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3.

「ようこそ、おいで下さいました。

 我が弟の婚約者殿」

「……?」


 馬車の扉が開き、出迎えてくれたのは、私の旦那様であるヴィクター……、ではなかった。

 金色の髪にサファイア色の瞳。

 髪も瞳も違うけれど、その面立ちは、何処かヴィクターに似ているような……。


(……ん? 我が弟?)


 私の思考が、この目の前の方の言葉に反応したのも束の間、チュッと軽いリップ音が鳴る。


「!?」


 それは、その人が私の手を取り、流れるようにキスをしたからだった。

 驚いて固まる私。

 そしてその人も、何故か驚いたように私を見上げ……、何事もなかったように薄く笑ったその時、取られていた私の手を逆に奪うように掴まれた。

 今度こそその手に見覚えがあり、私はあっ、と声をあげる。


「ヴィクター、殿下」


 私がそう口にすれば、殿下は真紅の瞳で私を見下ろし……、何も言わずつつっと視線をずらすと、私の目の前にいる男性を見て口を開いた。


「……俺より先に出迎えないでもらえますか、兄上」

「あ、に……」


(……それって……、まさか)


 私はもう一度、しっかりとその人を見た。

 ヴィクターが兄上と呼んだその男性は、間違いなく。

 私が尋ねるより先に、その人は自分の胸に手を当て、口を開いた。


「あぁ、これは失礼。 大事な弟のお姫様に手を出したりなんてしたら怒られてしまうね」


(その心配はないような……)


 そんな私の苦笑交じりの表情にヴィクターのお兄様は構わず言葉を続ける。


「改めまして、お初にお目にかかります、リゼット・ラザフォード嬢。

 私はこの国の第一王子、ウォルター・イングラムだよ。 宜しくね」

「は、はい、こちらこそ、宜しくお願い致します」


 思いがけない第一王子との出会いに、思わず動揺して一拍遅れてしまったが、ウォルター殿下はあまり気にした素振りは見せず、ヴィクターの肩を軽く叩いた。


「ごめんごめん。 邪魔しちゃったね。

 後はお二人でごゆっくり」


 そんなことを言ってウォルター殿下はひらひらと手を振ると行ってしまう。


(い、いきなり二人きりっていうのも……)


 手伝ってくれる方は誰かいないのかしら、と助けを求めようと辺りを見回したが、この場にいる沢山の侍従の皆、一様に頭を下げているだけ。


(……うっ)


 私は居たたまれなくなってチラッとヴィクターを見れば、まだ何処か幼さすら感じる顔立ちが間近にあった。

 思わずのけぞろうとしたが、何故か動かない。


「?」


 見れば、ヴィクターの手が私を掴んでいる。


(……あぁ、さっき私の手をウォルター殿下から剥がしたから)


「え、と」


 お礼を言おうかその手を見ながら迷って口を開いた私に、ヴィクターはハッとしたようで物凄い速さで私の手を振りほどいた。


「!?」


 私は思わず顔を上げれば、ヴィクターはパッと視線を逸らし……、「ついてこい」とだけ言ってさっさと城へと向かって歩き出してしまう。


(……で、出迎えって一体)


 私はそう思ったが、このままヴィクターに置いてけぼりにされたら怒られてしまう。

 そう思って自分が持ってきた軽い荷物を持つと、前を歩くヴィクターの背中を慌てて追いかけた。





 廊下を歩いている最中、会話といった会話は何もなかった。


(……相変わらず、広いお城ね)


 廊下が長すぎて一向に辿り着かない。

 昔から思っていたのだけど、そろそろ建て替えたほうが良いのではないかしら。 あまりにも使っていない部屋が多いのだから。

 なんてどうでもいいことを考えながらヴィクターの二、三歩後ろを歩いてついていっていた後、突然ヴィクターがクルッと後ろを振り返った。


「!」


 思わず体が硬直したが、ヴィクターは何故か私の荷物鞄に目を移して言った。


「重いのか?」

「え?」


 荷物鞄のこと?

 私は横に首を振り、「いえ、むしろ軽いくらいです」と答えた。

 ヴィクターは「そうか」とだけ口にしてさっさとまた前を向いて歩き出す。


(……? 何だったの、今の)


 よく分からなかったが、少し腹が立った。


(何よ、前世の時は“そんなに荷物は持ってくるな”と半分以上実家に送り返したくせに)


 だから、この必要最低限の服やら何やらを詰めてここに送ったものと鞄だけで、後は身一つで来たというのに。


(厳選するの大変だったんだから)


 そう内心イライラとしていたが、前世と今の旦那様は違う、と自分に言い聞かせ、八つ当たりしたい気分を何とか堪えていると、向こうを向いたままヴィクターが口を開いた。


「ここから階段を登って2階が君の部屋だ。

 俺は3階だ」

「? 同室ではなくて?」


 私の言葉に、ヴィクターは「は!?」と怒ったように言った。


「お前、未婚の男女が同室で良いとでも思っているのか?」

「あ……」


 ヴィクターの言葉に、私は自分の言葉の過ちに気付き、「ご、ごめんなさい」と謝った。

 すると、ヴィクターは「気を付けろ」とだけ言って足早に歩き出す。


(……そうよね、半年前……前世では亡くなった年と同じ23歳の時に嫁いだから、歳的にすぐにヴィクターの嫁入りしたから同室であっただけなのよね)


 ……そう考えると、この1年間は割と、穏やかに過ごせるかもしれない……?


(まあ、半年間同室だった時も、ほとんどヴィクターは部屋には来なかったから、変わりはないのだけれど)


 寧ろこの国の情報収集(お父様と妹を守るための)は、ヴィクターの近くにいないと難しいし……。

 うーんと考えている内に、ヴィクターが足を止めたのに気が付かず、その背中に顔面をぶつけてしまう。


「いっ……」


 たぁと、ヴィクターの広くて堅い背中に顔をぶつけた私。

 ハッとして顔を上げれば、男性にしては大きい瞳の彼の目は据わっていた。


「……何を考え事をしている」

「い、いえ……すみません」


 今日は何度謝ったことか。


(だって相変わらず、威圧がすごすぎて……)


 こんなんでこの先大丈夫だろうか。

 思わず小さくため息をつきそうになったところで、彼はポケットから鍵を取り出すと、その部屋をガチャリと開け、私を中へと通す。


「……わ」


 私は思わず声を上げそうになった。

 私が通された一室は、確か前世では来客用の部屋だったのだが、今は私が使えるようにしてくれたらしく、白やピンクを基調とした、花柄の家具などが置かれていた。


(……え、で、でもどうしてこの部屋に……?)


「……これって、私の部屋ですか?」

「あぁ、お前の部屋だ」


 今日は驚くことばかりだ。 本当にこれでは、お姫様待遇ではないか。

 ……前世では、こんなことあり得なかったはずなのに。


「す、好きに使って良いの?」

「あぁ」


 私は心の中でガッツポーズをしそうになった。

 実は私は、可愛いものが大好きなのだ。

 ただラザフォード家にいた時は、騎士道を重んじていた為、あまりそういうものをひけらかしたり集めたりするようなことはしなかったのだが……、だからこの部屋はまさに私の天国だった。


「気に入ったか?」

「えぇ! ……っ」


(お、思わず食い気味に……!)


 私は慌てて何か言葉を付け足そうとしたが、言葉は見つからない。


「……ふっ」

「!?」

 

(!? 今鼻で笑った!?)


 私の斜め上から、彼の口からそんな笑いが漏れたことに気付き見上げれば、私の視線に気付いた彼はコホンと軽く咳払いをして言った。


「君の家から送られて来た荷物は全て、侍女達に片付けさせた。

 何か分からないことがあったら、侍女に聞け。 良いな」

「あ、有難う、御座います……」


 お礼を言った私に、ヴィクターは半拍置いて「それから」と口を開いた。


「後で話があるから、それまでここで休んでおけ」

「? はい」


 私はそう返事をすると、ヴィクターはすぐにパタンと扉を閉じて行ってしまう。


(話って……、あれかな。 前世でも確か、言われたことがあるやつ)


 “俺に関わるな”。


 それが前世での結婚生活での、彼との約束だった。


(もう本当、この人は何を考えているかよく分からなかったわ)


 どうして私を嫁にしたのか。


(……まあ前世でも今世でも、十中八九、私の、ラザフォードの血が欲しかったのかしら……)


 でもそれにしても、前世では結婚初夜もその後も、私に手を出したことなんて一度もなかったような……?


「〜〜〜あぁ、ますます分からないっ」


(まあでも、あまり私には関係ないことよ)


 お父様と妹を守れればそれで良い。

 そのための結婚よ。

 私はピンクの淡いバラ模様のベッドに、そっと腰掛ける。

 それをなぞりながら、「可愛い」と呟き……、気が付けばそのまま眠っていたのだった。

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