22.
「……ここで本当に、良いのかしら……?」
私は一人、立ち入り禁止の場所……、東の主塔へと足を踏み入れた。
“君と話がしたいから、ヴィクターとの話し合いが終わったら、東の主塔に来て”
そうウォルター殿下に言われたのだ。
ヴィクター抜きでの、ウォルター殿下との話し合い。
私はそれに応じ、今こうして誰も近付かないこの場所に来た。
(……1階が、ヴィクターが私を入れた牢屋だということは知っているけれど……、この上は知らない)
あぁでも、最上階は敵国の監視用、というのは聞いていたっけ。
(? ここで待っていれば良いの?)
私がそっと誰も来ないか伺いながら待っていると、カツ、カツと歩いてくる音が聞こえてきた。
「……!」
私が体を強張らせると、「リゼット嬢」と優しく名を呼ばれた。
その声に私はホッとし、その声の主に姿を晒す。
「ごめんね、こんなところに呼び出して。
……上に行こう」
ウォルター殿下はそういうと、「階段に気を付けて」と言いながら、私を上階へと案内してくれる。
1階の牢屋の隣にあった隠し扉を開けると、その階段はあった。
(こうして、上に登っていくのは知らなかった)
私はそう考えつつ、急な螺旋階段を上へ上へと歩いていくウォルター殿下について行く。
そしてウォルター殿下は、階段途中の部屋で足を止めた。
「……ここだよ、入って」
「は、はい」
招き入れられた部屋は、簡素な部屋だった。
ベッドが一つ、そして四角いテーブルがある。
窓の外は、城を見渡せるほどの絶景が広がっていた。
「ここは、私の秘密基地。 ……なんて、そんな可愛いものではないけど。
主に、戦争時に使う計画を練る部屋、かな」
「! ……そう、なんですか」
私の言葉にウォルター殿下は頷く。
「普段からここに人を近付けないようにしているのは、大半を私が使用しているから。
……ここで私が、魔法を使うという意味でね」
「!」
(……ここで……、透視魔法を)
ウォルター殿下は暗い表情を浮かべて言った。
「“透視魔法”は、本当に怖い魔法なんだ。
近くの人は勿論、集中すれば、遠方だって敵地にいる人々の心だって、声や心を聞けてしまう。
……君と初めて会った時、手を握ったのを覚えてる?」
「? はい」
「あの時も……、君を、試させてもらったんだ」
「っ、え?」
ウォルター殿下は苦笑いして、自分の手を見た。
「人の体に触れるとね。 特にその人の内面を深く知ることが出来てしまう。
それだけではなく、その人の夢と連動して私が見ることも可能なんだ。
……それを利用して、君がヴィクターに相応しい女の子か、試させてもらったんだ」
「!」
「外面と内面は、違う人の方が多いのさ。
外面がいくら良くても、とんでもない人だっている。
私はそれが、すぐに分かってしまう。
だから、ヴィクターに近付く人がどんな人か、試してやろう。
そう思った。 ……けれど、君は違った」
彼は真っ直ぐに私を……、私の胸辺りを指差した。
「君の心は純粋そのものだった。
何の濁りもない、ただ強い信念を胸に生きていた。
……君が“前世”をやり直すためにここにいることも、ヴィクターとの結婚には家族を守るために来たということも。
君が見ていた“夢”……、前世にまつわる夢も、私は夢の中で同じ光景を見た」
私の心は震えた。
まさか、全てバレているなんて。
「……どうして……、どうしてその時、私を止めなかったんですか?
私は過去の過ちは二度と起こしたくないからと、政略結婚を使って、陛下やヴィクターのことを監視しようくらい思っていたのに」
「その気持ちは伝わってきたよ。
……ただ、君がヴィクターに対して思っていた感情は、それだけではなかった。
もっと心の深い場所では彼を……、君自身、彼が君の父上や妹を殺したとは思っていない。
だから君は、ヴィクターがどんな人なのか、ここで正面から向き合ってきた。
……違う?」
「!」
(……凄い……、そこまで私の心を、見破っていたなんて)
私は胸の前でギュッと、両手を握った。
「……その、通りだと思います。
私……、妹が亡くなった時、ヴィクターに前世で、八つ当たりをしてしまった。
“貴方が殺したの”って。
ヴィクターは殺していないと何処かで分かっていたのに。 ……むしろ彼は、家族を守ろうとした、はずなんです」
いつだってそうだった。
“俺に関わるな”
“お前に何が分かる”
そう言って彼は、私から離れていた。
……でもそれは、嫌いだからではなく、これ以上王家と関われば危険だと分かっていたから。
「……ここに来て、ヴィクターと向き合って。
……どうして私は、この人と前世でちゃんと、向き合わなかったんだろうと。
あの時向き合っていれば、彼の心に寄り添うことだって出来たかもしれない。
父や妹を……、死なせはしなかったかもしれないのにって」
私の目からは涙がこぼれ落ちる。
幾ら後悔してもし切れない、前世の自分の行いを。
「……っ、最期だって、ヴィクターの前で私、ヴィクターから目を背けるために、彼の目の前で、剣を……っ」
「もういいよ、リゼット嬢。
君は、堂々としていれば良いんだ。
君の行いは正しかった。 戦争を止めるために名も知らないような人との政略結婚をして、どんなに虐げられても文句一つ言わなかった。
……間違いだらけなのはむしろ、私達家族の方なんだから」
だから、涙を拭いて。
そう言ってウォルター殿下は、私にハンカチを差し出してくれた。
私はそれを受け取ると、そのハンカチで涙を拭いて……、ウォルター殿下に笑みを浮かべた。
「有難うございます、ウォルター殿下。
貴方にそう言って頂けて、私、覚悟が決まりました」
「! ……ふふっ、それなら良かった。
正直、気持ち悪いと罵られるかと思ったんだけど」
「? どうしてですか?」
「だって、夢の中まで君の心を見るような、しかも婚約者の兄って嫌ではない?」
「私は、嬉しかったです。
……ずっと、この夢に一人で苦しみ続けていたから」
私がそう言えば、彼は笑ってくれた。
そしてふっと真顔になると、私をじっと見つめて口を開いた。
「……君に、頼みたいことがあるんだ」
「? 何でしょう」
「もう直ぐ、ヴィクターが誕生日を迎える。
その日はパーティーが開催される予定なんだけど……、ヴィクターの側に、ずっといてやって欲しい」
「! 分かりました、それなら」
(……そうだわ、もう少しで彼の方の誕生日……)
「……後もう一つ」
「?」
「……彼は、私の魔法のことは知っている。
だけど……、この魔力が命を削る魔法だということを、ヴィクターは知らないんだ」
「……! どうして」
彼は何も言わなかった。
ただ曖昧に笑みを浮かべた。 寂しそうな、悲しそうな、困ったような。 そんな色々な感情を抱えて。
「……とにかく、短命であることはここだけの秘密にしておいて欲しい。
絶対に、ヴィクターには言わないように」
「……わ、かりました」
「うん。 ……よし、これで今日はおしまい。
又明日から君も私も、いつも通りの時間を過ごそう」
「……はい」
私はウォルター殿下に連れられて、その部屋を後にした。
その日の夜、私はなかなか寝付けなかった。
『この魔力が命を削る魔法だということを、ヴィクターは知らないんだ』
『とにかく、短命であることは、ここだけの秘密にしておいて欲しい。
絶対に、ヴィクターには言わないように』
(……どうして、ウォルター殿下はそんな大事なことをヴィクターに隠しているの?)
それに、あの二人には何か、溝があるように感じる。
……ウォルター殿下がそういうことを隠しているのをヴィクターは薄々勘付いている、とか……、そういう感じ。
(ヴィクターもウォルター殿下も……、時々、同じような目をする)
髪も瞳も全く違う、私には分からない兄弟の確執。
この先の未来で二人が、笑い合える日は来るのだろうか。
(彼らを……、助ける術は、何かある?)
その答えを私は……、見つけたいと、そう強く思った。




