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16.

「……で、これはどういう状況なんだ?」

「あぁ、えーっと……」


 私は刺繍針を持ったまま、苦笑いした。

 私が座っているベッドの上には、所狭しと私が刺繍した数々が並べていた。

 そしてついに今では、食事を取るときに使うランチョンマット(プレースマット)の刺繍をしている。


「……暇潰し?」

「この量を、今日だけでか?」

「ま、まあそうね」


 私がそう苦笑いして言えば、ヴィクターは予想とは違い、「へぇ……」としげしげと私が作った品々、それから私の手元を見て言った。


「案外器用なんだな」

「……ちょっと、それはどういう意味?」


 私はそう言いながらも、チクチクと針を刺していく。


「そういえば、どうしてここに来たの?」

「……見舞い」

「?」


 見舞い?

 私が驚いて顔を上げれば、ヴィクターはそっぽを向く。


(……あぁ! 昨日の今日で心配して来てくれたってことね)


 私は何だか嬉しくなって笑ってしまう。 それにヴィクターは怒ったように、ほんのり顔を赤くさせながら言った。


「何だ、何がおかしい」

「違うわよ、嬉しかったの。

 有難う、ヴィクター」

「っ……やめてくれ、そういうの」

「?」


(お、お礼を言うだけでそんなに照れるなんて……、ヴィクターってやっぱり可愛い部分もあるのね)


 私は小さくなるヴィクターにクスクスと笑うと、この話はおしまいだとばかりにヴィクターは話を逸らす。


「……そんなに簡単に刺繍って出来るものなのか?」

「慣れればね。 まあ、私の場合は本当に暇潰しの時にやっていたから覚えてしまっただけかも。

 元はそんなに上手く作れなかったわ」

「そうか……」

「?」


 何が聞きたかったんだろう、ひょっとしてやりたいのかな?

 なんて思った私に対し、ヴィクターはボソッと何かを呟いた。


「? え、何て?」

「〜〜〜だから!

 ……俺にも、何か一つ、作ってくれないか?」

「……え!?」

「か、簡単なもので良い。 君がそんなに時間をかけないで作れるもので、良いから」

「……それは、時間をかけない方が良いってこと?」


 私の質問に対し、彼は「は!?」と目を見開き……、「い、いや、そうとは言ってないが……」と口籠った。


(……時間をかけた方が良いのかしら?)


 はっきりと言わないその口調に、私は「なら、」と口を開いた。


「少し時間が欲しいわ。 何を作るか計画を立てるから」

「!? いや、簡単なもので良」

「そういうわけにはいかないでしょう!

 一国の王子様に下手なもの作って渡せないじゃない!

 だから、少し待っていて」

「あ、あぁ……」


(何が良いのかしら? 男性に物なんて送ったことはないから分からないわ……お父様に何を刺繍したっけ……あれ、(?)お父様に渡したことあるっけ?)



 何てあれこれ考えている私を見て、彼が笑みを浮かべていたことになんて無論、私は知る由もない。





「……で、夜御飯まで私はここで食べなければいけないの?」

「あぁ、一応」


 倒れられても困る、と朝御飯だけ一緒に、と約束した筈のヴィクターも、ちゃっかりベッド横の椅子に座って食事をしていて。


「いや私、病人でも怪我人でもないわよ?

 筋肉痛ごときでそんな……」

「医者には“絶対安静”と言われている」

「……」


 それを言われたら何も言えない。

 私ははぁっと溜息を吐いて食べようとすると、ヴィクターが眉間に皺を寄せた。


「何だ、そんなに俺とは食べたくないか?」

「! 別に、そういうことではなくて、ただここに一日中いるのがつまらないだけ」


 あー早く体を動かしたい。

 そう何気なく肩を回せば、ヴィクターはククッと私に見えないように笑った。


「ちょっと! どうせまた“脳筋”とか私のこと思ったでしょ!」

「っ、思ってない」

「嘘! 絶対そうだわ!」


 ワーワーどうでも良いことで言い合う私達を遠目で見て、アリーは「仲がよろしいですね」と嬉しそうに言うものだから、「良くない!」と私は反論する。

 ただヴィクターは、ニヤッと笑って突然、グイッと肩を寄せ、アリーに向かって言う。


「そうだろう?」

「「!」」


 私とアリーは驚いて顔を見合わせ、アリーは嬉しそうに「はい!」と頷き、私はそのヴィクターの手を掴んでやった。

 ……痛そうね、ざまあみろ。


(淑女の肩に気軽に触れるからよ)


 私が掴んだ彼の手はすぐ離れ、ヴィクターはその後、何事もなかったかのようにアリーと何か話し始めた。


(……変なの)


 ヴィクターが触れた肩の温もりが、いつまでも消えてはくれなかった。





「そういえば、」

「?」


 私の問いかけに、ヴィクターが食べる手を止め、私の方を向いた。


「この国の女性騎士は戦争に参加しないと聞いたのだけど、何の仕事をしているの?」

「あぁ、ロレーヌから聞いたのか」


 私が頷けば、ヴィクターは「そうだな」と閉口する。


「? 何?」

「……いや、これを言ったら、“私もやる”とお前が言い出しかねないなと思って」

「? どうして? やってはいけないことなの?」

「そういうわけではないが……」


 私がそう言って首を傾げると、彼は溜息を吐いて言った。


「まあ、主な仕事は市街の見回りだ。

 特に城下町を中心に回ってもらっている」

「え、女性が見回りを?」

「あぁ。 ……何かと女性絡みの物騒な事件も多いからな。

 そういう時は、女性に対処してもらう方が良いだろう」

「す、凄いわね……」


 女性が見回りだなんて聞いたことがなかった。

 マクブライドでは女性が騎士になるなんていう考え自体が存在しないから。

 それを考えると、私の家に男兄弟がいたら、もしかしたら私も騎士になっていなかったかもしれない。


「でも、危なくないの?」


 私のその問いに、彼はニヤッと笑った。


「その為に、あの人に訓練してもらっているんだ」

「……あー、なるほどね」


 だからあんな鬼メニューを、ロレーヌさんはみんなに課してたわけか。


「……確かに思い返せば、色々思い当たる節はあるわ」

「? 例えば?」

「え、痴漢撃退法とか?」


 その言葉に、ヴィクターはげ、と顔をしかめた。


「……まあ大事だが、嫌な予感しかしないな」

「ふふ、実戦で教えて差し上げましょうか?」

「やめてくれ、君がやると普通の女騎士の数倍の威力にはなりそうだ」

「……人のことを何だと思ってるのよ」


 それに筋肉痛で今は出来ませんよ、と私が言うと、彼は「それは良かった」と心から安堵したように言う。


「……でも、城下かぁ」


 私はあまり、町には行ったことがない。

 マクブライドでは辺境伯家だから城下から遠いし、ましてやイングラムに来てからは一度も、城の外を出たことはなかった。


(……まあ、特にそれで困ったかと言うと、そこまで外出することに執着していないから仕方がないわよね)


 ……城下より戦地に行ったことの方が多い令嬢なんて、私くらいかしら。

 なんてどうでも良いことを考えながら私は夜御飯を食べ進めたのだった。






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