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2.

「本当に……、本当にお姉様は、行ってしまうの……?」


 雲ひとつない青空の下。 亡きお母様譲りの桃色の瞳に私を映し、涙を浮かべてそう何度も幼い彼女は聞いてきた。


「……リラン」


 私はその度に、7つ下の、まだ8歳の妹をあやすように言葉をかける。


「涙を拭いて。 ……これで、一生のお別れになるわけではないのだから。

 ……それにリラン、約束したでしょう?

 貴女はここでお父様の側に居てあげてって」


 私の代わりに。

 ……ましてや、これで二人と一生の別れになるわけではない。

 そう信じているが、いつ次に帰って来られるかは分からない。

 それに、私が結婚することによって、今度は火の使い手である彼女がラザフォードを継がなければならなくなる。

 前世でお父様が亡くなった時、私が王妃になったのと同時にリランはラザフォード辺境伯家当主となった。


(……今だって、こんなに幼いのに)


 彼女の金色の髪がさらりと揺れる。 私はその髪に手を伸ばすと……、少し撫でてからギュッと強く、その小さな体を抱き締めた。


(この小さな体で、私は重責を彼女に背負わせてしまっている)


 リランの命と入れ替わるように、お母様はリランを産んで命を落とした。

 だから幼いリランを私は、姉というよりは母親代わりとして育ててきた。

 ……7歳下の、可愛い妹。

 そんな彼女を前世で失くしたのは、お父様を殺した復讐、そして私を取り返すために起こした“謀反の罪”によって、処刑されてしまったからである……―――








「っ、リゼット様っ!」

「!? ど、どうしたの?」


 ノックもせず、青褪めた様子で入ってきた侍女に、私は緊張が走る。

 そんな侍女は、「失礼致します!」と突然私を引っ張り長い廊下を走り出した。


「っ、な、何があったの!? 説明して!」

「し、城の一角が、爆破され、火事になっておりまして……っ、総出で消火活動を行なっているのですが、火が、消えずっ……!」

「!? 爆破して、火が、消えない……?」


 ……嫌な予感がした。

 イングラムのこの城は、戦火にまかれないよう耐火で作られているはず。

 それなのに、消えない火が回るということは。


(っ……原因は、一つとしか考えられないっ)


 そう思った瞬間には、侍女の連れ出してくれた方とは真逆に走り出していた。

 制する声は聞こえたが、これは一刻を争うこと。

 それは私でないと、止められないことだから。


(っ、お願い、私の勘など、当たらないでっ!!)


 ただそんな私の願いは虚しいものだった。




「……あ……」


 私の目の前に広がる、赤黒い炎。


「……う、そ……」


 愕然として私はその場に座り込む。

 そしてその視界の端に、炎の近くで呆然と火を見つめる、私のよく知っている女性の姿があった。


「……り、らん……?」


 彼女は私を見た。一瞬、その瞳には何も宿してはいなかったものの、私を見た瞬間にリランの瞳からは涙が溢れ出た。


「っ、リラン!!」


 私はすぐさまリランに駆け寄り、リランの手をギュッと握った。

 そして魔力を分け与えるようにふっと力を入れると、城の一角を覆っていた炎は消える。

 それと同時に、リランの手はガタガタと震え「わ、たし……っ」と言葉を紡ごうとしたが動揺して、言葉が出てこない。

 

「リラン、落ち着いて。 大丈夫、私はここにいるわ。

 何があったのか、教えて」


 ドクドク、と大きく心臓が脈打っているが、私はそれを隠してリランに優しく問いかけた、その時。

 ザッと何人もの足音が私の背後から聴こえてきた。


「……あ……」


 今度こそ、震えが止まらなかった。

 ……それは、怖い顔をしたヴィクターが、座り込んでいる私達を見下ろしていたからだ。

 ヴィクターは私達には何も言わなかった。

 ただ短く、その口から出た言葉は酷く、無機質なものだった。


「その者達を捕らえろ」

「「!!」」


 驚くリラン。 私も言葉が出なかった。

 そして私とリランは、ヴィクターと共にいた兵士達によって羽交い締めにされ、引き剥がされる。


「〜〜〜〜〜リランッ!!」

「っ、お姉様っ!!!」


 何度も何度も、喚くようにその名を呼んだが、リランの姿を……、生きている姿を見たのは、それが最後だった―――









「……嬢様、お嬢様?」

「っ」


 お嬢様、と呼ばれ、はっと顔をあげれば、そこには馬車の扉を開けて様子を伺っている御者の姿があった。

 ……どうやら、城までの道中でいつの間にか眠ってしまったらしい。


「後もう少しでイングラム国に入りますが……、お加減が優れませんか?」


 心配気にそう尋ねてくる御者に、私は首を振った。


「いえ、大丈夫よ。 馬車に揺られて少し眠ってしまっただけだから」

「左様で御座いますか……、もしお加減が優れないようでしたら遠慮なくお申し付け下さい」

「えぇ、有難う」


 御者はそう言って少し微笑んで見せてから馬車の扉を再び閉じる。

 そしてゆっくりと馬を走らせた。

 私は窓の外に広がる、移り変わっていく景色に少し、気持ちが揺らいでしまう。


(……本当だったら、このまま逃げ出してしまいたい)


 私が求めるのは、城の中で暮らす寵妃……人質のような生活ではない。

 今まで二人を守る為に必要だったのは、火の魔法を用いて戦場を駆けることだった。

 だから本当なら、このまま妹ではなく私が跡を継ぎ、戦地を駆け、妹が心から愛した人に嫁ぐのを見守る。 そう、前世でも今でも、少女の頃は思っていた。


「……そんな生活とは、永遠にお別れ、か……」


 取り戻せない、願うことは出来ない“自分の幸せ”。


(……せめて、せめて結婚する相手がもう少し、優しくて愛情のある方だったら、違ったのかな)


 ……政略結婚にそんな夢物語のような話、あるわけがない。

 それに、私はラザフォードの人間として生きられたことが、誇りであり、幸せだ。

 その家族の為になるのなら。


(愛のある結婚なんていらない。

 それと、敵の思う壺にはならない)


 あの時、前世で何も知らずに結婚して、常に怯えながら、そして一人きりで寂しい生活を送った、少女ではない。

 前世の記憶を持ち合わせた今なら、23年間の生きてきた記憶がある。


(それに、戦場に比べたら大したことではない)


 怖いことなど、恐れることなどない。

 逆に恐れてしまう方がきっと、あの人達にとって好都合だろう。


(絶対に、隙を見せたりなんかしない)


 一人の女としてではなく、軍人として。

 私はそんな心持ちで今、この場にいる。





 大きな城の門を潜り抜け、森のような道を走った先に城はある。

 昼間でも薄暗く見える印象があるその城は、年季が入っており、長く栄えているイングラム王国を象徴していた。


(……私、このお城の雰囲気は好きな方なのだけれど、でも初めて見た方はそうは思わないって誰かが言っていたわ)


 外見は古城、中は赤や華やかな彩りの豪華な造りをしているこの城には、あまり良い噂はなかった。

 夜城の周りを歩けば、血塗れの男性がいたとか、そんな噂まで城内で流れる始末だった。

 私は付き合いで他家の舞踏会に出席するくらいしか城の外に出たことはないから、本当のことは知らないが。


(イングラムに住む住人でさえ、あまり良くは言わないと城の侍従が言っていたっけ)


 それもそうか、と妙に納得してしまう自分もいた。

 だってこの城の当主は、あの悪魔のような陛下だ。 それに加え、第二王子である私の旦那様は、どちらかといえば武力行使優先だと聞く。


(元妃といえど、この国のことは妻の私でも何一つ知らないから、全部聞いた話なのだけれど……)


 ……今頃思うのもなんだが、私はこの国について23年プラスで考えても何一つ知らないかもしれない。


(……そもそも、第一王子って……)


 どんな方だったっけ。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか森のような庭を通り過ぎ、城は目前へと迫っていたのだった。

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