した。
「……あぁ! これ! 懐かしいなぁ。
お兄ちゃんも、君のお姉ちゃんと良く読んだ本だ」
「そうなの!? お姉様、私にも小さい頃からこの御本を、読み聞かせてくれたんだぁ」
そう嬉しそうに言うリランに、エルマーは「そっか」とその小さな頭を撫で、パラパラと本を捲る。
そしてふと、破れたページを見て目を丸くした。
「……ここは、どうしたの?」
エルマーが不思議に思ってリランにそう尋ねれば、リランは首を傾げて「分からないの」と口にした。
「その御本を貰った時には、そのページはなかったんだって。 お姉様が前に言ってた」
「……そう」
エルマーには、何か引っかかるものがあった。
この本と、それからその破られたページに。
「……お兄様?」
エルマーが急に黙ったことを不思議に思ったのか、リランが首を傾げる。
それに対しエルマーは、「あー」と口を開いた。
「……ごめんね、お兄ちゃん急用が出来たから、今日は帰るねってお姉ちゃんに伝えておいてくれるかな?」
「? 分かったー」
そう言ってエルマーは本を返し、アーノルド家へと向かったのだった。
……予感が当たっていることを、祈りながら。
そんな彼の背中を、幼いリランは目で追っていた。
両手に、“魔女と深淵の森”という本を、携えながら。




