2.
「……ごめんなさい」
陛下との話し合いが終わると、私はヴィクターを自室へと招き入れ、ヴィクターに向かってそう口を開いた。
それによって驚いたような表情を浮かべる彼は私に聞いた。
「何故、君が謝る?」
「貴方を……、巻き込んでしまった上、ウォルター殿下のことを何も伝えていなかったから」
「……だから、君は俺に謝罪をしたと?」
「っ、だって……っ」
その続きの言葉は、彼によって阻止される。
……それは、彼の顔が目の前にあること……、つまり、彼の唇で塞がれたからだ。
「……んなっ!?
ちょっと! 何考えてるの!!」
きっと赤い顔をしているであろう私に対し、彼はふっと笑うと、私の頭をまるで子供をあやすみたいに、温かい大きな手で撫でて言った。
「そうそう、君にはそういう顔の方がよく似合う。
だからあまり深刻そうな顔をするな。
君は間違えたことをしていないのだから、胸を張れば良い」
「! ……それ……ふふっ」
「?」
突然笑った私に対し、彼は首を傾げる。
「ウォルター殿下にも、同じことを言われたわ」
「! ……兄さんに?」
ヴィクターは心底驚いたような表情をして、そういえば、と彼は思い出したように口を開く。
「さっき、陛下に向かって“貴方方は似ている”と言ったように聞こえたんだが……、あれはどういう意味だ?」
「! ……それは……」
(言葉とは裏腹に、瞳の奥で、何処か“寂しそう”な表情を浮かべるのが似ている、なんて言えないわよね)
「ふふっ、秘密にしておくわ」
「何だそれは」
彼はそう言って首を傾げたものの、私が笑っているからいいや、と言って再度頭を撫でる。
その大きな手に安心した私は、彼に向かって言葉を発した。
「……さっき、ヴィクターも聞いていたと思うけれど……、ウォルター殿下に口止めされて、貴方に言っていなかったことがまだあるの」
もう、ここまで来たら彼には伝えなければいけない。
伝えなければ、一生彼は後悔すると思うから。
「……貴方のお兄様に聞いた話を全部、聞いてくれる?」
そう私は恐る恐る尋ねれば、彼は私の手をギュッと握り、「あぁ」と真剣な顔をして頷いた。
そうして私は、ウォルター殿下に口止めをされていて、ヴィクターには話していなかったこと……、ウォルター殿下の魔法は使うことによって命を削られていき、又それによって短命であること、寿命は長くは持たず、目を覚ますかどうかも分からないということ。
ヴィクターはその間黙って聞いていた。
そして私がウォルター殿下から聞いた話を全て話し終えた時、突如ギュッと私を抱きしめた。
「!? ヴィクター……?」
驚く私に、彼は肩を震わせて言った。
「……どうして……、どうしてそんな大事なことを、兄さんは俺には話してくれなかったんだ。
……それに、レベッカのことも……、兄さんも同じ魔法を持っていたから、俺にはレベッカの死因についても教えてはもらえなかったというのか……」
「……その話は、無事に貴方のお兄様を助けた時に、思う存分彼にぶつけると良いわ。
その為には、貴方に後悔してほしくない」
私はヴィクターから体を離し、彼の頰に伝う一筋の涙をそっと拭いながら思った。
(もう、大切な人を失うのは二度とごめんなの。
何も出来ずに一生会えなくなったあの悲しみを、辛さを、絶望を二度と……、誰にも味わって欲しくないから)
「だから……、絶対に諦めてはいけないわ。
貴方の大切なお兄様を、陛下を、この国を、マクブライドを救う為に。
私達が幸せになる道を一緒に、探しましょう?」
「!」
そう言って、彼に手を差し出す。
すると、彼は何の迷いもなく、少し鼻を啜って「あぁ」と力強く頷き、差し出した私の手を握ってくれたのだった。
「本当に、ここで合っているのか?」
「えぇ、間違いなくウォルター殿下はこの部屋にあると、夢の中で言っていたわ」
ヴィクターと私が今いる場所。
それは、ウォルター殿下が私へと宛てた“手紙”を探しに、ここ……、東の主塔の殿下が“秘密基地”と呼ぶ場所に来たのだ。
「……でも、あると言った割には、彼此2時間以上は探しているぞ?」
ヴィクターはそう言って、簡易のベッドの下を覗きながら無い、と呟いた。
それを見て、私も「そうなのよね……」と頭を抱える。
「部屋の場所は聞き取れたんだけど、手紙が何処にあるかまでは上手く聞き取れなかったの。
……ごめんなさい」
時間がないのに、手紙を探すだけで何時間もかかってしまっている。
私は手紙はもう見つからないのではないかという焦りと不安から、無意識のうちにギュッと拳を握った。
それを見たヴィクターは、私の肩にポンっと手を置いて言う。
「焦りは禁物だ。 そう広くない部屋だし、その内見つかる……ん?」
「? どうしたの?」
ヴィクターは何かを閃いたように、急に簡易ベッドを動かし始めた。
「!? きゅ、急にどうしたの?」
私はそうヴィクターに問いかけつつ、簡易ベッドをどかそうとする彼の手助けをしようと、彼とともにベッドを動かした。
すると、彼は「もしかしたら、」と私に言い、ベッドをどかしたことで現れた石畳の床の一部を踏むよう私に言う。
「?? この石を踏めばいいの?」
「あぁ」
彼の言葉に私は恐る恐るその石を踏む。
すると。
「!?」
ゴゴゴという重い石がまるで擦れ合うように鈍い音を放ち、私の目の前に現れたのは。
「え、え??」
人が一人通れるほどの穴がぽっかりと開いており、その下は螺旋状に下っていく階段が出来ていた。
「……こ、れって」
「隠し通路だ。
ここを下れば地下通路に繋がっていて、城下街へ人に知れずに出られるようになっている。
……緊急時以外使用禁止にしてあるんだが……、もしかしたら、と思って」
(この部屋に、そんな仕掛けがあったなんて)
驚く私を他所に、しかしこれでは暗くてよく見えないな、とヴィクターは目を凝らして言った。 それを聞いて、今度は私が「光なら」と穴の中に小さな火をパッとつけた。
すると。
「! あった!」
「!?」
石の壁のほんの僅かな隙間に白い紙が挟まっているのを、火を使って照らしたおかげですぐに見つけられた。
(問題は、これがウォルター殿下からの手紙かどうかね)
私はそれをそっと手に取り、祈るようにその封の宛先を見れば、表紙には私の名前が、裏にはウォルター殿下の名前が書かれていて。
「っ! やった、間違いなくウォルター殿下からの手紙だわ!」
「! 本当か!?」
彼の言葉に私は頷き、手紙の差出人を見せれば嬉しそうに破顔する。
そして私は早速、封を切って中身を開けた。
そこに入っていたものに、私は首を傾げる。
「これは……、何かの地図かしら?」
「もう一枚あるみたいだが」
私は地図の方をヴィクターに手渡し、もう一枚一緒に折りたたまれていた紙を開くと、そこにはウォルター殿下のものだろう字でこう書かれていた。
リゼット嬢へ
この地図の場所に、私達を良く知る人物がいる。 隠し通路を出たら地下通路に出るから、そこを出たら右へ、……
どうやら、ヴィクターに手渡した地図の場所に、手掛かりとなる人がいるらしい。 その手紙の続きには、そこに辿り着くまでの地下通路の道順が書かれている。
私は、その内容を知らせようとヴィクターの方を向いた。
……すると、ヴィクターの様子がおかしいことに気付く。
「……ヴィクター?」
彼の地図を持つ手が震えており、その赤い瞳は一点を見つめていた。
それは、ウォルター殿下が丸印で示してくれた、彼等のことを良く知る人物がいる、といった場所だろう。
……だけど、それを見ているヴィクターの顔が険しい。
「っ、ヴィクター」
反応しない彼の様子が気になって、私はその腕を揺すると、彼は驚いたように私を見て……、黙って私に地図を渡してきた。
「……どうしたの? 何かあった?」
具合が悪い? と彼に尋ねれば、彼は首を横に振る。
私は聞いて良いのかわからず、彼の様子を伺っていれば、暫くしてからヴィクターは言葉を発した。
「……もしかしたら……、この人のことを知っているかもしれない」
「知り合い、なの?」
私の言葉に彼は、その瞳に暗い影を落とす。
そして自嘲気味に笑った。
「あぁ。 ……俺の考えている人で間違えなければ、俺がこの世で一番会いたくない人だ」
「っ!」
何処までも冷たくそう言い放った彼に対し、私は何と声をかければ良いか分からず、ただ言葉を失ってしまうのだった。




