29.
「俺達……、ウォルターと俺は、母親が違うんだ。
ウォルターの母親が本妻で、俺の母親は元側妻だった」
「! 二人は、異母兄弟ということ……?
それに、“元”って……」
(だから……同じ兄弟なのに、性格も容姿もあまり似ていないんだ)
それは分かったが、また新しくいくつも疑問は浮かんでくる。
混乱している私に対し、彼は少し笑って「順を追って説明するから」と言ってくれた。
私は一旦考えるのをやめ、彼の言葉に集中することにした。
そしてヴィクターは、話を続ける。
「……ウォルターの魔法……、“透視魔法”のことを、ウォルター本人から聞いて知っているだろう?」
「! えぇ」
ヴィクターの口から出た、ウォルター殿下の魔法という言葉に私に緊張が走る。
「その魔法は、ウォルターの母親の魔力なんだ。 だからウォルターはそれを受け継いだ」
「そうだったの……」
(あれ? でも私、一度もそのお母様方のお顔を拝見したことがない……)
ヴィクターは少し息を吐くと、昔を思い浮かべているのか、少し柔らかい表情を見せる。
「俺達家族は、仲が良かったんだ。
ウォルターの母親の名前はレベッカで、俺の母親はメアリーといった。
……レベッカも母さんも、とても仲が良かった。
その時は家族5人……、まあ父さんは忙しかったから殆ど4人で過ごしていたが、あの時は、ウォルターとも仲が良くていつも笑いが絶えなかった」
(あ……)
ヴィクターは、遠くを見て懐かしむように言った。
その表情は、少し幼く見えて。
それと同時に、ウォルター殿下が言っていた、“昔は家族が仲が良かった”という言葉を思い出す。
そしてヴィクターの顔に、又影が差した。
「……ところがそんな日常が呆気なく崩れる出来事が起きた。
それは……、10年前、俺が10歳の時。
本妻であるウォルターの母親、レベッカが亡くなったんだ」
「……!」
私はその言葉に思わず息を飲んだ。
(……まさか)
ウォルター殿下のお母様は、殿下と同じ魔法を持っていた。
その魔法は……。
(短、命だから……?)
私が辿り着いた答えにハッと口に手を当て、思わず手が震えだす。
彼はそんな私の様子には気が付いていないようで、そのまま言葉を続けた。
「……元々、レベッカは体が弱かったそうだ。
亡くなった理由は不明だが、眠るように息を引き取ったと聞いている。
……? リゼット?」
「っ」
ヴィクターに声をかけられ、ハッとする。
「……すまない。 重い話だから、気分が優れないか?」
「う、ううん、大丈夫」
私は震える手をギュッと、握り締めた。
(……ウォルター殿下の、言った通りだわ。
ウォルター殿下のお母様とウォルター殿下の魔法が短命であることを、ヴィクターは知らない。
だからヴィクターは、レベッカ王妃が何故亡くなったかを、知らされていない……)
……よって、同じ魔法を持つウォルター殿下も同じ道を辿ってしまうことになっていることも、ヴィクターは……。
「……でも、悲劇はそれだけではなかった」
ヴィクターの声が、微かに震えているのが伝わってきて、私は彼を思わず見れば、その彼も震える拳をギュッと握った。
「……レベッカが亡くなったことによって、父さんと母さん、それからウォルターも、口数が少なくなった。
いつしか、顔を合わすことも……、少なくなっていった」
「……っ」
「俺は……それを、黙って見ていることしか出来なかった。
まだ幼い俺には、何もすることが出来なかった。
ただ、レベッカの死を悼んでずっと泣いていた母の背中を……、見ていることしか」
そう言ったヴィクターの瞳に、うっすらと涙が滲んでいた。
彼のそんな姿を私は、今まで見たことがなくて。
心がズキリと、太く鋭利な針を刺したように痛む。
(ヴィクターに……、そんな、辛いことがあったなんて)
「……そうして俺達家族は、いつしかすれ違い、決裂していった。
そしてレベッカが亡くなって一年と経たないうちのある日。
母親は、俺に“ごめんなさい”と書いたメモを残して……、姿を消した」
「っ!?」
私は衝撃を受け、言葉を失う。
ヴィクターは強いと、ずっと思っていた。
血も涙もない。
そう家臣から恐れられていた彼を、前世ではずっと見続けていたから。
漆黒の髪、真っ赤に燃えるような瞳、広い背中。
……ただ私には、心の深い部分では彼が、そんな人には見えなかった。
“寂しそう”
そう彼に思わず言ってしまった過去があるように、彼のその目には常に、暗い影を宿していた。
それが気になっていたのだが、まさか。
(……こんな……、ことって)
ヴィクターはそこで、さっきとは違って何処か諦めたような、真っ赤な瞳を限りなく黒に近くさせて言った。
「そして、レベッカに続きメアリーまで失くした父親……陛下は、豹変した。
狂ったように戦争を始めたんだ。
この地を、その手を……、血で染めるようになった」
「……っ」
(陛下まで……、そんな)
ヴィクターは片目に手を当てて、ふっと笑って言った。
「そこで初めて、俺は感じた。
あの幸せだった日々は、幻だったんだと。
人は一瞬でこんなに変わってしまう、脆い生き物なんだと。
……だったら、俺は誰も、何も信じたくない。
というよりは全てを、信じられなくなった」
嘲るような、諦めたような。
皮肉交じりに笑ったその瞳は、ただただ切なかった。
心が、抉られるように痛む。
(……ヴィクター)
そんな顔を、しないで。
「……話はこれでおしま……っ? リゼット……? 君は……」
泣いているのか? そう問われ、私はハッとした。
頰に慌てて手をやれば、冷たい涙が頬を伝う感触がして。
「……っ、ごめ、なさい……」
ヴィクターは、泣いていないのに。
……これでは同情だと、思われてしまう。
それでも。
涙が溢れて止まらない……。
「この話を……、君にするべきではなかった」
「っ、どうして」
思わずそう問えば、彼は困ったように少し立ち上がると、私の頰に伝った涙をそっと拭って言った。
「……心優しい君のことだからきっと、泣いてしまうだろうと……、まるで自分のことのように」
そんな表情をさせたくはなかった、すまない。
そう言った彼に私は、気が付けば……。
「!? お、おい……!」
座っているヴィクターの側に行くと、ギュッと彼の頭を、私の腕の中に閉じ込めるように抱きしめたのだった。
驚いたように身を捩ろうとする彼を更に強く抱きしめ、私はただ只管謝った。
「ごめん、なさい……。 ヴィクターの方が辛いのに、私」
「……リゼット」
「辛かった、よね。 私……、何も知らずに、いや、知ろうともせずに、貴方のことを怖い人だと、決め付けていた」
前世の私は、彼の過去なんてどうでも良いとさえ思っていた。
聞いたって話してくれはしないだろう。
そう決め付けて、彼の心に抱えた深い傷なんて知らずに、気難しい人だとそう思って関わらないようにしていた。
……こんなに彼を、苦しめる過去があったことも知らずに。
「本当に、ごめんなさい」
「……何故、君が謝るんだ」
そう絞り出したような声がしたと思ったら、今度は彼が、私の背中に手を回してきて……、ギュッと、私より力強いその腕が、私をきつく抱き締めた。
その肩を、震わせながら。
(……泣いて、いるの……?)
「っ、君のことだって、ここに連れてきたのは俺なのに……、陛下のことを話さない君を、信じられなくなって……、閉じ込めるような、真似をして」
「っ、それは」
「君を見ていると、レベッカや母さんを思い出すんだ。
いつも手の届くところにいた人でさえ……、肉親でさえ、儚い幻のように、俺の前から姿を消してしまう。
……“さようなら”と言っていなくなってしまう君を、毎晩のように夢で見る」
「!!」
(それは……)
その言葉は……、皮肉にも、前世で彼に別れを告げたあの時の言葉と一緒で……。
「そんな夢を見て。
目が覚めて、現実ではないのかと恐れる自分がいて。
……でも朝食の席に向かえば、君が……、“おはよう”と、俺を笑顔で迎えてくれる。
それがどれだけ幸せで、救われるか」
「!」
そう言ってもう一度、私の存在を確認するように抱き締め、肩に顔を埋める彼に向かって、今度は私が、口を開くのだった。




