12.
「俺と二人で話すときは、敬語を取ってほしい」
「……はい?」
その言葉が一瞬、飲み込めなかったが、ようやく飲み込んで理解した私の脳内は疑問符で埋め尽くされた。
「え、え? そんなお願いでよろしいのですか?」
「……何だ、何か文句があるか」
「い、いえ……え、本当にそれでよろしいのですか?」
「あぁ」
ヴィクターがそう頷いたから、不思議なお願いだな、なんて思いつつ、私はとりあえず試しに敬語を取ってみることにした。
「ヴィクター」
「!!」
そう名前を呼んだだけなのに、ヴィクターは、絵に描いたように目を丸くした。
(……え、何その反応。
流石に、名前には殿下を付けないとダメなのかな?)
「……ふ、不敬ですかね?」
私がそう恐る恐る尋ねれば、ヴィクターはハッとしたように、「いや、」と口元を押さえて言った。
「……その方が、断然良い」
「え?」
「これからはそうしてくれ、リゼット」
「……!」
そう言って笑うヴィクターは、いつになく柔らかい表情をしていて。
「……そういえば、まだ踊っていなかったな」
と彼は惚けていた私の手を取ると会場へと歩き出す。
「い、今から踊るの?」
「あぁ。 酔い覚ましに付き合ってくれ」
「……」
ヴィクターに手を取られた、その手に熱が篭る。
(……ヴィクターがあんな表情をするから、私)
これもお酒の力、なんだろうか。
胸の鼓動が煩いくらいに鳴り止まない。
最近、ヴィクターといるとこんなことばかりだ。
(……こんなのって)
初めてのことに、私は戸惑ってばかりなのだった。
そうして会場へと赴くと、私の得意なワルツの演奏が始まった。
「……ヴィクター、凄い視線を感じるわ」
「当然だろう」
ヴィクターの何気ないその言葉に、私は流石王子様、と苦笑いを浮かべた次の瞬間、ヴィクターは理解しがたい言葉を口にした。
「君が綺麗だからだ」
「!?!? はい!?」
「リゼット、足を止めるな」
「あ……ごめんなさい」
思わぬ言葉に足が止まりかけたものの、私はなんともなかったかのようにすぐにステップを踏む。
(……ちょっとまって、何か今日は、ヴィクターとの距離感が掴めない)
ダンスってこんなに近かったっけ。
ヴィクターの息が、私の頭にかかるのを感じて、少し気恥ずかしくなった私はそっぽを向いて言う。
「……でもさっきは、馬子にも衣装って言ったじゃない」
「違う! あれは、その……」
「?」
今度言い淀んだのはヴィクターの方だった。
私は首を傾げて彼を見れば、その耳元が赤いことに気付く。
お酒ではないと分かるその赤さに、私は思わず笑ってしまえば、ヴィクターは「笑うな」と少し怒ったように言った。
「ふふ、ごめんなさい」
と謝りつつ、私は内心可愛いと思ってしまう。
……口に出したらまた怒られそうだから言わないけれど。
「……さっきは馬子にも衣装、だなんて言って悪かった」
「え?」
「……本当に綺麗だったから、素直に言えなかったんだ」
「!」
“ヴィクターは、恥ずかしくて言えないだけだから”
「……ふふっ」
「っ、何笑っているんだ」
「いえ、嬉しかったから」
(……ウォルター殿下の言う通りだったわ。
ヴィクターは、悪い人なんかではない)
誤解はされやすいけれど。
でも、本当は。
(良い方なんだわ)
そう感じた私に対し、彼は徐に口を開いた。
「……そういえば、あともう一つ、聞きたいことがあるんだ」
「? 何?」
私がそう問えば、少しその真紅の瞳が戸惑ったように揺れる。
少ししてヴィクターは、恐る恐る口を開いた。
「……家族と話して、どうだった」
「? さっきも聞いたわよね? その質問」
「そうなんだが。
……君は……その。 こんな質問は良くないと分かっているんだが」
「?」
心なしか、ヴィクターが辛そうな顔をする。
私はどうしてそんな顔をするのか気になったが、彼は言葉を続けた。
「……家族の元に帰りたいと、思わなかったか」
「!」
その言葉で理解した。
ヴィクターが、そんな表情をする理由が。
(……私が帰りたいんじゃないかと心配しているの?)
「……もしかして、先程もそれが聞きたくて、同じ質問を?」
「! 気を悪くしていたらすまない。
こんなことを、元凶である俺がする話ではないんだが」
言いづらそうにそう言うヴィクターに対し、私は微笑んで見せる。
「……帰りたくないと言ったら嘘になるかもしれない。 妹もまだ8歳だし、家族と離れ離れになるのは寂しい。
……けれど、ここの生活が苦だと感じたことはないわ。
強いて言うなら、体を動かせないことは辛いけど。
それ以外では、ヴィクターもアリーも、ウォルター殿下もみんなに、良くしてもらっているから。 私は多分、ここでの生活が好きになり掛けているんだと思う」
「!」
ヴィクターの瞳が揺れた。
私は少し笑うと、そっとヴィクターの胸に頭を近付けた。
「だから、ヴィクターの心配はいらないわ。
……けれど、私、まだ貴方のことをよく知らない」
“お前に何が分かる”
そう言い放されるのは分かっている。
それを真に受けて結局、前世では彼としっかりと向き合わなかった。
お父様を殺した国の王子。
冷たい見た目から怖いとそう感じて、怯えていたのは私だった。
彼は私を遠ざけていると思っていたけれど、遠ざけていたのはむしろ私の方だったのかもしれない。
「……ねえ、ヴィクター」
「? 何だ?」
曲がもう直ぐ終わる。
その前に。
「……私、貴方のことを」
……もっと、知りたい。
そう願っては、駄目かしら。
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引き続き、イチャじれハラ(笑)が続くかと思いますが、楽しんでお読み頂けたら嬉しいです。




