10.
メアリー様と別れ、城に戻る頃には、綺麗な星々が藍色の空で輝いていた。
私はメアリー様から借りたランプに魔法で火をつけ、ヴィクターの隣を歩く。
「……リゼット」
「? 何?」
「有難う」
彼の真っ直ぐなその言葉に、私は反射的に顔を上げた。
ランプに照らし出された彼の真紅の瞳は、私を見ていて。 そんな彼に対し、「どう致しまして」と答え、私は言葉を紡ぐ。
「……正直、余計なお世話だと怒られてしまうかと思った」
「? 君が余計な世話を焼くことなんて、しょっちゅうだろう?」
「!? そ、それは迷惑って意味よね!?」
私が思わずヴィクターの言葉にそう食い気味に言えば、彼は「い、いや」と首を横に振って言った。
「迷惑とか、そういうことではなくて……、ハラハラするというか、驚くことはあるが……、ってリゼット?」
(それって絶対、褒めてないわよね!?)
ヴィクターの言葉に少し落ち込んだ私は、下を向いてしまう。
「……ごめんなさい、私、すぐ無茶して危なっかしいと父にも良く叱られたものだから……。 !」
そう言った私の頭に、温かな手が乗る。 ハッとして顔を見上げれば、彼は困ったように笑って言った。
「謝らなくて良い。 それが君の良い所でもあるんだから。
……あまりにも無鉄砲過ぎる行動は、此方の心臓がもたないから考えものだが……、少なくとも俺は、感謝しているんだ。
こうしてもう一度……、母と語り合える日が来るとは、思わなかったから」
「!」
そう言って嬉しそうに微笑むヴィクターを見て、私も思わず笑みが溢れる。
「……ふふっ、それなら良かったわ」
「あぁ。 だから、自信を持て。
……俺は、そういうところも含めてリゼットが好きだから」
「!!」
今度は、不意打ちを食らった私が顔を赤くする番で。
彼も少し顔を赤くしながら、少し先を歩く。
そして、「俺は」と口を開いた。
「君のように、真っ直ぐに言葉を伝えることは苦手で……、さっきのように、他者に誤解を与えやすいから。
正直、リゼットが羨ましい」
「……!」
初めて聞く彼の言葉に、私はギュッと彼の手を握った。
そして驚く彼に向かって口を開く。
「確かに……、ヴィクターは他人に誤解を与えやすい方なのは良く知っているわ」
前世の時からそうだったもの、と心の中で呟く。
(……でも)
「その言動は全て、貴方なりの優しさが含まれているということもちゃんと、私は分かっている。
だからもし、ヴィクターが誤解を与えてしまうことがあったとしても、私は貴方の味方だし、その前にその誤解を解くことに努めるわ。
だから貴方こそ、堂々と胸を張っていれば良いの。
……私も、その……、そういう部分も含めて、貴方のことが好きだから」
「! ……リゼット」
彼の真紅の瞳が、ランプに照らされた炎によって妖艶に揺らめく。
その艶やかな色を纏い近くなった距離にハッとして、私は慌てて口を押さえた。
「ゔぃ、ヴィクター! ここでは駄目!」
公共の場だから!
と私が言えば、彼は一瞬がっかりしたように見たのも束の間、心なしか嬉しそうに口を開いた。
「そうか、公共の場でなかったら良いのか」
「!? そ、そそそういうわけではな……っ」
私がそう彼に向かって反論しようとすれば、嬉しそうに繋いでいた手にチュッと、軽く口付けされる。
きっとこれ以上ないほど赤くなっているであろう私に対し、彼は耳元で囁いた。
「城に戻るのが楽しみだな、リゼット」
「〜〜〜〜か、からかっているでしょう!!」
「さあ?」
そう言って何処までも艶めかしく笑う何枚も上手な彼に対し、私は口では怒りつつも、彼の言動に翻弄され、心臓が鳴り止まなかったのだった。
「……さて、これからのことなんだけど」
翌朝。
朝食を取り終えた私とヴィクターは、私の部屋へと移動すると、私から話を切り出した。
「メアリー様から頂いたこの手帳に書かれていたことに、ざっと目を通させて貰ったの」
「!? 昨夜は遅く帰って来たというのに、それから読んだというのか!?」
「……ま、まあそういうことね」
ヴィクターの口調に怒気が孕んだのを感じ、私は慌てて言葉を発する。
「それは兎も角!
……この手帳には、メアリー様が長年研究して来た、彼等の魔法……、“透視”魔法の能力、それによる疲労や体への影響などが書かれていたわ。
レベッカ様を対象としているようだから、ウォルター殿下と体力差なんかはあるかもしれないけれど、大体は一緒と見て……、やはりこのままでは、最悪2ヶ月で亡くなるというのは本当かもしれない」
「! ……そうか」
ヴィクターの顔が強張る。
私も「だから、」と慎重に言葉を紡ぐ。
「陛下から時間を頂いたこの1ヶ月……、を切っている今、時間に余裕はない。
私達が少しでも判断ミスをしてしまえば、取り返しのつかないことになってしまう」
「……あぁ」
ヴィクターは頷き、ギュッと拳を握りしめて言った。
「要するに、判断を誤らずに的確に助ける術を見つけ出さなければいけない、ということか」
「えぇ、その通りよ。
……だから、私が考えたのは……、“協力者”を増やすこと」
「!? 協力者……?」
私がヴィクターの言葉に頷けば、彼は「でも、」と口を開く。
「この魔法のことは、国の重要機密だぞ?
口外することは」
「そうなの。 ……だけど、私達だけではとても、手が回らないと思う。
これだけの情報量を、何年もかかって行なっているということは、この1ヶ月だけでは十分な情報収集は出来ないと思う。
……だから以前、陛下が考えたことを行動に移してみようと思うの」
「父さんが、考えたこと……?
それは一体」
ヴィクターが首を傾げたのを見て、私はそれを説明するべく口を開いた……。
……ガタンッ、ガタン。
揺れる馬車の中。
窓の外の移り変わる景色を、ヴィクターは興味深そうに見つめて言った。
「長閑な場所なんだな」
「貴方の国とは違って、ここは街より自然の方が多いの。
……そういえば、ヴィクターはマクブライドに来るのは初めて?」
「……戦地を駆け回って国境に居たくらい、だな」
そう暗い表情で言う彼に、私は慌てて言葉を発する。
「そ、そうなのね。
でも、ここもイングラム国に負けず、とても良い所なのよ。
自然が豊かで、農作物も豊富に取れるの。
今度来る時は私が案内するわ。
……と言っても、城下にはあまり降りたことはないから、森しか案内出来ないと思うけれど」
そう言って肩を竦める私に対し、彼は「そうか」と微笑みを浮かべて言った。
「君の生まれ住んだ場所を訪ねるのは、とても楽しみだ」
「……そう言われると、何だか恥ずかしいわ」
私がそう言ったのと同時くらいに、走っていた馬車が止まった。
私は「着いたみたい」と言って、扉を開けてその地へ降り立つ。
彼も馬車から降り立ったのを見て、私は少し畏まったように笑みを浮かべて言ってみせた。
「ようこそ、ラザフォード家へ」
そう言ってから私は、久しぶりに訪れた、生まれ育った家を見上げて小さく、「ただいま」と口にしたのだった。




