考える
あてがわれた部屋に入る。
扉の向かい側にある窓から、薄く月明かりが差し込んでいる。細かい作業ができるほどではないが、部屋の様子を見るには十分。
内装は質素なもので、ベッドと机とイスしかなかった。
「いろいろ足りない気もするけど、まぁいいか。今必要なのは、一人になれる空間だけだし」
荷物を机の上に置き、ベッドに腰掛ける。
「さて、これからどうしたものか」
未来のことなんて、今まで考えたことがなかった。
できるだけ他人に迷惑をかけず、長生きする。それ以上のことを気にする必要はなかった。
好きな物とか、やってみたいことはある。しかし、そのために努力できるかといえば、怪しいところだ。
いや、努力はできる。ただ『命令されればやる』程度のもので、自分自身の意志で、望んでできるかと訊かれればノー。
異世界に来たときも、適度に人間らしい生活をできれば、それ以上は気にしないつもりだった。
しかし、ミオさんの話は、惰性的な生き方を改めようと思う程度には、重要な意味を持っている。
「何のために生きるか、かぁ」
今までは生きるために生きてきた。
違うな、根底にあるのは『悪いことをしてはいけない』という決まりごとだ。その『悪いこと』に、自殺が含まれているだけ。
だから生きている。生きているついでに、楽しいことを探して暇を潰しているに過ぎない。
対して『私』はどうだ?
好きなことをしていたとは思えない。ミオさんの話では、かなり無理をして人助けを続けていたらしい。
無理をしていた、というのは肉体的な問題ではないだろう。精神的に元気いっぱいなら、たとえ無茶をしても、無理をしているとは思われないはずだ。
第一、能力を使えば疲労も病気も関係ない。
「考えれば考えるほど、『私』にはなりたくないな」
嫌な思いはしたくない。もちろん、必要であれば我慢するけど、嫌なものは嫌だ。
だから『私』と今を比べれば、今が良いとしか思えない。
「だけど」
心を砕いて何かを成そうとしたことは、
「それだけは、羨ましい」
結果的に死んでしまっては元も子もないが。
あれ? この場合死んだと言って良いのだろうか?
この世に存在しないという意味なら、死んだも同然なんだが……
「気にしても仕方ないな。どうせ表現の違いだけで、事実は変わらないんだし」
ああ、そうそう。今後について考えなければ。
そうだな、計画を立てる上でわかりやすい目標として一つ、『私』がどうしてそのような性格になったか調べることにしよう。
理由がわかれば、ひょっとするとこんな人間でも、熱血漢になることができるかもしれない。
最悪、『私』と同じ轍を踏まずに済むだけでも、儲けものと言えよう。
直近の目標としては、ミオさんに対して償いをすること。これ自体はすでに決めたことだが、『私』についての情報を得るという意味で、重要性が高まった。
問題は方法だが、これはミオさんに直接聞こう。善意ですらないものを押し付けても意味がないしな。
「明日にでも話しかけてみるか」
まずは軽い話題で。多少心を開いてもらってから、本題を話すべきだ。
「じゃないと、イヤイヤやってることに気づかれそうだし」
重要そうなことを一通り考え終えたのか、その後の思考はとりとめのないものだった。
過去には『私』以外の常山楽もいたのではないか。しかし、それを調べる方法は思いつかない。
何かしら『私』に関するもの、あるいは『私』が遺したものはないだろうか。いや、あったとして意味のあるものかどうか。
ミオさんと出会ったのは偶然なのだろうか。『私』、あるいは他の誰かが仕組んだ可能性は?
夜明けまで色々と考え事をしたが、益となる事は思いつかなかった。
精々、自分が何も知らないこと、何もできないことを理解した程度だ。
「まぁ、そんなものか。今までダラダラと過ごしてきた男子高校生なら、何もできなくて当然だ」
そのことを免罪符にするつもりはないが、自身の能力に見合わないことにまで、責任を持つこともないだろう。
「良い意味で割り切れたんだか、悪い意味で開き直ったんだか」
そう考えると、無責任ではあっても、姫を助けたりする「主人公」のほうが、行動しているだけマシかもしれない。
あぁ、でも状況が違いすぎるか。モンスターという敵を排除するのと、身に覚えのない罪を償うのじゃあ、求められているものが違う。
まったく、腕力ですべてが解決するなら、もっと楽できただろうに。
「一応それなりに考えているんだけどな。不死性を利用したゾンビアタック! ……って、改めて口にすると、知性の欠片もない戦法じゃん」
当然、再生能力が封じられない限り、その程度の戦法でも負ける気はしない。
流石に幽霊はどうこうできないが、その時はその時。死なないのなら、対処法を考える余裕くらいあるだろう。
やはり、暴力で解決できるのであれば、苦労はもっと少ないだろう。
「それでも、冒険者になれば良かったなんて言わないぞ。ミオさんの件は面倒だが、わかりやすい目標として、多少なりとも助かっている訳だし」
ミオさんがいなければ、きっと怠惰な生活をしていて……
ん? なにか忘れているような。
「……あ、ギルドからの課題を忘れてた」
訂正、適度な負荷は大歓迎だが、やることが多すぎるのも考えものだな。