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【コミックス第二巻4/30発売】その政略結婚、謹んでお受け致します。〜二度目の人生では絶対に〜【書籍全二巻発売中】  作者: 心音瑠璃
第1章

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29.

「俺達……、ウォルターと俺は、母親が違うんだ。

 ウォルターの母親が本妻で、俺の母親は元側妻だった」

「! 二人は、異母兄弟ということ……?

 それに、“元”って……」


(だから……同じ兄弟なのに、性格も容姿もあまり似ていないんだ)


 それは分かったが、また新しくいくつも疑問は浮かんでくる。

 混乱している私に対し、彼は少し笑って「順を追って説明するから」と言ってくれた。

 私は一旦考えるのをやめ、彼の言葉に集中することにした。

 そしてヴィクターは、話を続ける。


「……ウォルターの魔法……、“透視魔法”のことを、ウォルター本人から聞いて知っているだろう?」

「! えぇ」


 ヴィクターの口から出た、ウォルター殿下の魔法という言葉に私に緊張が走る。


「その魔法は、ウォルターの母親の魔力なんだ。 だからウォルターはそれを受け継いだ」

「そうだったの……」


(あれ? でも私、一度もそのお母様方のお顔を拝見したことがない……)


 ヴィクターは少し息を吐くと、昔を思い浮かべているのか、少し柔らかい表情を見せる。


「俺達家族は、仲が良かったんだ。

 ウォルターの母親の名前はレベッカで、俺の母親はメアリーといった。

 ……レベッカも母さんも、とても仲が良かった。

 その時は家族5人……、まあ父さんは忙しかったから殆ど4人で過ごしていたが、あの時は、ウォルターとも仲が良くていつも笑いが絶えなかった」


(あ……)


 ヴィクターは、遠くを見て懐かしむように言った。

 その表情は、少し幼く見えて。

 それと同時に、ウォルター殿下が言っていた、“昔は家族が仲が良かった”という言葉を思い出す。

 そしてヴィクターの顔に、又影が差した。


「……ところがそんな日常が呆気なく崩れる出来事が起きた。

 それは……、10年前、俺が10歳の時。

 本妻であるウォルターの母親、レベッカが亡くなったんだ」

「……!」


 私はその言葉に思わず息を飲んだ。


(……まさか)


 ウォルター殿下のお母様は、殿下と同じ魔法を持っていた。

 その魔法は……。


(短、命だから……?)


 私が辿り着いた答えにハッと口に手を当て、思わず手が震えだす。

 彼はそんな私の様子には気が付いていないようで、そのまま言葉を続けた。


「……元々、レベッカは体が弱かったそうだ。

 亡くなった理由は不明だが、眠るように息を引き取ったと聞いている。

 ……? リゼット?」

「っ」


 ヴィクターに声をかけられ、ハッとする。


「……すまない。 重い話だから、気分が優れないか?」

「う、ううん、大丈夫」


 私は震える手をギュッと、握り締めた。


(……ウォルター殿下の、言った通りだわ。

 ウォルター殿下のお母様とウォルター殿下の魔法が短命であることを、ヴィクターは知らない。

 だからヴィクターは、レベッカ王妃が何故亡くなったかを、知らされていない……)


 ……よって、同じ魔法を持つウォルター殿下も同じ道を辿ってしまうことになっていることも、ヴィクターは……。


「……でも、悲劇はそれだけではなかった」


 ヴィクターの声が、微かに震えているのが伝わってきて、私は彼を思わず見れば、その彼も震える拳をギュッと握った。


「……レベッカが亡くなったことによって、父さんと母さん、それからウォルターも、口数が少なくなった。

 いつしか、顔を合わすことも……、少なくなっていった」

「……っ」

「俺は……それを、黙って見ていることしか出来なかった。

 まだ幼い俺には、何もすることが出来なかった。

 ただ、レベッカの死を悼んでずっと泣いていた母の背中を……、見ていることしか」


 そう言ったヴィクターの瞳に、うっすらと涙が滲んでいた。

 彼のそんな姿を私は、今まで見たことがなくて。

 心がズキリと、太く鋭利な針を刺したように痛む。


(ヴィクターに……、そんな、辛いことがあったなんて)


「……そうして俺達家族は、いつしかすれ違い、決裂していった。

 そしてレベッカが亡くなって一年と経たないうちのある日。

 母親は、俺に“ごめんなさい”と書いたメモを残して……、姿を消した」

「っ!?」


 私は衝撃を受け、言葉を失う。


 ヴィクターは強いと、ずっと思っていた。

 血も涙もない。

 そう家臣から恐れられていた彼を、前世ではずっと見続けていたから。

 漆黒の髪、真っ赤に燃えるような瞳、広い背中。

 ……ただ私には、心の深い部分では彼が、そんな人には見えなかった。


 “寂しそう”


 そう彼に思わず言ってしまった過去があるように、彼のその目には常に、暗い影を宿していた。

 それが気になっていたのだが、まさか。


(……こんな……、ことって)


 ヴィクターはそこで、さっきとは違って何処か諦めたような、真っ赤な瞳を限りなく黒に近くさせて言った。


「そして、レベッカに続きメアリーまで失くした父親……陛下は、豹変した。

 狂ったように戦争を始めたんだ。

 この地を、その手を……、血で染めるようになった」

「……っ」


(陛下まで……、そんな)


 ヴィクターは片目に手を当てて、ふっと笑って言った。


「そこで初めて、俺は感じた。

 あの幸せだった日々は、幻だったんだと。

 人は一瞬でこんなに変わってしまう、脆い生き物なんだと。

 ……だったら、俺は誰も、何も信じたくない。

 というよりは全てを、信じられなくなった」


 嘲るような、諦めたような。

 皮肉交じりに笑ったその瞳は、ただただ切なかった。

 心が、抉られるように痛む。


(……ヴィクター)


 そんな顔を、しないで。


「……話はこれでおしま……っ? リゼット……? 君は……」


 泣いているのか? そう問われ、私はハッとした。

 頰に慌てて手をやれば、冷たい涙が頬を伝う感触がして。


「……っ、ごめ、なさい……」


 ヴィクターは、泣いていないのに。

 ……これでは同情だと、思われてしまう。

 それでも。

 涙が溢れて止まらない……。


「この話を……、君にするべきではなかった」

「っ、どうして」


 思わずそう問えば、彼は困ったように少し立ち上がると、私の頰に伝った涙をそっと拭って言った。


「……心優しい君のことだからきっと、泣いてしまうだろうと……、まるで自分のことのように」


 そんな表情をさせたくはなかった、すまない。

 そう言った彼に私は、気が付けば……。


「!? お、おい……!」


 座っているヴィクターの側に行くと、ギュッと彼の頭を、私の腕の中に閉じ込めるように抱きしめたのだった。

 驚いたように身を捩ろうとする彼を更に強く抱きしめ、私はただ只管謝った。


「ごめん、なさい……。 ヴィクターの方が辛いのに、私」

「……リゼット」

「辛かった、よね。 私……、何も知らずに、いや、知ろうともせずに、貴方のことを怖い人だと、決め付けていた」


 前世の私は、彼の過去なんてどうでも良いとさえ思っていた。

 聞いたって話してくれはしないだろう。

 そう決め付けて、彼の心に抱えた深い傷なんて知らずに、気難しい人だとそう思って関わらないようにしていた。

 ……こんなに彼を、苦しめる過去があったことも知らずに。


「本当に、ごめんなさい」

「……何故、君が謝るんだ」


 そう絞り出したような声がしたと思ったら、今度は彼が、私の背中に手を回してきて……、ギュッと、私より力強いその腕が、私をきつく抱き締めた。

 その肩を、震わせながら。


(……泣いて、いるの……?)


「っ、君のことだって、ここに連れてきたのは俺なのに……、陛下のことを話さない君を、信じられなくなって……、閉じ込めるような、真似をして」

「っ、それは」

「君を見ていると、レベッカや母さんを思い出すんだ。

 いつも手の届くところにいた人でさえ……、肉親でさえ、儚い幻のように、俺の前から姿を消してしまう。

 ……“さようなら”と言っていなくなってしまう君を、毎晩のように夢で見る」

「!!」


(それは……)


 その言葉は……、皮肉にも、前世で彼に別れを告げたあの時の言葉と一緒で……。


「そんな夢を見て。

 目が覚めて、現実ではないのかと恐れる自分がいて。

 ……でも朝食の席に向かえば、君が……、“おはよう”と、俺を笑顔で迎えてくれる。

 それがどれだけ幸せで、救われるか」

「!」


 そう言ってもう一度、私の存在を確認するように抱き締め、肩に顔を埋める彼に向かって、今度は私が、口を開くのだった。

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